【暮らしのサイズダウン】〈前編〉目標は、家賃も広さも半分に。60代で訪れた二度の引越しで手放したものたち

編集スタッフ 岡本

つい先日、久しぶりに実家を訪れると、長年使っていた4人掛けのソファがキュッとコンパクトに、2人用へと変わっていました。話を聞くと、今乗っている5人乗りの車も数年以内には軽自動車に変えるつもりなのだとか。

生まれ育った家を出て、あっという間に10年。

一人暮らしから始まり、気付けば4人家族となった私の視点で見ていると、「家族は歩みを進めることでサイズアップしていくもの」というイメージを持っていたけれど。一方で両親は、ゆっくりと暮らしを小さくしていることに気付きました。

その変化に少しの寂しさを感じたものの、両親は私の気持ちとは裏腹にだいぶ晴れやかな様子。そういえばここ最近「今日は富士山を見にドライブに行ってきたよ」など、たびたびお出かけの報告を受けていたことを思い出します。

少しずつ暮らしをサイズダウンしていくなかで、フットワークが軽くなったのでしょうか。

長年の子育て期間を終えて、今は再び訪れた父との2人暮らしを満喫しているのが伝わってくるのです。

家族の歩みを進めた先に待っているかもしれない、暮らしのサイズダウン。

イラストレーターの本田葉子(ほんだようこ)さんは、まさに「減らすこと」で今の自分の心地よさと向き合い続けています。

現在68歳の本田さんのモットーは、一生懸命働いて、たくさん遊ぶ。

「ヨガに畑にやりたいことがいろいろあるんです」と話す本田さんがこれまで経てきた、2度の暮らし替えについてお話を聞いていきます。

▲本田さんが綴っているファッションエッセイのイラスト

 

子育てしながら、イラストレーターを目指した20代

1955年、長野県に生まれた本田さんは、美術大学への進学のため18歳で上京。卒業後は地元に戻り、印刷会社に勤めながら観光関連のデザインをしていたのだそう。そして25歳での結婚を機に、再び東京で暮らし始めました。

本田さん:
「フリーのイラストレーターとして働くために、作品集を持って出版社をいくつも周りました。でもなかなか仕事に繋がらなくてね。

断られては落ち込んで帰る日々だったけれど、ある時、女性誌で見かけたル・クルーゼの鍋が当たる懸賞に応募したんです。

『私だったらこんなふうに使いたいです』とイラスト付きで送ったら、鍋は当たらなかったけど仕事が舞い込んできて。それから女性ファッション誌や子育て雑誌でのイラストエッセイなど、だんだんと幅が広がっていきました」

一男一女を育てながら、イラストレーターとして歩み始めた本田さん。懸賞応募ハガキという小さなきっかけも見逃さないバイタリティ溢れる姿から「こうなりたい」を形にする力を感じます。

 

海の近くに住もう。62歳、一度目のサイズダウン

本田さんの暮らしのサイズダウンはこれまでに2度。最初は2017年、62歳のときに病気療養をしていた夫を見送ったのがきっかけでした。

本田さん:
「当時、娘はすでに独立していたので、26歳の息子と93歳の義母、それから11歳の愛犬と、これからどう暮らしていこうと考えなくちゃいけなくて。

今まで通りの家賃を払い続けるのは難しいし、広さもそれほど必要ない。東京に縛られることもなくなったので、地域を限定せずに住まいを探すことになりました」

本田さん:
「そうなったとき頭に浮かんだのが、『海の近くに住んでみたい』っていう長年の憧れ。地元が長野だから海がないんです。それもあって若い頃から海の近くでの暮らしに憧れていました。

家賃も広さも半分に、そして高齢の義母と愛犬を安心して見送れる場所であることも考えて探していたら、小田原が候補に上がって。もともと小田急線沿いに住んでいたから馴染みがあったんです。

そしたら義母の母親の出身地だということも後から知って、それまで住んでいた東京の5LDKの一軒家から、小田原の平屋に引っ越すことになりました」

 

