【ハーブがくれるもの】第3話:今、こんな景色を見ています。庭の花束に思いを込めて
ライター 片田理恵
家族でmitosaya薬草園蒸留所を営むイラストレーターの山本祐布子(やまもと・ゆうこ)さんに、ハーブと過ごす日々について全3話でお話を伺っています。
山本さんの住まいは、かつて千葉県大多喜町(おおたきまち)が所有していた薬草園の敷地の中。多種多様な植物が植えられた広い園内はすべて「庭」です。
季節ごとに表情を変えるこの庭の景色を、遠く離れた人にも届けたい。山本さんはそんな気持ちで、折に触れ、花束を作るようになったそう。特集第3話では、園内で摘んだハーブを使った花束づくりを見せていただきます。
帰省のたび母に贈る、庭の花束
mitosaya薬草園蒸留所が開催する「honor stand(不定期で開催される無人販売所)」には、その季節をぎゅっと凝縮した花束が並ぶ日があります。使われている植物はすべて、園内で育った花や木、果実、ハーブ。大らかでダイナミックかと思えば、可憐で繊細な表情を見せる。山本さんがそんな自然そのもののような「庭の花束」をつくることを思いついたのは、実家のお母様のためでした。
山本さん:
「夫の実家と私の実家に帰省するときには、いつも園内の植物で花束を作って持っていくんです。近況報告のような感じですね。これなら、今、うちの庭はこんな様子なのよって伝えられるから。
花束に入れる植物は、娘たちと3人で庭を散歩しながら摘み取ります。宝探しのような時間。楽しいですよ。
基本的にはそのときにきれいだなと思ったものを摘むんですが、今日は全体的に白っぽくしようかなという感じで、色の方向性だけは事前になんとなく考えておくことが多いかもしれません。そうすると『これは今日はナシだな』って基準ができるから、自然と欲しいものが定まっていくんです」
憧れの花屋さんから教えてもらったこと
山本さんには二十代の頃、憧れてやまなかった大好きなお店がありました。それは東京・渋谷にあった「マーガレット・ハウエル」の花屋さん。店舗に向かう坂道を上りながら、いつもドキドキと胸を高鳴らせていたといいます。
山本さん:
「今日は2000円というふうに予算を決めて花束をお願いするのが、当時の私にとってぜいたくな楽しみでした。アレンジはいつもおまかせ。
作っていただく手元を見られるのが楽しかったし、その間にスタッフの方とおしゃべりができるのもうれしくて」
山本さん:
「魔法のようにすてきなアレンジをされるので、あるとき、どういうふうに組み合わせを考えるのか質問したことがあるんです。そうしたら『意外性のあるもの』とおっしゃって。『全然違うものを、あえてとなりにぶつけていくのがいいんじゃないかな』って。
あのひと言は、今も忘れられないですね。納得して、同時に感動して。自分で花束を作るときにも、どこかで意識していると思います。それにその考え方って、花束を作るときに限ったことじゃないかもしれない。いろんな局面で取り入れられる気がするから」
きれいだなと思った気持ちを、そのまま束ねる
かつての憧れや楽しさを思い返しながら、今の自分らしいやり方で花束をつくる。見せたい景色と伝えたい思いをそのまま束ねて手渡す。なんて気持ちのいい贈り物だろうと思いました。今日もぜひにとお願いして、園内のハーブだけを使った花束をつくっていただくことに。
用意したのはエルダーフラワー、パイナップルミント、アニスヒソップ、ベルガモット、ブルーマロウ、フェンネル、ニガヨモギ、カワラヨモギ、ドクダミの9種類のハーブ。まずは茎を長めにカットして水をくんだバケツに入れ、そのまま数時間置いて植物に水を吸わせる「水あげ」からスタートします。この過程を経ることで、もちがグンとよくなるのだそう。
山本さんが最初に手にしたのは、大ぶりな葉を持つベルガモットとエルダーフラワー。ここでおおよそのボリュームを決め、アニスヒソップやブルーマロウなどの小さな花ものをアクセントに散らしつつ加えていきます。フェンネルやニガヨモギといった個性的な葉を包むように添えたら、全体のシルエットを何度も確認。
1本1本をていねいに、けれど手早く束ねながら、その合間にも顔を近づけて香りをかいだり、小さな花に口元をほころばせたり。山本さん、なんとも楽しそうです。
山本さん:
「植物の合わせ方はその時のフィーリングですね。となり合うものによって印象が変わるので、それを楽しみながら、きれいだなと感じたままに束ねる。前、後ろ、横、上。どこから眺めても心地いいようにバランスをとることは意識しています」
美しいものをつくりたい、届けたい
あっという間に完成。みずみずしくピンと葉を広げたハーブ、可憐に咲いたつつましやかな花、リズムを感じる花束全体のシルエットに至るまで、なんとも自然でさわやかな仕上がりになりました。気持ちのいい初夏の園内がぎゅっと凝縮された「今日の庭の花束」。
山本さん:
「娘たちが作ると、また全然違うものができるんですよ。長女は私には思いつかないような意外性のあるものを選んで使うのですごくおもしろい。次女は私と感覚が似ているところがあるなぁと、それもまたおもしろく見ています」
ドクダミの虫よけ、ミントのサラダ、そして庭の花束。美しいものをつくりたいという思いがすみずみにまで行き届いた表現のかたちを、さまざまに味わわせてもらった一日でした。
ハーブのいいところは目に見えるだけでなく、香りや味、手触りなど、五感すべてで感じるものだということ。その心地よさを誰よりも実感しているからこそ、山本さんはそれを家族や友達に、そしてmitosayaを通じてたくさんの人に、届けようとしているのかもしれません。
山本さんの心の込め方を、背すじの伸ばし方を、いつか私も、私なりのやり方で。
雨の予報がはずれて顔を出した青空を見上げながら、そんなふうに思いました。
(おわり)
【写真】佐々木孝憲
もくじ
山本祐布子
イラストレーター。2017年に千葉県大多喜町に家族で移住し、夫・江口宏志さんとともに、mitosaya薬草蒸留所の運営をスタートさせる。mitosayaではノンアルコールプロダクトづくりを担当。11歳と9歳、ふたりの娘を持つ母。
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