【本を読むということ】第2話:言語を学ぶ楽しさとは。自分で読めて書けて、話せることは、ただそれだけで喜びなんです

【本を読むということ】第2話:言語を学ぶ楽しさとは。自分で読めて書けて、話せることは、ただそれだけで喜びなんです

ライター 嶌陽子

ロシア文学研究者、翻訳家の 奈倉有里 ( なぐらゆり ) さんに、本や言葉との向き合い方や、読書の意味について聞く特集。第1話では、子ども時代の読書体験や本を読む楽しさなどについて話してもらいました。

第1話をよむ

第2話ではロシア語を学ぶようになったきっかけや、やがてロシアに留学するまでになったこと、さらには言葉を学ぶ喜びについても聞いていきます。


トルストイの『復活』を読み、ロシア語の道へ

小学生の頃から日本や海外のさまざまな本を読んできた奈倉さん。ロシア語やロシア文学に出会ったのはいつ頃だったのでしょう?

奈倉さん:
「入り口はレフ・トルストイでした。小学生の時に『トルストイの民話』という本を借りてきて読んだ覚えがあります。その時は内容というより、冬に雪がたくさん降って寒そうな話が多いところがいいなと。私は昔から、雪の降る寒いところが大好きなんです。

一番衝撃を受けて、ロシア語をやろうとはっきり思ったっかけは、中高生の頃に読んだレトルストイの『復活』です。主人公ネフリュードフが、自分の過去の過ちに気づき、よりよく生きようと決意するのに、翌朝起きるともうその決意が鈍っている。それでも一度決意したことをやらなければと揺れ動く、その内面の葛藤にすごく惹かれたんです。その時に『これだ』って思いました」


母親を真似して、家具にマジックで外国語を書いて

そうして高校生の頃からラジオのロシア語講座を聴いたりして、独学でロシア語を学ぶように。驚くような学習法も実践していたといいます。

奈倉さん:
「私の母が語学好きで、ドイツ語やスペイン語を学んでいたんですが、単語を覚えるために、家じゅうの家具に油性マジックでドイツ語やスペイン語を書いていたんです。冷蔵庫には冷蔵庫を意味する単語を書く、みたいに。

お母さん、これこんなに直接書いちゃっていいの?って聞いたら、うち以外誰も使わないんだし、使ってるうちに消えていっちゃうし、全然いいんじゃないって。まあ確かにそうかもと。

だから私も冷蔵庫や電子レンジ、洗面台などにロシア語のキリル文字を書いていました。だから我が家では、1つの家具にドイツ語とスペイン語、ロシア語と何か国語も書いてあるような状態でした。そうすると生活の中に単語が入り込んでくるので、自然と覚えるんです。」


言葉を学ぶと、人生が増える

ロシア語の勉強を地道に続けていった奈倉さんは、著書の中でしばしば言語を学ぶことの楽しさ、喜びについて触れています。「新しい言語を習うとは新しい子供時代を知ることだ」(『言葉の白地図を歩く』より)という奈倉さんに、語学の楽しみについて聞いてみました。

奈倉さん:
「最近はAIなどでの機械翻訳が盛んですが、 “翻訳された文章を読める” のと “それぞれの言葉の語義やニュアンス、文章のなりたちを把握しながら原文の世界を自由に進んでいける” のは全く違うものだと思います。

自分で理解して読める、書けるというのは、ただそれだけで喜びなんですよね。小さな子どもにとって文字を読んだり書けたり、誰かが話していることの意味が分かったり、自分も言葉を話せてそれを面白がってくれる大人がいたりするのは、すごく嬉しいことじゃないですか。語学はその体験をもう一度できる、ぜいたくな営みだと思います」

奈倉さん:
「さらにそこへ、その言語を母語とする人たちと話し合ったり、気持ちを通じ合わせて泣いたり笑ったりする喜びが加わる。 “人生が増える” みたいな感覚です。その喜びを機械翻訳に任せるのはもったいないなって。

