【レシート、拝見】千切りキャベツにスパイスかけて

ライター 藤沢あかり


髙はしこごうさんの
レシート、拝見


東京・代々木上原に「黄魚(きお)」という小さなうつわの店がある。真っ白な店内に並ぶのは、作家もののうつわと世界各地から集めた古いもの。みな仲睦まじく、ふくふくとしたやさしい顔で並んでいる。

ここで買い物をしたときのことだ。すべすべとした硬い手触りとは裏腹に、ぽってりとしていて、ふかふかの座布団のようにも見える木のトレイ。しばらく迷っていたら、店主が自宅で使っている様子を教えてくれた。
ところがそれは「こんなふうに便利ですよ」ではなく、「わたし、この子のこんなところが好きなんです、ふふふ」というぐあい。まるで恋人ののろけ話でも聞いているような語り口調だったものだから、わたしもそんなうつわと暮らしてみたいな、と恋に憧れるような気持ちで連れて帰ったのだった。

料理が好き、だからうつわも大好きだという「黄魚」店主、髙はしこごうさん。ご自宅にお邪魔すると、たっぷりのうつわや鍋はもちろんのこと、写真や絵などのアートや、買付け先で見つけてくる古道具や不思議な置物に囲まれ、さらにはぐるぐるに絡まった植物の蔓までぶら下がっている。小学生の娘とふたり暮らしだというその部屋で、レシートを見せてもらった。

「見返していたら、わたしホッケ好きなんだなぁと気づきましたね。うちはお夕飯に食べるんです。焼くだけでいいじゃないですか、娘とふたりでひとつ。あと、切り昆布もよく買いますね、お魚コーナーにある生の昆布を細くきったもの。生姜とちょっと煮るだけでおいしいんです」

さらにキャベツは、丸ごとから手軽な袋入りの千切りまで、たびたび登場する。

「千切りキャベツは、ストレスが溜まってると思ったらカゴに入れます。

ごまドレッシングのうえから、カイエンペッパーやクミン、コリアンダーなんかのスパイスをかけてね、刺激を与えるんです。辛さとスパイスの刺激で、なんとか自分の気持ちをなだめてあげる。わたし、お酒が飲めないんですよ。だからスパイスをババババーっとかけて、それでストレス発散です」

ところでストレスの種はなんでしょうかと尋ねたら、ふふふと笑って「やっぱりね、接客かな」。あんなに素敵な接客をする人が、どうして?と思わなくもないけれど、「うつわは好きだけど、接客はまだまだわからない」らしい。

「人見知りしないから堂々としていると思われるんですけど、さっきのお客さん、話しかけて悪いことしちゃったかな、失礼がなかったかなって、ついクヨクヨしちゃうんです。何年経っても正解がわからないんですよね」

 

長野の戸隠で、画家の父と美大出身の母のもとに生まれたこごうさんは、陶芸の道に進んだ。自分にしかできない仕事に就いてほしいと願う、父の教えがあってのことだという。その後、紆余曲折を経て、まだ小さな娘を抱えながら始めた店が「黄魚」である。

「名前はお父さんが考えたものです。わたしの名前『こごう』は、当時の大河ドラマに出ていた徳川将軍の妻『お江』から取ったと聞いています。そのときの、もうひとつの候補が黄魚でした。どっちも変わった名前ですよね。だから自分の娘には、呼びやすい普通の名前をつけちゃった。

とにかく変な人でしたね。でも、みんな父のことを好きになるんです。わたしが小学生のときなんて、友達が『お父さんと遊びたい』って言ってうちにやってきていたくらい。

家にもいつも変なものがあふれてて、民芸品っていうのかな。ものづくりの友達も多かったですし、いつもいろんな人が飲みにきては、みんな竹細工とか焼き物とかを置いていくんです。だからうちの中はいつも、よくわからないインテリアで、よくわからない音楽が流れていて」

何度も繰り返す「変な人」という言葉は、愛情の表れだ。こごうさんは父のことを画家として尊敬し、なにより人として大好きだった。

「片目が見えなくて、描くのも大変だったと思うんです。最期は見えるほうの目すら、まぶしくてよく見えないのに、それでもずっと描き続けていました。

それに、誰に対しても分けへだてなく接する、すごくやさしい人。困った人には必ず手を差し伸べるところも好きでした」

家に集っていたのは、隣のおじさんから近所の農家さん、学生、役所のちょっとえらい人まで、年齢も肩書きもさまざま。けれど父は誰かに媚びることも、威張ることこともなかった。みな同じように語り合い、楽しく食卓を囲んでいた。

一緒に栗拾いや山菜採りに出かけては、「これ食べられるかな?」と果敢にチャレンジし、山のおもしろさをたくさん教えてくれた父。「勉強しろ」だなんて、一度も言ったことはない。

母になったこごうさんもまた、娘に勉強を強いたことはない。唯一、ちょっと口うるさく言うのは、箸づかいやうつわの選びかたといった食卓マナー。こごうさん自身が、小さいころから父に言われ続けてきたことだ。

娘が2歳のときに始めた「黄魚」は、今年10周年を迎える。もともとは作り手でもあったこごうさん、自分で作りたい気持ちはなかったのですかと尋ねると、少しのあいだ考え込んで、こう話してくれた。

「作りたい気持ちがなかったと言うと、嘘になるかな。でも東京で窯をもって、陶芸を続けていくのは難しいし、子どもを抱えてだとなおさら。

その代わりに、自分がいいと思ううつわを使ってみて、それを発注して、お客さんに紹介して。そうしたら、作家さんもお客さんも良かったと言ってくれるんです。両方の暮らしが良くなっていくのを感じられるのがうれしいし、いまはそれが一番のしあわせです」

この家には、近所の友達や仕事関係の人、さらには店のお客さんまで、仕事も年齢も違う人たちが次々にやってくる。そうして、ご飯を食べる様子を眺めながら、こごうさんはせっせと台所に立つ。「これも食べる〜?」と差し出すたびに、食卓のまわりがわっと笑顔になる、それがうれしくてたまらないのだという。

食べることは生きること。いつだって、暮らしのまんなかにある。

気づけばこごうさんもまた、父と同じように人を支え、人に支えられながら、愛のなかで生きている。

 

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髙はしこごう

東京・代々木上原「暮らしの店 黄魚(きお)」店主。おおらかな気持ちで使えるよう、店に並ぶうつわのほとんどは「レンジや食洗機にかけられ、子どもが安心して使える」という視点で選ばれている。2022年夏頃、経堂に2店舗目をオープン予定。http://www.kio55.com Instagram:@kurashinomisekio

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。

写真家 長田朋子

北海道生まれ。多摩美術大学卒業。スタジオ勤務を経て、村田昇氏に師事。2009年に独立。

 


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