【毎日の、ちょっといいコト】無駄があるほうが楽しい。後藤由紀子さんのしなやかな暮らし

編集スタッフ 二本柳

ちょっとの「いいな」を積み重ねること。

ただそれだけのことです。

身のまわりの生活が変わりはじめた昨年以降、ほんのささやかな「いいな」に救われた日がいくつあったことでしょう。

たとえば部屋に花を飾る日が増えたのは、きっと偶然ではないはず。

いまだから目を向けられる小さな発見、日々のよろこび。みんなが見つけた最近の「いいな」を聞いてみたくて、4名の方々とzoomでお話しさせていただきました。

今回登場いただくのは、沼津の雑貨店『hal』の店主・後藤由紀子さん。

後藤さんといえば、雑貨屋店主の顔をもつ一方で、家事や子育て、ファッションまで、自然体で飾らないスタイルが魅力のエッセイ本も愛読されている方が多いのでは。

さらに昨年の秋には、YouTube「沼津暮らしvlog」をスタート。

新しい一歩を踏み出す姿はなんともしなやかで、また一層に惹きつけられてしまいます。

そんな後藤さんに最近の「ちょっといいコト」3つをお聞きしました。

 

この一年半、後藤さんにも心が折れそうになる日が、少なからずあったそうです。そんなとき手にとったのが、友人でもある岡本敬子さんが出した『好きな服を自由に着る』という一冊。

聞けば家にいる時間が長くなった今だからこそ、着古した部屋着を手放し、お気に入りの服に身を包んで、毎日かかさずアクセサリーをつけるようになったとか。

「敬子さんが毎朝なにを着ようかと服を選ぶ姿を静かに眺めているんだって、そんな話をご主人の岡本仁さんから聞いたんです。そのやさしくて微笑ましい光景を想像したら、素敵だなと思ったんですね。

それで私も、毎日ちゃんと好きな格好をしなくっちゃと意識しているんです。

まるで制服みたいにワンピースを着てる時もあったんですけど、最近『これとあれを合わせてみようか』なんて、毎朝コーディネートを考えるのが楽しくなって」

そんな後藤さん、最近「色診断」を試したそうで。これまで使っていたベージュ系のアイシャドウからピンク系に方向転換しました。

「私は肌が黄みがかってるし、目も腫れぼったいので、少しでも締まるといいな……とベージュやブラウンを選んでたんです。そうしたら『あなたはブルーベースだから、茶系は黄ぐすみするよ!』って言われちゃって。『あなたはピンクよ』って。

私、ずっと黄ぐすみしてたんだ!って驚いてね(笑)帰り道にすぐコスメキッチンに寄ってピンクのアイシャドウを買いました」

自分に似合う色を知ることで、着る服にも変化がありました。

「そういえば赤い服を着ると必ず褒めてもらえると気がついたんです。

fog linen workとのコラボで赤いリネンワンピースを作ったのですが、これも5年前の私だったら考えられないこと。赤のコーディネートなんて、自分のカードになかったんですよ。

でもそうやって『自分に似合う色』がわかったら、おしゃれもメイクもまた一歩たのしくなりました」

 

後藤さんが立つ『hal』のもとには、代わる代わるお客様がやってきて、買い物と一緒に後藤さんとのおしゃべりを楽しんでいきます。

なかでも多いのが、家の話。

店主の審美眼で選ばれたすてきな雑貨たちを見ていると、後藤さんにインテリアのアドバイスを聞きたくなるのもよく分かります。

ところが当の本人は「まぁ、埃くらいじゃ倒れないですよ」と、なんともおおらかな構えかた。

「先日も、とある方がこんなことをおっしゃっていたんです。

『自分はずいぶんと流行りにのってきてしまったから、家には色々なものがあって統一感がない、ごちゃごちゃしている。それが嫌なんだ』って。『それなら手放したらどうですか?』と言ってみたら『いや、捨てることはできない』と。

