【いつかを叶える生き方】第2話:思い描いたのは10年前から。ゆっくり、自分を表現する場作りをめざして
ライター 長谷川未緒
何歳になっても、新しいことにチャレンジし続ける姿は素敵です。
【いつかを叶える生き方】は、異国料理とナチュラルワインのお店を東京・学芸大学にオープンした料理研究家の口尾麻美(くちお・あさみ)さんに、全2話で仕事観を伺うシリーズ。
第1話では、地元・札幌でアパレル販売員を経て上京し、料理研究家になるまでを伺いました。
続く第2話では、異国料理の魅力やお店をオープンしてからについてお聞きします。
次なる目標は、自分の拠点作り
タジン鍋を使ったレシピ本を出版後、晴れて料理研究家と名乗りはじめた口尾さん。ひとつ目標を叶えたら、またひとつ新しい目標ができたといいます。
口尾さん:
「自宅で料理教室を開いたり、撮影したりしていたのですが、自宅とは別の拠点がほしいと思うようになりました。自分を発信する場所というのでしょうか。
お金があればアトリエをかまえるというのも選択肢ですが、収入を得られるほうがよかったので、お店を開きたいなぁと。
パリのエピスリー(食料品店)が大好きで、ああいう店の一角で立ち飲みできたらなぁというあこがれがスタートです」
じつは10年ほど前にもお店をやらないかという誘いがありましたが、そのときは「採算とれるの?」と夫に反対されたそう。
ランチのデリバリーをしていた頃、採算度外視でタクシーに乗って配達した経験もある口尾さんにとって、夫の言い分はごもっとも。
口尾さん:
「想像の世界であこがれていたけれど、現実味を帯びてくるとやっぱり難しいのかなぁと。でも『いつか』と思いながら、料理研究家として1年に1冊は本を出版するという目標のほうを優先して、過ごしてきました」
年に2、3回は旅をして、その旅で得たインスピレーションを元に料理を作り、数々の本を出版。モロッコやトルコ、ジョージア、リトアニア、ウズベキスタンなど、何度も訪れ、異国の家庭料理を学び、磨きをかけてきました。
夫が会社を辞めたことで、店は二人の夢に
口尾さん:
「7、8年前に、夫がそれまで勤めていた会社を辞めたんです。それでお店をやることがふたりの夢になりまして。
夫は食べることも雑貨も好きで、旅先でいいお店を探すのも夫のほうが得意。
タジン鍋も夫が出張のお土産に買ってきたものですし、いつもきっかけは夫が作ってくれるんですよね」
ワインショップやクラフトビールの店でアルバイトをしながら、物件を見つけてくれたのも夫でした。
口尾さん:
「コロナ前に隣町にいい物件が見つかったのですが、結局ほかの人に取られてしまって。その経緯に納得がいかず、私は不動産屋さんに対して不信感を抱くようになってしまいました。
夫はコツコツ探し続けてくれて、ようやく今の物件が見つかりました。契約してから見に来たので、『えっ、2階? 広すぎない?』とちょっと不満を漏らしたら、『他にないよ。探してみなよ』と(笑)」
好きなものでできている店
自分たちの思い描く内装をしてくれる会社が決まるまでに時間がかかりましたが、2022年12月25日にプレオープン、年が明けて2月12日にグランドオープンしました。
タジン鍋を使った料理や、マントゥといわれるトルコ風の小さな水餃子など、初めて食べるのにどこか懐かしい異国の家庭料理に、ジョージアやフランスなどのナチュラルワインとクラフトビールを提供するお店です。口尾さんが海外から持ち帰った雑貨の販売もしています。
店名の「HÅN(ハン)」は、トルコ語で宿という意味なのだそう。
口尾さん:
「どんな料理をどんなスタイルで出すか、ぜんぜん考えていなかったので『料理をカウンターに並べる?』って夫に聞いたら、『並べるな』って言われたり(笑)。
作りたいものはいっぱいあるから、ワインに合いそうなものを作ればいいかなと。夫は夫で、料理に合うワインを出せばいいと思っていたようです」
「どういう人が来てくれるのかなぁ」と思いながらスタートしたお店でしたが、今まで知り合うことのなかった人たちとの出会いがありました。
口尾さん:
「学芸大学に20年ほど暮らしていますが、こういう人たちが住んでいる街だったんだと新しい発見がありました。
私は基本的に『好き』を突き詰めて楽しく生きていたけれど、自分の価値観はいつもみんなと違う気がしていたんです。がんばっても他の人に合わせられなくて、好きなようにしかできない。
これしかできないけれど、いいのかな?と迷うような気持ちもあったけれど、お店や料理を良いと言ってもらえて、価値観をわかってくれる人がいたことで、いままで手探りでやってきたけれど、自分のスタイルができていたのだと自信を持てるようになりました」
今いちばんの悩みは「体力」です
店ではベリーダンスやベトナムの鍋会、旅先で求めた雑貨の販売会など、イベントも盛りだくさんで、楽しいながら目下の悩みは体力なのだそう。お店は18時から24時で、帰宅は2時や3時になることもザラです。
口尾さん:
「朝は7時くらいに起きて、お昼には店に行って仕込みをしたいのですが、洗濯したりメールを送ったりレシピを考えたりしていると、あっという間に夕方。
最初の半年は定休日は週に1回だったのですが、疲れ果て、疲れると頭も働かないし、やる気も起きない。週に2回に増やしましたが、定休日は取材や打ち合わせがあるので休めない!
