【金曜エッセイ】「きのうの私」に、今日の気分を決められたくないのだ
文筆家 大平一枝
最近、ようやく気づいた。
私は、作りおき料理が苦手だ。
何日分か作りおいたり、下ごしらえをして冷凍しておいたりすることがどうも性に合っていない。いや、正確にいうと作るのは好きなのである。保存容器に並んだ惣菜を見ると達成感があり、顔がほころぶ。いいことをしたなという気分になる。
作りおき料理が1品でもあると、年がら年中、実らぬダイエットをやっている私のような人間にとっては、パンやスナック菓子の一気食い防止になる。空腹のときに野菜のマリネや煮物、スープがあると、すぐそれを食べられるからだ。忙しいときも助かる。あと一品ほしいときにも役に立つ。
いい事だらけなので、あれこれ作ってみたが、決定的な自分の短所に気づいた。
飽きやすいのだ。
作るのはいいが、同じものを食べ続けられない。
たとえばボウルいっぱいナムルを作る。それを今日も明日もあさっても食べなければいけないと思うと、とたんになんというか食べたい気持ちが目減りする。和食のときは付け合わせにならないよな、などと自分に言い訳をして目を背けたくなる。
おそらく、縛られるのが嫌なのだと思う。
その日食べたいものを食べたいのだ。便利で、献立のバランスがよくなって、家事の時短になったとしても、縛られたくない。きのうの私に今日の気分を決められたくない。
ああ、なんてわがままなんだろう。別に誰からも、作りおき料理をしてと頼まれてもいないのに。
隔週で有機農家から野菜が一箱届くので、来たときはしゃかりきになって下ごしらえや作りおきをする。やらないと冷蔵庫に入らないからだ。たしかにその日から3日くらい楽だ。ブロッコリーの塩ゆで、枝豆をだし醤油に漬けるひたし豆があるだけでも。
けれど、心のどこかでちょっと思う。──旬の採れたて野菜はその日のうちに食べきったほうがおいしいよな。
注文しているのは自分だし、実際調理してかさを減らして冷蔵庫に入れないと悪くしてしまうので、この作りおきは必須なのだが。
トライアンドエラーを繰り返した今思うのは、とくに料理のようにライフスタイルや嗜好に深く関わる習慣は、人がいいといったからと言ってそのまま自分にも合うとは限らないということだ。作り置き料理は、“今の私”には向いていなかった。
また、一生の中でも波がある。猫の手も借りたいほど忙しい乳幼児を抱えている頃、作りおき料理にはまっていたらどれほど助かったことだろう。
そのときやらなくても、別のタイミングで自分の生活にフィットすることがたくさんある。つまり、「その時の私」に合っているかが大事なのである。
何度か書いたが、新米母の駆け出しの頃に買ったデロンギのエスプレッソマシーンは10回も使わずに終わってしまった。仕事に育児に毎日綱渡りで、エスプレッソを飲んでいるその時間がなかった。あれから20年余。いま、欲しくてしかたがない。買おうとしていた自分に、言ってあげたかった。「それ買うの、20年待って」。
わたしは誰かがいいと言ったものに弱い。新しいなにかに挑戦するときは、よくよく自分の弱点を見極めてからにせねば。と書きながら、今冷蔵庫にある3日目の野菜スープのことを考えている。ああ困った。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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