【とある街での物語】前編:10年の月日をかけて。山と海に囲まれた土地に(ミスミノリコさん・マツーラユタカさんご夫婦)
編集スタッフ 松田
暮らす場所を変える。働く場所を変える。そんな決断をするのは、人生でどんなときなのでしょうか。
進学に就職、転職、結婚などのライフイベントはもちろん、自分らしくありたい、こんな生き方をしたいというような夢や想いから、移住という決断をするひとも。
それはとてもドラマティックなことである一方で、今まで積み重ねてきた暮らしを一からつくり直す大変さも伴うこと。運のめぐり合わせがあってこそ、実現できるもの。漠然とそんなふうに思う自分がいました。
では実際にはどんなストーリーがあるのでしょう。今回は、暮らす場所、そして働く場所を変えた、あるご夫婦にお話を伺います。
ミスミさんと、マツーラさんのこと
暮らしの装飾家として、インテリアショップや展示会のディスプレイデザイナーとして活躍を続ける一方で、洋服や靴下などのほつれをかわいく繕う方法をまとめた著書を出されたり、普段の暮らしにも取り入れやすいアイデアを発信されているミスミノリコさん。過去、当店の特集にもご登場くださったこともありました。
そんなミスミさんが、ライター・料理家として活躍されている夫のマツーラユタカさんと一緒に、横浜から鶴岡に移住してお店を開かれるとお伺いしたのが、2019年のはじめのこと。
▲おふたりがひらいた食事と生活道具のお店・manoma。手しごとを感じられる器や暮らし道具の販売を中心に、全国から様々なジャンルのアーティストを招き入れてワークショップや個展も開く場として2019年にオープン
▲庄内や山形の豊かな食材を活かした “季節のごはん” も楽しめる(写真:マツーラさんご提供)
「ずっと惹かれていた土地だったので、ぜひいつかいらしてくださいね」とおっしゃっていたミスミさん。
ミスミさんが惹かれた鶴岡ってどんな魅力のある場所なんだろう、東京を離れて移住をするという大変な決断をどうやって決めたんだろう、おふたりがつくるお店はどんな空間なんだろう、と詳しくお話をきいてみたいと思っていたのです。
山と海に囲まれた、美しい街との出会い
今回、直に訪ねることは叶いませんでしたが、遠隔取材というかたちでお話をお伺いしました。
東京を拠点にご活躍されていたミスミさんとマツーラさん、移住は以前から考えていたことだったのでしょうか。
ミスミさん:
「もともとは、夫が鶴岡の出身だったんです。
わたしは結婚が決まってから初めて訪れた街だったのですが、山と海に囲まれた美しい土地で、素敵な場所だなぁと深く心に残りました。特に平地からみえる、月山という山がとても綺麗で。結婚式も地元の出羽三山神社で挙げたくらい、その場所に惚れてしまったという感じでしたね。
でも、当時は鶴岡で暮らしたいとまでは思っていなくて。帰省する場所という感じでした」
▲庄内平野に広がる山形県・鶴岡市。海の幸・山の幸に恵まれた豊かな食文化があり、農家の人々が数百年にわたり種を守り継いできた「在来作物」は50種類以上あるのだとか。1400年以上にわたり信仰を集める山岳修験の聖地「出羽三山」も有名
マツーラさん:
「ぼくは鶴岡で生まれたのですが、10代の頃から東京に出たいとばかり思っていました。
海も山もあって、食べ物も美味しくていいところ。でも、地方だったらそういう場所はたくさんあって。社会人になってからも、鶴岡に戻ろうというのは考えていませんでした」
帰省するだけの地元から、特別な場所へ
そんなおふたりですが、それぞれの活動をする中で、暮らす場所・働く場所としての鶴岡の魅力にだんだんと気づいていったといいます。
マツーラさん:
「ライターだけでなく、料理の仕事をするようになり、食にまつわることが生業になっていく中で、鶴岡がユネスコの食文化創造都市に認定されたことを知りました。在来作物や地元の魚をつかった、地産地消の聖地として、メディアで取り上げられるのをよく目にするようになって。
若い頃はあまり興味がなかったのですが、出羽三山の信仰がいまも息づいていて、古来からの神と人、山と里、いろんな物事をつなぐ山伏の文化が根づいていることを知り、ふたりで山伏の体験修行に参加してみたり。
これまで知らなかった魅力に気づかされて、単に帰省するだけの地元というだけではなくて、特別な場所なのかもしれないと感じるようになりました」
どうやって暮らし、働いていく? 10年の年月をかけて
でも、具体的に移住というイメージを描くまでには、10年近く時間がかかったのだそう。
ミスミさん:
「東日本大震災をきっかけに、地方に移住して暮らしの環境を変える知り合いが増えてきて。わたしたち自身も、今いる場所で、ずっと働いて暮らし続けるというビジョンが、実はぼんやりしていることに気づきました。そこで、実際に移住した友人や、地方で暮らす友人を訪ねて、どんな暮らしをしているのか話をきいて歩いたんです。
