【本屋の本棚から】後編:ここではないどこかへ。旅にまつわる4冊(西荻窪・今野書店)
ライター 嶌陽子
本屋に訪れ、本棚をゆっくり眺める時間そのものをお届けできたなら。そんな思いで企画した特集。
前編につづき、東京・西荻窪にある「今野書店」のスタッフ、水越麻由子さんに、今の気分に寄り添うテーマで本を選書いただき、特別な本棚をつくっていただきました。
今回の本棚のテーマは、「旅にまつわる本」です。それでは本屋さんでの時間をゆっくりお楽しみください。
今日の本棚
「旅にまつわる本」
暖かくなる季節に向けて、
旅の計画を立てたくなる今日この頃。
たとえすぐには出かけられなくても、
本の中に広がる未知の世界で
五感を思い切り刺激し
心身を解放しよう。
ページをめくるごとに
旅気分を高めてくれる、
そんな本を選んでいただきました。
【本棚リスト】
『オンザロード』ジャック・ケルアック 河出文庫
『地元菓子』若菜晃子 新潮社(とんぼの本)
『東京ホテル図鑑』遠藤慧 誠文堂新光社
『ハングルへの旅』茨城のり子 朝日文庫
『砂漠の教室』藤本和子 河出文庫
『世界はこんなに美しい』エイミー・ノヴェスキー(著/文)、ジュリー・モースタッド(イラスト)、横山和江訳 工学図書
『あいたくてききたくて旅に出る』小野和子 PUMPQUAKES
『パリ残像』木村伊兵衛 クレヴィス
この中から4冊をピックアップ。水越さんにコメントをいただきました。
美しいスケッチで、ホテルの隅々までを堪能
水越さん:
「一級建築士の著者が東京や近郊のホテルに宿泊して、心に留まったものをスケッチしている本です。
各部屋の間取りを実測してきちんとスケッチしているほか、壁紙やドアノブ、ライトなど、使われている建材も描いてあったりして、建築家目線での観察力がすごいなあと思います。
タオルやアメニティ、レストランやバーの食べ物などが描いてあるのも魅力。ホテルを選ぶ時って、こういう細かい部分が実はすごく重要だと思うんですが、予約サイトだとどうなっているのか、分からないことが多いですよね。
老舗ホテルの美しい階段スロープの曲線なども描かれていて、建築好きの人も楽しめるし、旅好きの人にもたまらない本。ホテルに泊まりに行きたくなります。
ページをめくりながら思わずため息が出てくるような、見ているだけで楽しい本です」
『東京ホテル図鑑』遠藤慧 誠文堂新光社
旅先で自分だけの大切なお菓子を発見したくなる
水越さん:
「全国各地の、地元で昔から愛されているお菓子やお店をとても詳細に取材している本。ものすごい労作だと思います。
全国各地にあるカタパンというお菓子を集めて紹介したり、東京近郊の酒まんのお店を全部まわって「酒まん街道」として紹介したり。写真が豊富ですが、お店を訪れた時のエピソードやお店の人に聞いた話、お菓子への思い入れなどが綴られたエッセイも読み応えがあって、著者のお菓子に対する愛情が伝わってきます。
お菓子って他の食べ物と違って、なくてもいいものですよね。毎日食べるものというより、ちょっとした幸せや息抜きのためにあるもの。だからこそ、見た目が可愛かったり、パッケージが洒落ていたりする。そうやって幸せを届けるために、昔から職人さんたちが工夫して作り続けてきたし、その思いを地元の人たちが汲み取って、綿々と買い支えてきた。そこが素晴らしいなあと思います。
読んでいると、自分の地元に帰って昔ながらのお店を訪れたくなりますし、各地の一見何の変哲もないお菓子屋さんを巡って、自分だけの大切なお菓子を発見したくなります」
『地元菓子』若菜晃子 新潮社(とんぼの本)
一人の女性が旅をして集めた、村々に伝わる珠玉の民話
水越さん:
「次に紹介するのは、今年で90歳になる民話研究者による旅日記。元々は3児の子どもを育てる専業主婦だったのが、30代から東北の村々をまわり、民話をずっと採訪してきたという人です。
突然家を訪ねて行って『子どもの頃に聞いていた昔話を聞かせてもらえませんか』と頼んで聞く、ということをずっと続けてきた。断られることも多かったそうですが、それでも話してくれる人たちがいたんですね。
そうして聞き取ってきた民話そのものや、民話と共に語られる語り手の人生、それらに対する著者の考察や思いなどが綴られています。
紹介されている民話も素晴らしいですし、日本が近代化とともに姿を変えていく裏で、表舞台には決して現れなかったけれど、地に足をつけて生活してきた人たちの苦労や幸せを民話を通してすくいとっているところがすごいなと。
これから日本各地を旅する際に、ここにも生活をしている人々がいて、いろんな歴史や思いを抱えながら生きているんだなと思いを馳せながら歩きたくなる。旅をする際の気持ちや視点を変えてくれる本だと思います」
『あいたくてききたくて旅に出る』小野和子 PUMPQUAKES
「他者と向き合うこと」について考える
水越さん:
「最後にご紹介するのは、アメリカ文学の翻訳者である著者がヘブライ語を学ぶために行ったイスラエルでの記録。現地で通った語学学校でのことや、合間に訪れたイスラエルのさまざまな土地での出来事などが書かれています。
ただの旅行記にも読めるのですが、一冊を通して著者の藤本和子さんの思想が貫かれている本です。
藤本さんは、旅先で出会う人たちに決して共感はしないんです。相手の言動を自分の分かりやすい物語に落とし込もうとせず、存在をそのまま受け止めて描写する。相手を理解できなかったり戸惑ったりすることも多いんですが、そこから考えていこうとしているんですよね。とても難しいことだし、藤本さん自身もその困難さと格闘している様子がうかがえるのですが、他者をありのまま認めるとはどういうことか、読んでいて考えさせられます。
読むと、藤本さんの透明な目を通して多様な人々と出会えるし、他者に対する自分の姿勢を問い直すきっかけにもなる。ぜひ読んでほしい1冊です」
『砂漠の教室』藤本和子 河出文庫
つかの間の本屋さんでの時間、いかがでしたでしょうか?
知らなかった本との偶然の出会い。そこから思考や記憶が刺激される体験。本屋さんならではのそんな時間を、少しでも味わっていただけたならとても嬉しいです。
【写真】濱津和貴
水越 麻由子
今野書店で文芸書と人文書の棚を担当。本のセレクトに独自のセンスを持ち、本の目利きとして知られている。フェアやトークイベントの企画などにも携わる。
もくじ
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