広さも家賃も半分に。45年ぶりの一人暮らし

2度目のサイズダウンは、小田原に住んで5年目の2023年3月。97歳の義母と愛犬を見送り、息子も独立したタイミングでした。

本田さん:
「義母も愛犬も老衰でした。『自宅で亡くなるなんてすごいことですよ』とお医者さんに言われて、ホッとしたのを覚えています。喪失感というより安堵の方が強かったかな。

これからは本当に一人の暮らし。古民家もよかったけれど、そんなに部屋数はいらないし、もう一度、家賃を半分にすることを目標に住まいを探しました。実はもっと海の近くに暮らすのもいいなと思って、沖縄も候補にいれていたんですよ」

本田さん:
「娘たちもはじめは賛成していたんだけど『飛行機移動なうえ、年に一度くらいしか会えない距離はちょっと心配』と言われたり、四季が曖昧になるから長年続けているファッションエッセイも書きづらくなるかもと思ったりして、現実的な範囲で考えることに。

でも探すと、家賃半分を叶える物件はなかなか見つかりませんでした。今住んでいる公営住宅は居住条件がいくつかあったんだけれど、たまたま全部クリアしていたの。

間取りは3DKです。こぢんまりしているけれど、歩いて海にも行けるし近くにスーパーもあるし、これはご縁だなと思って、ちょうど一年前にここに越してきました」

 

家電や洋服は半分に。手放したものたち

▲食器収納に使っている棚は、もともと夫が愛用していたもの。大きな食器棚2台分あった器をこの棚に入る量まで減らしたそう

本田さん:
「暮らし替えをするときは『これからの生活に必要なものだけを持つ』というスローガンを掲げて、ひたすら手放す作業と向き合いました。

渦中にいたときは大変な部分もあったけれど、物を減らすこと自体はスッキリするし気持ちよかったですよ。

それに、夫・義母・実家の整理をしてきたからこそ、これほど大変な思いをこの先残された家族が担うことがないように、という思いもありました」

本田さん:
「連日間取りと睨めっこして、どこにどの家具を置くか決めて、溢れたものは誰かに譲ったりリサイクルショップへ持って行ったり。

箱の大きさが決まっているから、この部屋に入る分だけしか持てないと考えると、潔い判断ができたかな。

5人家族での暮らしが長かったから、器も5〜6枚セットのものが多かったんです。食器棚も私の身長より大きなものが2台あったけれど、どちらも処分して、代わりに夫が使っていた小さな棚を食器収納に使っています。スペースに限りがあるから今はほとんど一枚ずつしか持っていません」

▲ビンに入ったボタンたちは、これまで手放した洋服の名残り。場所を取らずに思い出をしまっておける

本田さん:
「ファッションも好きなので、洋服もたっぷりありましたね。特にコートが好きでいくつも持っていたけれど、今手元にあるのは、花柄・スエード・ヒョウ柄の3枚だけ。それでも自分にとって飽きのこないデザインだから、変わらずにおしゃれを楽しめています。

他にも、テレビや炊飯器、ポットも手放しました。ニュースはスマホやパソコンで見られるし、ご飯は鍋で炊いて、温かい飲み物は鉄瓶で沸かして保温の水筒に移せば大丈夫。電子レンジも押し入れにしまったまま使っていないから、処分してもよさそうですね。

なくしてみたら案外どうにかなるものが多いんだなという発見がありつつ、減らすことに厳しくしすぎないでいたいなとも思っています」

本田さんの部屋に一歩踏み入れた瞬間から感じた心地よさ。その理由は、コンパクトでありながらも、あちこちから暮らしを楽しむ大らかさが伝わってきたからかもしれません。

人柄を表すようなチャーミングな雑貨もたくさん。

続く後編では、「手放す」と「残す」の取捨選択が上手な本田さんに、2度のサイズダウンを経た今もそばにあるお気に入りや、この暮らしならではの楽しみについてお話をお聞きしていきます。

(つづく)

【写真】松村隆史

 

もくじ

 

本田葉子

1955年、長野県生まれ。イラストレーター。武蔵野美術大学 造形学部を卒業後、地元長野の印刷会社に勤務。25歳で結婚し東京へ移り住み、2児を育てる。2017年、2023年と2度暮らしのサイズダウンを経験。現在は、神奈川県・小田原にて1人暮らしをしている。日々を綴るイラストエッセイはこちら

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