【思いを届けるために】後編:「毅然と言う」と「黙り込む」の間にあるたくさんの方法を、私たちはすでに知っているんです

【思いを届けるために】後編:「毅然と言う」と「黙り込む」の間にあるたくさんの方法を、私たちはすでに知っているんです

ライター 嶌陽子

職場で、家庭で、近所付き合いで、社会に対して。モヤモヤしていること、納得いかないことをどうやって相手に伝えればいいんだろう? 政治学者、岡田憲治さんと一緒に、「言いたいけど言えない」理由や、それでも何とか思いを届ける方法について考える特集です。

前編では、実は私たちの日常の中にある「政治」について、また岡田さんが著書『言いたいことが言えないひとの政治学』を書いた理由などについて聞きました。

前編をよむ

後編は実践編。なぜ言えないのか、言えない時はどうすればいいのか、具体的に考えていきます。


「言えない理由」を切り分けてみると


職場の会議で出ている意見に賛成できない。子どもの担任の先生の対応に納得がいかない。いろいろ言いたいことはあるものの、実際にはなかなか言いづらいものです。なぜ私たちは言えないのでしょうか。

岡田さん:
「意を決して言った結果、幸せになったという思い出があまりない。そういう人が多いんだと思います。もし楽しい思い出があったら、また言おうと思うはずですから。

そこから一歩進んで、具体的になぜ言いたくない、言えないと思うのか、その解像度を上げてみると、じゃあどうすればいいかということを少しは考えやすくなるんじゃないでしょうか」

岡田さん:
「理由として考えられるのは 、自分の気持ちが十分につかめず、何を言えばいいか分からないから。人間関係に波風が立つのが嫌だから。言うと厄介な状況になったりしたら面倒だから。圧力や制裁が怖いから。孤立したくないから、など。

こうやって、 “今言えないと思うのはどういう事情があるのか” を少し細かく考えてみると、ならばこういう条件が整えば、あるいはこういう点に気をつければ、少しは言えるかもしれないという話に結びつけやすいかもしれません」


どうしても言えないなら、それ以外のことをすればいい

▲岡田さんの著作から。左・中高生向けに書かれた『教室を生きのびる政治学』(晶文社)、中・『言いたいことが言えないひとの政治学』(晶文社)、右・PTA会長を務めた際の体験をユーモアを綴った『政治学者、PTA会長になる』(毎日新聞出版)。

一方、条件や環境にかかわらず、とにかく言うのが苦手という人もいるでしょう。その場合は無理をしなくてもいいのだと岡田さんはいいます。

岡田さん:
「どうしても性格的に言えない、言うのが苦手っていう人は、自分の得意なことをすればいいんです。言う人を全力でサポートすることもそのひとつ。たとえば言っている人の代わりにその内容を記録してあげる。とにかくひたすら聞いてあげる。勇気を出して声を上げた人を励ましたり褒めたりして応援する。そういうことも、頑張っている人を孤立させず、その人の最良の力を引き出すことに貢献します。

それに、"毅然と言う" か "黙り込む" だけじゃない交渉の仕方や戦い方はいろいろあります。仲間を増やして声を束ねるとか、あえてグレーなままにしておくとか。

実はそうしたいろんな方法って、みんなもう分かってるし、できてるんですよ。だって僕らは、日々生き延びるための工夫をしていますよね。たとえば誘いを断る際に友達に代わりに言ってもらうとか、本当は行きたくない集まりに我慢して行って、後々何か言われないようにするとか。人はそうやってそれぞれの日々をやり過ごしてるわけです。

ゼロベースから始めるわけじゃない。日々している工夫を思い出して、ケースバイケースで組み合わせてみればいいんだと思います」


聞くって大事。いまだに練習中です


すでに知っている工夫を組み合わせながら思いを伝えればいい。そう聞くと、少し勇気も湧いてきます。とはいえ、願わくばみんながもっと楽に言い合えるような環境をみんなで作れたらいいなと思うのですが……。

