
「一方的に決めつけないで、こちらの話も聞いてほしい」「マンションのルールをもう少し守ってもらえたら」「この仕事、もう少し簡略化できるのでは」……。
毎日の暮らしの中で、周りの人との間にモヤモヤを抱えることはどうしたってあります。嫌だと思ったり違和感を抱いたりしたら、それを相手に直接言えばいい。のですが、そうそう言えないのが現実。相手を傷つけたくない、自分の立場を悪くしたくない、波風を立てたくないなど、いろいろな理由が頭に浮かんでくるからです。
それなら言いたいことは全部飲み込んで、我慢するほかないのでしょうか。納得がいかないことでも「上が決めたことだから」などと黙って見守るしかないのでしょうか。自分や周りの人の日常を、あるいは社会をよりよいものにしたいという思いは確かに持っているつもりなのに……。
「そんなことないよ」と温かく励ましてくれたのが政治学者、 岡田憲治 さんの本『言いたいことが言えないひとの政治学』です。

私たちはなぜなかなか "言えない" のか。どうしたら思いを伝えられるのか。そうした内容を子どもの学校、PTA活動、近隣住民との付き合い、親との葛藤といった身近な事例をたくさん引きながら、ユーモアを交えて教えてくれます。
そうそう、だから言えないんだよね〜と何度もうなずきつつ、本の中で丁寧に切り分けられている「言えない理由」や「思いを届けるさまざまな方法」に触れて、視界が少し晴れていくような気持ちになりました。
研究者、大学の教員、子どもの小学校のPTA会長、NPOの世話人などを務め、さまざまな失敗もしてきたという岡田さんはこういいます。
「黙るのでも声を荒げるのでもなく、程よく説得したり依頼したり交渉したりと、対話のための技法はたくさんあるのです」
『言いたいことが言えないひとの政治学』より
毎日をよりよいものにするために、思いを伝える方法とは? 岡田さんにお話を伺ってきました。前後編でお届けします。
政治とは、楽しく生き延びるための工夫です

愛称「オカケン」さんこと岡田さんは、専修大学法学部の教授で政治学が専門。中学生と高校生の子どもの父親でもあります。
そんな岡田さんにまず聞きたかったのは、本のタイトル『言いたいことが言えないひとの政治学』について。書かれているのは日常の本当に身近な世界なのに、なぜ「政治学」という言葉が入っているのか、ずっと気になっていました。岡田さんが考える「政治」とは、一体どういうものなんでしょう?
岡田さん:
「人間は、どれだけ体が大きかろうと、基本的に小さくて弱いものです。一人でできることには限りがある。また、人間は必ず不完全な情報のもとで、あらゆる決断をしなきゃいけない。だから必ず間違えます。弱くて小さい人間が、必ず間違える決定をするんですね。そういう人たちが力を合わせて、何とか社会を支えるためのやり方を長い歴史の中で考え出した。それが民主主義です。
民主主義とは、弱くて小さい人間一人ひとりの最良の力を引き出すためのシステム。そしてそのためには、つまり一人ひとりが楽しく生き延びるためには工夫が必要であり、その工夫のことを政治と呼んでいるんです」

岡田さん:
「職場でも学校でも、家庭でも政治はあります。たとえば、パートナーなどに対して『今機嫌が悪くなると大変だから気分よくさせておこう』って思うことはありますよね。それで『昨日のあれ、よく気づいてくれたね。助かったよ』とかって言えば、相手も『そう? 私ってえらい?』ってなる。こっちもさらに『いやあ、素晴らしいよ〜』なんて言って。
それで数日間相手の機嫌がよかったらうれしいじゃないですか。これは相手のいいところを探して、褒めて、いい気持ちになってもらうことでその人のよいエネルギーを引き出すっていう工夫、つまり政治です。
モヤモヤしていることがあって言いたいけどそうそう言えない、でもなんとか思いを届けたい。そのための工夫も、やっぱり政治なんです」
戦争をさせないために、政治学をやろうと思った