立ち仕事は膝にくるし、経験したことのない疲れが溜まるので、整体に行ったり酵素風呂に通ったりと、今までやってこなかったセルフケアの大切さに気づかされています」
夫婦で働くことについてはどうなのでしょう?
口尾さん:
「若い頃から一緒に暮らしてきたのですが、私も彼も忙しくて、今まで一緒にいる時間が少なかったんですね。だから、いつかもっと一緒にいられたらいいなぁと思っていたので、これも目標が叶ったかなと。
ケンカは増えましたけれど(笑)。
ひとりで料理を作っているので、『提供が遅い』と口コミサイトに書き込まれたことがあるんです。夫は気にして『早くして』と急かすので、腹が立って文句が出ちゃったり。
でも、本当に忙しいときは協力しないとできないし、ひとりでは絶対にできなかったから、お互いに支え合っていいバランスですし、ケンカもするけれど、感謝しています」
ひとつ叶えると、また次のいつかが生まれる
旅好きの口尾さんは、料理教室の生徒さんやお店のお客さんを連れての海外ツアーも企画し、昨年はジョージアに行き、今年はリトアニアツアーを計画しています。
口尾さん:
「最初にタジン鍋の本を出版したときに、大阪の梅田ロフトでイベントをしたんです。当時ロフトさんは海外ツアーも企画していて、お誘いを受けて取材を兼ねたモロッコツアーを企画したんですね。
でも編集者さんしか応募してくれなかった(笑)。やっぱり知名度がないと一般の人は誰も応募してくれないんだなと悔しかったので、いつかそういうツアーをやりたいと思っていたんです。
そうしたら、料理教室の生徒さんで旅行会社に勤めている方がいて、コロナが明けたらツアーをやりましょうと言ってくれて。10数年経ち、ようやく実現しました」
口尾さん:
「旅に出ると、刺激を受けるし、自分が解放されるのがわかります。ワクワクするし、国が違えば食材も器も違う。この食材をこんなふうに使うんだとか、発見だらけ。
そういう旅の記憶を蘇らせたいし、その国の人の気持ちになれる道具も使いたい。
そして私は食べるよりも作るほうが好きで、お客さんにそういう料理を食べてもらいたいんですよね。だからこれからもまだ食べたことのない料理を食べに旅に出たいし、国も増やしたいと思っています。いつか中央ヨーロッパとか、ペルーにも行ってみたいですね」
何をしたいのかわからなかった時代を経て、料理研究家になり、その後もいくつも「いつかやりたいこと」を実現してきました。
口尾さん:
「あこがれや好きなことを突き詰めて、ひたすら行動してきました。目標ができると、常に現実になったときのことを想像して、もう想像か現実か区別がつかないくらい、叶ったときの映像が頭のどこかにあるんです。
何年か経つと変わっていることもあるけれど、常に『いつか』がある感じ。『いつか』は尽きることがないですね」
そんな口尾さんの次なる『いつか』は、自宅のキッチンのリフォームなのだそう。
口尾さん:
「店を始めてから、家にいる時間がすごく短くなって、すさんでいるんです(笑)。マンションを買って20年くらい経つので、キッチンを初めて作ったときのワクワクをまた感じたい。
海外から家具を持って帰ってきたいし、いつか、土を固めた釜を作り薪を使う、モロッコの土間のようなキッチンも作りたいと夢見ています。ベランダに作ろうかな(笑)」
いつかそんな素敵なキッチンができたら、ぜひまた取材させていただきたい。そしてそれまでに、「いつか」と思っていたことをひとつでも叶えられたら、と思っています。
(おわり)
【写真】川村恵理
もくじ
口尾 麻美
料理研究家・フォトエッセイスト。世界を旅して、それぞれの国の家庭料理を学んだり、ストリートフードを食べたり。そこからインスピレーションを受けた料理を本、雑誌、料理教室などで提案。著書多数で、近著は「旅するインテリア Pieces of Travel」(ケンエレブックス)など。
Instagram:@asamikuchio
【店舗情報】HÅN(ハン)
東京都目黒区中央町1-19-14 メディス学芸大学2F
18時〜24時(フードLO22時)、火・木曜定休
TEL:03-6826-9314
Instagram:@han__etoile
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