岡田さん:
「みんながものを言い合えるシステムを作るには、日々経験値を上げていくしないと思います。具体的にはお互いの話を聞くこと。つまり、たとえ最終的には自分の意見が通らなかったとしても、みんな自分の話を聞いてくれたっていう思いが残れば必ずその次にまた言おう、チームに貢献しようってなるはずなんです。話を聞くことで生まれる信頼が積み重なっていくと、ものを言い合える風土が作られていくと思います。

朝ドラの『虎に翼』で、小林薫さんが演じた穂高教授が主人公の寅子の話をじっくり聞いてたでしょ。寅子が『先生はただの一度も私の言葉を遮らなかった』って言って。あれを観た時に、あ、俺これをやってなかった!って思ったんです。

僕が大学で教えてる学生たちってね、みんな素朴でいい子たちなんですよ。彼らが社会に出た時に困らないようにしたい。そう思って、時には厳しいことも言ってきたんだけど、その度に彼らの言葉を遮ってしまっていた。今まで何百人の学生の言葉を遮ってきたんだろ、やっちまったよーって思ってます。

聞くって本当に大事。僕はそれに気づくのに何十年もかかってしまったし、いまだに練習中です」

岡田さん:
「人の話を丁寧に聞いてあげると、あら不思議。初めは感情が高ぶって『もう絶対に許せない!』なんて話してる人が『まあ怒ってるって言ってもそれほどは怒ってないんですけどね』なんて、自分で脳内の交通整理ができるようになってきます。

もうひとつの “あら不思議” は、人の話をとことん聞いているうちに、自分の声も聞こえてくるってこと。人って相手の話を聞いた瞬間、それに対する心理的な評価をしてるんですよ。それは自分の脳内を掘り起こすことにもなる。だから人の話を聞いていると、自分の言いたいことが浮かび上がってくるんです」


相手の心を開くには、「正論」ではなく「説得」

岡田さん:
「もしも条件が整ったりきっかけがあったりして、 "言う" ことになった場合は、ポジティブベースで、相手を肯定するニュアンスで、が基本です。考え方が違っても、そういう考え方ってあるかもしれないよねと受け止めるのがいいと思います。

僕はかつて子どもたちの小学校のPTA会長を務めていた頃、周りの役員に正論を投げ続けた結果、猛反発を喰らって孤立した経験があります。連れ合いに『俺、なんか間違ったこと言ってるのかな』って相談したら『言ってないよ。だから通じないんだよ』って返されました。

つまり、こういうこと。いくら正論だとしても、自分の価値観を一方的に押し付けるだけでは、相手は聞く基盤を持っていないし、自分のこれまでの努力や苦労が否定されたように感じてしまって、完全に心を閉じてしまうんですよね。

政治は相手の最良の力を引き出して、楽しく生き延びるための工夫だといいました。そのためには、 "正論" や "主張" じゃなくて相手の心を開くような "説得" が必要です。自分の身のまわりや世界を少しでもよくするためには、笑顔で協力できるような仲間を作っていくことが大事なんです。

たとえ考え方や価値観が大きく違っていても、できる限り相手と自分の共有の地平を探していく。その際、相手には一体どのように世界が見えているのか、そして何を守りたいのかを想像してみると、意外と見えてくるものがあるように思います」

さまざまな経験を通じて自分の間違いに気づき、常に変化しようとする岡田さんの姿勢に励まされたインタビュー。なんとなく分かっているつもりになっていた「政治」についても、思っていたよりずっと自分たちの手の中にあるんだと感じました。

ゴールは相手の最良の力を引き出すこと、笑顔で協力できる仲間をつくること。そう考えると、言いたいことを伝える工夫の幅も広がりそうです。

他者と共に一日一日を楽しく暮らし、日常を、社会を少しでもよりよくするために。思いを届けることをあきらめずに過ごしていきたいと思います。


【写真】神ノ川智早


もくじ

岡田憲治

政治学者、専修大学法学部教授。1962年東京生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了(政治学博士)。専攻は現代デモクラシー論。広島カープをこよなく愛する2児の父。著書に『半径5メートルのフェイク論「これ、全部フェイクです」』(東洋経済新報社)、『教室を生きのびる政治学』『言いたいことが言えない人の政治学』(ともに晶文社)、『政治学者、PTA会長になる』(毎日新聞出版)、『なぜリベラルは敗け続けるのか』(集英社インターナショナル)など多数。

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