【金曜エッセイ】頭で考えるより身体を動かして “ととのえる”
文筆家 大平一枝
いまはやりのサウナは、最高の快感を得られると「ととのった」と表現するそうだ。ネットを見ると、“ととのったサウナー”たちの気持ちよさそうな動画が多数アップされている。
自分の精神を整えるというのはなかなか難しいものだが、行動や道具から入るのはわかりやすくていいなあと、妙なところで感心した。
心身を患い長く休職していた知人が、「いろいろやってみて、結局体を動かす体育か、情操に働きかける音楽がいいなって実感したんですよね」と復帰した後、語っていた。彼女は幼い頃から憧れていたバイオリンを習い始め、家で体操をして少しずつ心を整えていったという。
やる気が出ない日もあるが、バイオリン教室を予約しているからと自分の体を運ぶ。基本からひとつずつ子どものように覚えていく。好きだった楽器の音色に心がゆれ、前回できなかったことが今日はできるようになる。そんな経験が少しずつ固まった心をほぐし、結果的に心身を整えることになったのかもと自身では分析していた。体操も同じだ。
頭で考えるより、体を動かすほうが心を整えるのに効くことが私もあると思う。
忙しさとストレスで大きく体調を崩した別の人からは、食生活を整えることで健康になったという話を聞いた。
「カウセリングを試したりいろんな本をたくさん読んでみましたが、心だけに向きあってもだめなんですね。三食をちゃんとすると、体も生活も自然に整っていくとわかりました。体って心とつながっているんですよね」
だしをとり、旬の野菜を中心に献立を作り、調味料にもこだわる。昔ながらの乾物や豆、精製しすぎていない食材を取り入れ規則正しい食事を続けていたら、心身ともに健康になっていたそうだ。料理という“かたち”から入って自分を整えた人の好例だと思う。
結果、彼女は職にも変化が起き、いまは本業にくわえ食にまつわる仕事にもとりかかっている。かたちや道具から入って自分を整え、人生も良き方向にシフトチェンジできるならこんな素敵なことはない。
私達は理屈で難しく考えがちだが、頭のなかでいくら考えても答えの出ないことはたくさんある。体を動かしたら、なんだこんなことだったのかと自然にわかったり、楽になれたり。
私など、日々整ってないなあと思うことの連続だ。いびつで欠けて、人として足りないことばかり。落ち込むことも多いが、形から入って自分を整えるのもありだぞと最近思い始めている。手始めにサウナもいいし、料理法を変えるのも、軽い体操やストレッチもいいかもしれない。ピアノを弾いたり好きな音楽にどっぷり浸ったりするのも。
サウナー動画にすっかり感化され、何も考えず体から整う力を信じてみたいと思うこの単純さ。まあそれもよしとしておこう。複雑で、考えることが多いいまはとくに、ね。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。『東京の台所』(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)連載中。一男(24歳)一女(20歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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