『私も全然、捨てられないですよ』って返しました。

その方の話をお聞きしていてね、そのごちゃごちゃが彼女の歴史なんだから、それで良いんじゃないかって思ったんです。色々あるのが人生じゃないですかって。それで、ちょっとすっきりした様子で帰っていかれました。

私ね、家はくつろげるかどうかが一番大事なんです。

緊張感が一個もなくて、帰ってきたときにホッとできることが大切。逆に言えば、自分や家族がくつろげればそれでいいじゃない?って」

「よく『家族が靴下を脱いだままゴロンって横になるんだ〜』って、そういう愚痴があるじゃないですか。

でもね、家でゴロンってくつろげるのは素敵なことですよね。大人も子供も外で緊張しながら頑張ってきてるから、家の中くらいはだらしなくても……ね?

そんな性格だから、収納だってゆるーい感じですよ。読みかけの本が山積みになっていたりとか、一時置きのカゴもあるけど結局それが “一時” ではなく定位置になっちゃってます。

そういう『無駄』なものがあるほうが人生たのしいなって、コロナが始まって余計にそう思うんです。

うちにはレコードも山ほどあって、それを全部聴くかと言われるとそんなことないけど、たまにね、聴きたいなって引っ張り出したくなるでしょう。そういう無駄は大切なんです。

漫画が好きなら漫画をたくさん置けばいいし、ゲームが好きならゲームがたくさんあったっていい。

すべて『必要なものでなきゃいけない』ってことはないと思うんです」

 

リモートでお話を聞いたその日、後藤さんは朝いちで近所の産直へ行き、ガスコンロにはポテトサラダ用に蒸されたじゃがいも、にんじん、鍋には大根と手羽中が煮えていました。

時間は午前の10:00。「そうすれば3日くらいは楽だから」と話す後藤さんの日常は、いつもそんな具合に “先まわり” だそうです。

「メールやLINEも読んだらすぐ返します。忘れる自信しかないから、忘れる前に返しちゃう。

トイレ掃除はお風呂の前に。そうすれば汚れも一緒に洗い流せるでしょう?」

後藤さんは今年で結婚25周年。2人の子供はあっという間に社会人になりました。「先手、先手」のくせは、これまでの育児できたえられた “筋肉” のようなものだと言います。

「うちの子供たちにも思春期がありました。

そして、その一喜一憂する気持ちは、私もいち経験者としてよく分かりました。

自分が子供のころを思い返すと、親に全部を打ち明けられていたわけではなかったと思うんですね。家では笑っていても、実は色々あったりして。

だから子供たちに何かあったかどうか、それは分からないけど、いつも『何かある』前提で先まわりしておきたいという気持ちはずっとありました。

せめてシーツを洗って、お布団を干して、気持ちよく眠ってもらおう、そうしたら明日はきっと頑張れるかな……ってね。まぁ世話焼きなんですよ。

親なんて、そんなことくらいしかできないんですよね」

そんな後藤家も娘が一人暮らしをはじめ、新婚以来25年ぶりに夫婦水いらずの生活がはじまりました。

「つい最近まで、はたして自分が何を食べたいのか分からないくらい家族に矢印が向いていたのですが、ようやく自分に目が向くようになりました。これはこれで、なんだか楽しいものですよ」

新しい日常をしなやかに歩む後藤さんは、これからまたどんな「いいコト」を見つけていくのでしょう。またいつかお話しを聞いてみたくなりました。

次回はスウェーデン在住の作曲家、林イグネル小百合さんに話をうかがいます。

 


もくじ

 


静岡・沼津の路地裏に構える雑貨店「hal」オーナー。夫と長男、長女の4人家族。近著に『気持ちを伝える贈りもの』(大和書房)家族との時間を大切にするため店を16時閉店とし、その姿勢や暮らしぶり、ファッションなどが注目されている。近著に『毎日のこと、こう考えればだいじょうぶ。』(PHP研究所) 昨年秋にはYouTube「沼津暮らしvlog」もスタート。  http://hal2003.net/


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