【金曜エッセイ】我が家の漏水事件、修理が終わるまでの一ヶ月のこと
文筆家 大平一枝
自宅が漏水した。保険や業者手配の関係で修繕までに1カ月かかった。その間、トイレやキッチンで水を使うたび、外の水道の元栓を開けに行った。朝晩の寒さがきつい日はとくに堪えた。また3階のトイレを使用するたびに、外に出て開閉をするのには辟易とした。
けれども自分でも驚くことに、あれこれ工夫して限られた時間内で水仕事をこなしていくうちに、なんだかちょっとおもしろくなってきたのである。
元栓を開けると、漏水したままになるので、朝30分、夜1時間と制限する。
開栓と同時に「それっ」とばかりに水が必要な作業をまとめてこなす。いきおい家族で協力して、いろんな工夫をするようになった。
朝なら、洗顔しながら洗濯機を回す。洗濯は2回にすると時間がかかるので、毎日1回。
次に大急ぎで昼のスープや簡単なおかずを作る。テーブルや家具の拭き掃除、トイレ掃除もこのときに。最後にやかん、水筒、小鍋、ポット、ありとあらゆる容器に水を溜める。
台拭きや床用雑巾は洗って絞っておき、いつでも使える状態にしておく。
日中は、一番大きなパスタ鍋に水を汲み置き、そこから椀ですくって料理や掃除に使う。
夜は、風呂掃除、夕食作り、皿洗い。キッチンに汲み置いた水は、日中使い終わるので、またありったけの容器に溜める。
外出後の手洗いは、風呂場に水を溜めた衣装ケースを置いて、その都度桶ですくって使う。余った水は風呂掃除に。
いつでもたっぷりあると思っていたものに制限がかかると(そもそも無尽蔵ではないのだが)、いろんな知恵を絞る。パスタ鍋の水をすくってボウルで野菜を洗ったあと、植栽の水やりに使いまわす。
限りあるものを最後までうまいこと使い切ったという達成感が、小さな快感になっていく。
祖父母の世代は、だれもが米の研ぎ汁や風呂の残り湯を生活に再利用していた。どの家庭でもきっとこんな感じだったんだろうなあと想像する暮らしは遠い昔ではなく、ほんの数十年前であることに驚く。私の母も残り湯を洗濯や打ち水に使っていたっけ……。
先週、ようやく修繕が終わった。
するとどうだろう。とたんに洗濯物は二日間干しっぱなしになり、毎日洗濯をしなくなった。蛇口をひねれば水が出るのだから、まとめて洗えばいい。“すぐ洗ってすぐしまわなくてもいいじゃん”というありさまに。
先週までは気がついた人間が片付け、言葉に出さなくても皆で助け合っていたのに。こんなにもあっというまに全員「あとでいいや」「誰かがやるだろう」が普通になるなんて。
喉元すぎれば熱さ忘れる。不便は人間を鍛えるが、便利は退化をよびこむ。
……よくよく考えれば、漏水に関係なく干したものはまめにしまえばいいだけの話である。そうなんだよな。ずぼらな我が家の面々が、非常時だからちょっとがんばっただけなんだよな。
アウトドアにとんと縁がないが、キャンプや登山の楽しみは漏水事件でちょっとだけわかった気がしている。それと、次に漏水がおきても慌てないだろうことだけは確かな収穫である。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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