【金曜エッセイ】ずっと続けてきた年賀状、もうやめようかなと悶々としたけれど
文筆家 大平一枝
だいぶ早いが年賀状じまいの話をしたいと思う。
私は家族の近況を綴った定形のオリジナル年賀状を毎年印刷しているが、「今回はもうやめようかな」といつも制作の12月頃、一度悶々とする。もはや通過儀礼で、「でもまあ、会っていない友人や親戚に近況を伝える唯一の機会だから、とりあえず来年は刷ってその次に考えよう」と先送りにする。
踏ん切りがつかないので、宿題を延ばしているようなものだ。
先日、突然病気でお母さまを亡くされた編集者の話を聞いた。
「あまりにも突然すぎるのと、父も私も母の交友関係をほとんど把握していなかったので、通夜や葬儀をどなたに伝えればいいのかわからず困りました」
「それで、どうしたんですか?」
「あ、年賀状だ、と。だれもが年賀状じまいをしがちなこういう時代でも年賀状を出しあう人こそ、大事な間柄なんじゃないかなって思ったんです。さっそく母宛ての年賀状を探して連絡、その方たちにどなたに伝えればいいかもお聞きできて、最後、本当に助けられました」
他人事ではない。だれにも響く話だと思った。
我が家は夫婦ともにフリーランスなので仕事相手も含め、印刷数は多い。年々、目に見えて届くそれが減っている。切手代もばかにならないし、何かと忙しい師走に手をとられる。こんなアナログな習いは手放してもいいのではと本気で考えていた。でも、そうなんだよなあ。会えなくてもかつてとても世話になった大切な旧友、恩師、駆け出しの頃仕事をくれた編集者、苦しい仕事をともに乗り越えた仕事仲間、いっとき子どもの預かり合いをして助けられた元ご近所さん。“あのときはありがとうございました、今も元気にこうして暮らしています”という報告をしたい相手はいる。
面倒なのでと一年に一度の文字の交流を断ってしまう気持ちになれずにここまできたが、彼女の話を聞いてちょっと背中を押された。できるところまで続けてみようじゃないか。
目先の利便や効率だけをものさしにしていると見えなくなることがある。損得で計れない、理屈ですっぱりわけられないなにか。彼女のお母様とは面識がないけれど、こんな娘さんの交友関係の端っこの私にまで大切なことを教え遺してくれ、ありがたく思う。あなたがなにげなく書いていたであろう年賀状は、世を去った今もこんなふうにいろんな学びを私達に与えています。
八月にベトナム・ハノイに滞在した。宿泊したサービスアパートメントの踊り場に在越日本人向けのフリーペーパーがあった。これが意外におもしろく、「掲示板」「仲間募集」のコーナーを用もないのに端から読みこんでしまった。
『◯年生まれの会メンバー募集』『フットサルやりませんか』『◯歳児を持つママの会』……etc. ゴシックの小さな文字がぎっしり並んでいるだけなのに、なんだか楽しげで、つい目で追ってしまう。
ホームページにはない懐かしい安らぎがあり、文字だけなのににぎやかだ。ハノイに来て間もない人はきっと、この日本語の羅列を眺めるだけでほっとするだろうし、ひとりじゃないんだなと心強く思うことだろう。たった一行の情報を頼りに訪ねる人と、こんなアナログな方法で声をかける人は気も合いそうだ。きょうび、こんな手間のかかる方法でなくてもネットでいくらでも繋がれるからこそ。
そうだ、来年の年賀状はハノイのカットを使おう。たいして楽しみにもされていないと思うが私は出します。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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