機械翻訳だと、その喜びがない分、 “情報” だけになってしまう気がします。それで簡単に相手を分かった気になったり、逆に意見が違うとなったらぱっと諦めて手放してしまいがちです。でも、苦労して身につけた言語だと、簡単には切り捨てたくない、相手をもう少し理解したいっていう気持ちにもつながる気がするんです」


「ロシア語の職人」になるために

高校卒業後、奈倉さんはロシアに留学することを決意します。見知らぬ国へひとりで渡ることに迷いや不安はなかったのでしょうか。

奈倉さん:
「当時は手に職をつけるのがいいとよく言われていて、だったら私はロシア語の職人になりたいと思いました。そのための "修行" に出たいと思ったんです。日本の大学も調べたんですが、ロシア語の授業が週に2〜3回だけというところが多くて、圧倒的に足りないなと。もっと根本的に人生を変えたい、思い切ったことをしたいという思いもありました」

そうして2002年、奈倉さんは単身ロシアへと渡ります。最初の1年間はペテルブルグの語学学校でロシア語を学び、その後モスクワにあるロシア国立ゴーリキー文学大学に入学しました。日本ではあまり馴染みのない "文学専門の大学" で、一体どんなことを勉強したのでしょう?

▲留学時代に古書店で買ったロシア語の文法の本。今も使っている

奈倉さん:
「講義の中心は文学、哲学、歴史で、これが本当に膨大にあるんです。文学史もロシア文学史だけでなく、世界の文学史も勉強しますし。一般教養みたいな科目は全然なくて、その3つをひたすら学びました。

教科ごとに “今学期に読むべき本” が大量に書かれているリストがあって、寮に住んでいる友達と本を貸し借りしながら、必死に読んでいました。本を読んで、勉強して、読んだ本の話を友達として、授業を受ける。それが全てつながっているのがすごく楽しかったです」


「文学の言葉」ってどんなもの?

奈倉さん:
「学んだことの中で最も大事なことを挙げるとしたら、 “文学の言葉は全てを包括する” ということでしょうか。

世の中には、メディアで使われる言葉や教科書の言葉、法律用語、広告の宣伝文、説明書に書かれた言葉、若者言葉、仲間内の隠語など、いろいろな言葉がありますよね。文学の言葉って、それらより少し離れた位置にある、何か高尚なものと思われがちだけど、そうではなく、こうしたさまざまな言葉全てを括ったところにある。そう教わったんです。

しかも文学というのはいろいろな言葉がある中で、どの言葉の視点から書いてもいいし、どんなかたちになってもいい。どの視点から世界を描くかを選ぶところから始まるんだと。

私自身、海外文学に憧れていた頃は、特に古典文学なんていうと何か権威のあるもののように感じていたけれど、よく考えたらそういうものではないんですよね。大学1年生の時に教わったことで、最初に大きな枠組みをもらったと思いました」

「文学や言葉に対する意識を一から作り直す」ような日々を経て、2008年、奈倉さんは日本人として初めてその大学を卒業。「文学従事者」という学士資格を得て帰国します。最終話では、とりわけ今の時代に本を読む意義、文学の大切さについて聞いていきます。


【写真】井手勇貴




もくじ

奈倉有里

1982年生まれ、ロシア文学研究者、翻訳家。2002年からペテルブルグの語学学校でロシア語を学び、その後ロシア国立ゴーリキー文学大学に入学、2008年に日本人として初めて卒業。東京大学大学院修士課程を経て博士課程満期退学。博士(文学)。著暑『夕暮れに夜明けの歌を』(イースト・プレス)で第 32 回紫式部文学賞受賞、『アレクサンドル・ブローク詩学と生涯』(未知谷)などで第 44 回サントリー学芸賞受賞。他の著書に『文化の脱走兵』(講談社)、『ことばの白地図を歩く』(創元社)、訳書に『赤い十字』(サーシャ・フィリペンコ著、集英社)ほか多数。3月17日に最新エッセイ『背表紙の学校』が刊行予定。

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