【本屋の本棚から】前編:ブランケットに包まれながら。去り行く冬を味わう4冊(西荻窪・今野書店)
ライター 嶌陽子
ふらりと本屋さんに立ち寄って、本棚を眺める時間。それは、とてもしあわせで、豊かな時間のひとつだと感じます。
紙の香りや独特の静かな空気に包まれながら、気のおもむくままに目についた本を手に取ってみる。実際に足を運ぶことでしか味わえない楽しさが、そこには確かにある気がするのです。
本屋に訪れ、本棚をゆっくり眺める時間そのものをお届けできたなら。そんな思いで企画した特集連載。
第5弾で伺ったのは、東京・西荻窪にある「今野書店」。スタッフの水越麻由子さんに、今の気分に寄り添うテーマで本を選書いただき、特別な本棚をつくっていただきました。
▲JR中央線・西荻窪駅から徒歩1分。50年近く、西荻窪の「まちの本屋さん」として愛されてきた。
▲程よい広さの店内には文芸書、実用書、コミック、雑誌、児童書などがバランスよく並んでいる。
▲スタッフの水越麻由子さんは今野書店に勤めて10年以上。文芸書、人文書を担当し、イベントの企画や運営にも携わる。
今回の本棚のテーマは、「冬を味わう本」です。それでは本屋さんでの時間を、ゆっくりお楽しみください。
今日の本棚
「冬を味わう本」
春の足音が近づくこの時期。
暖かな季節が楽しみな一方、
冬独特の冴えわたる空や
澄んだ空気が名残惜しい気も。
季節が完全に変わってしまう前に
家で毛布にくるまって
冬の美しさや静けさを
もう一度じっくり味わいたい。
そんな時間にぴったりの
本を選んでいただきました。
【本棚リスト】
『ツンドラの記憶』八木 清 閑人堂
『ゆきのひ』エズラ・ジャック・キーツ/木島 始訳 偕成社
『ムーミン谷の冬』トーベ・ヤンソン/山室 静訳 講談社文庫
『結晶質』安田茜 書肆侃侃房
『雪は天からの手紙』中谷宇吉郎 岩波少年文庫
『冬の動物園』谷口ジロー 谷口ゴローコレクション 双葉社
『雪の練習生』多和田葉子 新潮文庫
『詩と散策』ハン・ジョンウォン/橋本智保訳 書肆侃侃房
この本棚の中から4冊をピックアップ。水越さんにコメントをいただきました。
厳しさも、美しさも。冬に満ち満ちた物語
水越さん:
「最初にご紹介するのはあのムーミンの物語。ムーミン一家が冬眠中、なぜかムーミンだけが目を覚まして、初めて冬の世界を体験するお話です。
見たこともない冬を前に最初は孤独に過ごすのですが、さまざまな出来事や出会いを通じて冬の厳しさだけでなく美しさも知り、少しずつ成長していきます。素っ気ないけれどさりげなくムーミンを見守ってくれるトゥーティッキや、スキーが好きなヘムレンさんなど、この季節だからこそ出会える仲間も登場します。
冬の描写の美しさや幻想的な挿話も、北国フィンランドならでは。雪が降るのを見たムーミンが(雪って、こういうふうにふってくるのか。ぼくは、下からはえてくるんだと思っていたけどなあ)と思うシーンも素敵です。
とにかく冬に満ち満ちていて、この季節に読むのにぴったりの一冊です」
『ムーミン谷の冬』トーベ・ヤンソン/山室 静訳 講談社文庫
視点に変化を与えてくれる、静かで繊細なエッセイ集
水越さん:
「次に紹介するのは、韓国の詩人が綴ったエッセイ集。韓国では人気のロングセラーだそうです。
著者が冬道を散策しながら、生き方や幸福などについて思索を深めていく。そうした奥行きが文章から感じられます。静かで繊細、透明感のある筆致が雪のイメージと重なって、エッセイを読んでいるというより、詩を読んでいるような気持ちになります。
著者は冬が好きで、その理由は雪だというんですね。
たとえば、 “降り積もった雪で覆われて道が見えなくなると、どこをどう歩いてもいい自由が生まれる”といったことが書かれているんですが、ともすると厄介なものに捉えられがちな雪をこんなふうに考える発想が素敵だなあと思います。
自分の視点に変化を与えてくれる本。寒い時期に一人で読みたくなります」
『詩と散策』ハン・ジョンウォン/橋本智保訳 書肆侃侃房
雪や科学の不思議に触れる
水越さん:
「これは、世界で初めて人工雪を作った科学者によるエッセイ集です。研究にまつわる苦労話をはじめ、雪の結晶の仕組みについて、さらには科学に対する考え方などが、温かい文章で綴られています。
タイトルの『雪は天からの手紙』というのは、雪の結晶の状態からそれが作られた時の大気の状態が分かる、という意味だと知ってそうなんだ!と思いました。
科学者ならではの追究心を持って、本当に楽しそうに研究に取り組んでいる姿が文章から伝わってきます。さらに、「科学には苦手な問題がある」と述べるなど、当時としては先進的な考え方も見られたり。雪だけでなく、科学そのものについても思考を深められる面白い内容です。
ちなみに石川県に『中谷宇吉郎 雪の科学館』があるのですが、ここは本当に素晴らしい場所なのでおすすめです」
『雪は天からの手紙』中谷宇吉郎 岩波少年文庫
眺めているだけで幸せになる、美しい絵本
水越さん:
「最後に紹介するのは絵本です。初めて雪に出会った少年の1日を描いているんですが、まず、ビジュアルが本当に素晴らしい。雪の結晶が描かれた見返しからもう美しいんです。
色のコントラストもきれいだし、雪の表情をすごく捉えていて、それをさまざまなかたちで表現しています。どうやって描いているんだろうって思う表現もあって、驚きに満ちた本でもあります。
赤いとんがり帽子の服を着た主人公、ピーターも可愛くて。初めて触れた雪をしまっておきたいと思ってポケットに入れておくんですが、後で手を入れたらなくなっていて、悲しくなっちゃったっていうシーンもいいな、と。
ただ眺めているだけでも幸せな気持ちになれる、大好きな1冊です」
冬を堪能できる本棚、いかがでしたでしょうか?
つづく後編では、春に向けて「旅に出たくなる本」がテーマの本棚をお届けします。お楽しみに。
【写真】濱津和貴
水越 麻由子
今野書店で文芸書と人文書の棚を担当。本のセレクトに独自のセンスを持ち、本の目利きとして知られている。フェアやトークイベントの企画などにも携わる。
もくじ
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