岡田さん:
「僕は1962年生まれで、学歴信仰の強い父親に日々プレッシャーをかけられながら子ども時代を過ごしてきました。だけど高校受験の時、第一志望の学校に合格できず、第二志望の学校に行ったんです。そこで、政治学者になる大きなきっかけを与えてくれた英語の先生に出会いました。
その先生が、『お前ならできる』と言って、特別にハイレベルの英語を教えてくれたんですよ。第一志望の高校に落ちて、もう人生は終わりだみたいに思っていたところへ、先生が精神的に支えてくれたんですよね。
高校2年生の時、その先生が読めと言って渡してくれたのが哲学者のバートランド・ラッセルによる『民主主義とは何か』。1950年代にBBCのラジオ放送で演説した、そのテキストでした。それを何十回、何百回と、暗記するまで徹底的に読みました」

岡田さん:
「もともと政治とは何かということについて関心はありました。入り口は太平洋戦争です。大叔父も戦争で亡くなっているし、親父は横浜の大空襲に逃げまどっている。そんな戦争をなぜしたのか。NOと言える空気ではなかったのか。そのことを説明してくれる学問っていうのを探した時に、そうだ、政治学なんだと思ったんです。
今でも子どもに『お父さんはなぜ学問をするの?』と聞かれたら、即座に答えますよ。『戦争をさせないためだよ』って。人が何かを勉強する目的は、戦争のない世界を作るためだけだと思ってます」
昔は「大人なんだから言おうよ」って思ってました

軽妙な語り口で、さまざまな話をしてくれる岡田さん。自身は「言いたいことが比較的言える人」であり、かつては「言えない人」にイライラしていたこともあるといいます。
岡田さん:
「子どもの小学校のPTA活動に参加した時、こんなことがありました。イベント後の打ち上げに一人のママさんが来られなかったんです。
周りに理由を聞いたら『彼女の班は反省会があるから』と。『何だよ反省会って! PTAはボランティアなんだから伝える言葉は “ありがとう” しかないだろ!』って言ったら、『誰だって反省会なんて行きたくないよ』って返ってきた。それに対して『嫌なら言えばいいじゃないか。大人なら言おうよ!』って、僕はそう言っていました」

岡田さん:
「その後PTA会長を3年間務める中で、『大人なら言うべき』という正論をぶつけ続けた結果、周囲から孤立したこともあります。
でもPTA仲間のグレートなママパパさんたちと仕事をしたり、いろいろな経験をするうちに気づいたんです。“言えない” 人たちがずるくて卑怯な人間なのかっていうと、ほぼ全員が善人なんですよ。じゃあなぜ自分が “言える” のか。それは僕が中高年で、男性で、大学教員だから。つまり、自力だけでは得られない属性や環境のおかげで比較的言いやすい立場にいるんですよね。
たとえば区の教育委員会に話したいことがあった時、女性の副会長が電話したら門前払いだったけど、僕が電話したら一瞬のうちにアポがとれた。何でも遠慮なく言ってくれるPTA仲間に『やっぱオカケンは使い勝手がいいよね〜。男のキョージュだし。あたしたちが電話したらけんもほろろだから!』なんて言われたこともあります。
こういうことを理解しないで『大人なら言うべき』っていうのは、いろいろな立場や環境に置かれた一人ひとりへの想像力が足りないってことなんだって、少しずつ理解するようになりました」
なかなか言いたいことを言えないけれど、実は素晴らしい意見やスキルを持っている人たちの力を引き出せたら。そんな思いで『言いたいこと言えないひとの政治学』を書いたという岡田さん。では、そういう人たちが思いを伝えて、日々を楽しく生き延びるためにはどうすればいいのか。後編ではそのためのヒントを教えてもらいます。
【写真】神ノ川智早
もくじ
第1話(2月12日)
言いたいことが言えない時はどうすればいい? ヒントをくれたのは政治学でした
第2話(2月13日)
「毅然と言う」と「黙り込む」の間にあるたくさんの方法を、私たちはすでに知っているんです
岡田憲治
政治学者、専修大学法学部教授。1962年東京生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了(政治学博士)。専攻は現代デモクラシー論。広島カープをこよなく愛する2児の父。著書に『半径5メートルのフェイク論「これ、全部フェイクです」』(東洋経済新報社)、『教室を生きのびる政治学』『言いたいことが言えない人の政治学』(ともに晶文社)、『政治学者、PTA会長になる』(毎日新聞出版)、『なぜリベラルは敗け続けるのか』(集英社インターナショナル)など多数。
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