【ハーブがくれるもの】第1話:mitosaya薬草園蒸留所の山本祐布子さんを訪ねて

ライター 片田理恵

ハーブを暮らしにどんなふうに生かしていますか。最初はそう聞こうと思っていました。豊かな自然に囲まれた場所に住まい、自ら小さなガーデンでハーブや野菜を育てている彼女には、私たちのまだ知らない特別な楽しみ方があるんじゃないかと想像したから。

けれど実際にハーブの使い方を見せてもらううち、なんだかその質問はそぐわない気がしてきたんです。ここには、今までイメージしてきた「ハーブのある暮らし」とは違う何かがある。それってなんだろう?

庭を歩く後ろ姿を追いかけながら感じたのは「人間の生活にハーブを合わせるのではない」ということでした。というよりむしろ、その逆かもしれません。「ハーブとリズムを合わせることで、自然のめぐみを受け取っている」とでもいうような。

千葉県大多喜町(おおたきまち)で「mitosaya薬草園蒸留所」を営みながら暮らすイラストレーターの山本祐布子(やまもと・ゆうこ)さんに、ハーブと過ごす日々のお話を伺いました。全3話でお届けします。

 

ハーブは私らしさを表現する素材のひとつ

房総半島のほぼ中心に位置する大多喜町。都心から車で1時間半ほどの小さな田舎町です。山本さんがここに夫の江口宏志(えぐち・ひろし)さん、長女の美糸(みと)ちゃん、次女の紗也(さや)ちゃんとともに移住したのは今から5年半前のこと。植物を使ったボタニカルブランデー「オー・ド・ヴィ」をつくる蒸留所を開くためでした。

当時大多喜町では、かつて薬草の研究が行われていた薬草園施設一帯の新たな活用法を模索し、広く利用者の公募を実施。かたや江口さんはもともと都内で書店経営をしていたものの、蒸留家になりたいと一念発起して家族とともにドイツに渡り、現地で蒸留の仕事を学んでまもなく帰国するタイミングだったといいます。

国内で蒸留所にふさわしい場所を探していた江口さんのプランが大多喜町に採用され、「mitosaya薬草園蒸留所」がスタート。

江口さんが地元の果実や園内のハーブなどを生かしたブランデーの製造を行う一方、同じ素材を使ってノンアルコールのプロダクトをつくるのが山本さんの新たな役割になりました。それはいわば、絵筆の代わりに色とりどりの植物を使い、絵を描くように新しい価値と美しさを生み出す仕事。

山本さん:
「さまざまな果実、花、葉を使ったお茶、シロップ、ジャム。ブランデーをつくった時に残るもろみを生かしたドレッシングやケチャップ、ソースといった調味料。mitosayaがはじまってから試行錯誤を繰り返してきて、今はその4つが私の表現の主軸になっています。

ハーブはそのどれにも欠かせないもの。毎日見て、触れて、香りをかいで、その存在を身近に感じる、私にとっては表現のための大切な『素材』なんです」

▲山本さんがシーズンごとに発表するmitosayaオリジナルのハーブティー。今夏の新作は、色とりどりのバラに2種類のミントを合わせて。

 

初夏のハーブで虫よけづくり

取材に訪れたこの日、山本さんはこれからの季節に必須の「虫よけ」をつくるところでした。事前にハーブを使う様子を見せてほしいとお願いした際、勝手ながらイメージしていたのは、サシェ(香り袋)をつくったり、入浴時に浴槽に入れて香りを楽しんだりすること。そう伝えると言葉を選びつつ、「それは私はやらないかなぁ」と答えてくれました。

山本さん:
「日々の生活のあらゆる場面をハーブで癒したい、と思っているわけではないんです。庭を歩きながら、葉や花を摘みながら、加工の作業をしながら、私はいつもハーブを感じているし、その存在を楽しんでいる。だから自分自身はそれでもう満足しているっていうのかな。

それとは別の視点で、素材としてのハーブをしっかりと生かせる表現は何かといつも考えています。

毎年この時季(6月初旬)になると、園内のあちこちにドクダミが群生するんですよ。その作用を有効に使いたいと思ってネットや本で調べ、虫よけをつくるようになりました。『チンキ』と呼ばれるアルコール浸けですね。肌に直接塗布することもできるし、私は畑の野菜にもスプレーして使っています。

今回は葉は入れずに花だけで作ってみようと考えていたものの、いざ摘みに行ったら、葉のまわりが赤い、違う品種のものも見つけてしまって。これはアクセントに使おうと決めて、そっちは葉と茎ごと摘んできました」

新しい発見をうれしそうに、そう、教えてくれる山本さん。ただ漫然と花を摘むのではなく、どうしたら自分らしいものになるか、すてきに見えるかを考えながら手を動かす。日々の営みのすみずみにまで自然と発揮される彼女の「表現の形」が、ここにもくっきりと現れています。

 

使うだけじゃなく、つくることそのものを楽しむ

そんな虫よけのつくり方はいたってシンプル。

洗って水気を切ったドクダミを保存瓶に入れ、そこにアルコール(焼酎やリカーなどの度数が高いもの)をひたひたになるまで注いで出来上がりです。ふたをして1年置いたものを翌年の初夏から使い、また新たなものを仕込むというのが山本さんのサイクルだそう。

佇まいがすてきな道具とともに、作業を進めていきます。

山本さん:
「扱い方は葉ものの野菜と同じ。サラダを作る要領でやるとうまくいくんです。大事なのは洗ったらよく水気を切ること。ざるにあげてから布巾で包んで、時間があればそのまま冷蔵庫に入れておきます。そうすると花がピンとしてきれいだから。作ってからしばらくは目につく場所において、眺めるのも楽しみですね」

 

植物の生きるリズムをものづくりに生かしたい

一年越しのチンキをボトルに移し変えたら、手書きのラベルを貼って完成です。家で使うものだからと省略してしまうこともできるけれど、このさりげない一手間の効果はやっぱり絶大。手に取るたび暮らしの喜びを味わえるようにという、山本さんの思いを感じました。

山本さん:
「自分のやりたいことと、植物の生きているタイミングを合わせる。それがmitosayaのものづくりだと感じています。

やわらかな若葉を、ほころび始めた花を、熟した果実を摘み取って、その最も美しい一瞬をどう生かせばいいかと考えるのはとても楽しい。

以前は収穫のタイミングを逃して悔やしがるなんてこともありましたが、最近はそういう流れだったんだと思えるようになってきました。だって、また次の季節がすぐそこまで巡ってきているから」

ここで暮らすようになって、「今」と「少し先」を同時に感じるようになったという山本さん。夏の空の下、誰知らず秋の準備にいそしむたくさんの植物たちと同じように、次の季節を目の端にとらえながら、風のにおいの中に気配を感じながら、今日も日々の仕事に精を出しています。

明日の第2話では、ハーブの中で一番好きだというミントの楽しみ方に注目。目で、舌で、香りで味わうハーブの食卓を紹介いただきます。

(つづく)

 

【写真】佐々木孝憲


もくじ

 

山本祐布子

イラストレーター。2017年に千葉県大多喜町に家族で移住し、夫・江口宏志さんとともに、mitosaya薬草蒸留所の運営をスタートさせる。mitosayaではノンアルコールプロダクトづくりを担当。11歳と9歳、ふたりの娘を持つ母。

 


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