どの土地も素敵で魅力的でしたが、自分たちがもし移住するなら、やっぱり鶴岡かなぁという想いが自然と膨らんでいきました」
ミスミさん:
「鶴岡は知り合いが多いわけではなかったのですが、あるとき、友人が鶴岡の同年代の農家さんやデザイナーさんを紹介してくれて。
食のイベントなど、鶴岡で仕事をする機会が少しずつ増えてきて、いろんな働き方をしている人たちに出会いました」
マツーラさん:
「たとえば、さくらんぼ農家をしながら、デザイナーとしても活躍するご夫婦。パーマカルチャーを実践しているご夫婦。デザイナーをしながら、山伏の活動をしている人。とにかく、幅広い分野を生業にしている方が思いのほか多くて。こういうのもアリなんだなって」
ミスミさん:
「自分たちも、もしかしたらこんなふうに暮らしていけるかもしれない。そんな希望を感じてから、“鶴岡にいつか移住したいと思っている”とまわりに少しずつ話すようになりました」
それぞれの想いが繋がる、一本の電話をもらって
鶴岡への想いが募るなか、2018年の夏の終わりに一本の電話がありました。
「よかったら、この場所でお店をやりませんか?」と、鶴岡のあるカフェのオーナーさんからのお誘いでした。
ミスミさん:
「“自分は家業を継ぐためにお店を手放すことになったから、この物件でお店をやりませんか” って。わたしたちが鶴岡にいつか移住したいと言っていたのを覚えていてくれて、電話をくれたんです。
思いがけないお話だったので、その場ではいったん検討しますねと伝えたのですが、電話を切ったあと、そのお店の景色が思い浮かんで、あの一角で器や雑貨を販売して、あのスペースではカフェをやってと、想像がとまらなくなって。
インテリアショップのディスプレイをずっと生業にしていたので、お店は密かな憧れだったんです。大好きな陶芸家さんの器を並べてたくさんの人に手にとってもらいたい、食材豊かな場所だし地元の食材をつかった料理も出したい、そういう場所をつくれたらと」
本当にできるのかなって正直不安でした
ミスミさん:
「と、気持ちは盛り上がりましたが、一方で飲食店を営むのはふたりとも初めてだったので、正直本当にできるのかな……と。ただ地方移住をリアルに考えた場合に、ディスプレイデザインや料理家やライターの仕事が、東京と同じように稼ぐことは難しいのではという懸念がずっとありました」
マツーラさん:
「お店というかたちなら、これまで培ってきたディスプレイや料理についてのお互いの経験を活かして働いていくことが、イメージしやすいと感じました。でも、飲食店に関わる人たちの苦労や大変さもたくさん見聞きしていたので、自分たちにやっていけるのかという不安も大きかった。
またこれまで旅するように、いろんな場所や街へ出張して料理の仕事をしてきて、そんなワークスタイルが好きだったので、お店を持つと身軽に動けなくなるかもしれないとも思いましたね」
マツーラさん:
「でもこのチャンスを逃したら、今後もしお店やりたいと思っても、ゼロから探して自分たちの理想の物件を見つけるのはきっと難しい。それくらい鶴岡にこんなお店あったんだという特別な雰囲気の空間にも惹かれていたし、“ここで何かやりませんか?” という声がかかるのもスペシャルなご縁だと思い、移住してお店をひらく決意をしたんです」
いよいよ鶴岡への移住、そしてお店づくりを決断したミスミさんとマツーラさん。
お話は後編に続きます。
【写真】五十嵐丈(6枚目以外)
もくじ
ミスミノリコ
ディスプレイデザイナー、暮らしの装飾家。店舗のディスプレイや雑誌、書籍のスタイリングなど幅広く活躍。暮らしを彩るデコレーションアイデアやラッピング、衣服の繕いなど、手作りの楽しさを発信。著書に『繕う愉しみ』(主婦と生活社)など。2019年に東京から山形県鶴岡市に移住、カフェ&セレクトショップ「manoma」をオープン。Instagramは@min_misumi から。
マツーラユタカ
物書き料理家。金子健一とともにフードユニット「つむぎや」として活動するかたわらライター稼業も。著書に『お昼が一番楽しみになるお弁当』(すばる舎)など。雑誌nice things.ではコラム「ソウルフードトラベラー」を転載中。2019年に地元である山形県鶴岡市に移住、カフェ&セレクトショップ「manoma」をオープン。Instagramは @matsu_tsumugiya から。
【manoma】
山形県 鶴岡市朝陽町18−8
定休日:火・水・木 (不定休あり)
Instagram: @manoma_tsuruoka
https://manoma-tsuruoka.com/
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