【おしゃれとこころ】前編:年齢を重ねた「美しさ」を隠したくない。カシミアのニットから始まった洋服作り。(渡辺由夏さん)
ライター 小野民
忙しなく過ぎていく日々のなかで、立ち止まって自分の人生を見つめ直したり、未来に向けて前向きな選択をしたりするきっかけは、なかなかないものです。
おしゃれについてのこともそう。人生のフェーズが変化するのにともなって、着たいものの気分や似合う服も変わっていく予感はしていて、どんな装いがしっくりくるのか一度ちゃんと考えてみたいと思うのです。
そんなテーマで話を聞くなら、ぜひ会いに行きたかったのがアパレルブランド「humoresque(ユーモレスク)」のデザイナー渡辺由夏(わたなべ ゆか)さん。
渡辺さんは、アパレルショップの店員や広報の職などを経て、2012年に自身のブランドを立ち上げ。手がける服は、一つひとつが素材の手触りもうっとりさせるものばかりで、装えば背筋がしゃんとするのが不思議です。
実は彼女との出会いは20年前、偶然同じアパートの上下階に住んでいたことに遡ります。その頃日々すれ違うときも、これまで何度か一緒に出かけたときも、いつも素敵な印象が心に残っていました。そんな人は、何を想って自分自身を装い、誰かが着る服を作っているのでしょう。
あらためて、自身が立ち上げたブランドのこと、おしゃれについての心持ちを聞けば、私が素敵と感じるものの源のようなものに触れられるのでは? とインタビューをお願いしました。
大事にされた服には「感情」が宿るんです
真夏の暑い日、冷たい梅シロップをグラスに注いで迎えてくれた渡辺さん。自身がデザイナーを務めるhumoresqueの服のなかでも、よく着ているというブラウスのコーディネートは、とても涼やかな装いです。
渡辺さん:
「昔から襟のついたシャツに憧れはありつつも、実は私には似合わないと感じていて。どういうかたちなら着られるかな?と考え続けてできた服なんです。
襟を小さく首に沿うように調整して、襟の芯を極力柔らかいものを選んだりしたら、どんなシーンでも着れるようになり、humoresqueの代表的なシャツになりました」
まずは、どんなふうに自分のブランドを作るまでに至ったのかを聞いてみました。
渡辺さん:
「子どもの頃から一貫しているのは、自分が欲しいものしか欲しくない、ということ。機能性だけのものや流行ということに興味がないんです。
一度、すごく自分の心に響いた人形を買ってもらったことがありました。でも、その子だけ髪の毛の縦ロールが甘くて(笑)。親には『替えてもらったら?』と言われましたが、私にとっては既にそのことも愛おしく感じられたので、応じませんでした。その人形とお揃いのニットを母に編んでもらって、着ていたこともあるんですよ。
中学生になっても、デザインを一緒に考えて、母に洋服を作ってもらっていました。生地はこれで、ここにリボンが欲しいとか、ニットの裾は編みっぱなしでくるっとさせたいとか伝えて…….。独自のこだわりが強い子どもでしたので、近所の大人からは変わっていると思われていたみたいです(笑)」
渡辺さん:
「手作りの服のほかに、いとこが着ていた服のお下がりも大事にしていました。『あのお姉ちゃんが着ていたんだ』と思うと特別な一着になる。
大事にされてきた服たちには、その感情が宿っています。今、お店でもよくスタッフに言うんですよ。『その服がどれだけ素敵なのかいつも言ってあげて』って。
植物も、触ってあげると喜びますよね。そういうふうに接していると服が光って、その日に誰かの目に留まって動くこともあるから不思議です」
「今、何を着たらいいか分からない」と相談されて
いつも、やりたいこと、やりたくないことははっきりしつつも、それが直接「仕事」に結びついたわけではなかったと言います。とはいえ、縁があって長く働いていたのはアパレル店。店長や広報の仕事も経験してきました。
渡辺さん:
「一人でお店を任せてもらう経験はとても貴重なものでしたが、もっとこうだったらいいのに、といろいろな疑問が出てくるんです。それを 毎日ノートに書きとめていくうちに、自分のお店をやりたいと思うようになりました。
30代後半になり、ずっと働ける環境を自分で作りたかった、というのもあります。あとは、自分の好きなものを集めてみたい、提案してみたい、というとても小さな夢と自信が芽生えてきたんですね」
「自分が好きなもの」は洋服に限ったことではなく、身の回り、暮らしのなかにあるさまざまなもの。その想いは今も持ち続けています。
渡辺さん:
「その頃働いていたのが洋服屋さんだったから、まずはお洋服作りをしてみようかな、と。もうひとつブランドを立ち上げた理由は、50代60代のお客さんに『今、何を着たらいいか分からないの』とよく相談されていたからでした。
好きな洋服はあるのに、体型の変化があって、それを着てはいけないんじゃないかと悩んでいらっしゃる方が多かったんですね。
自分はまだ30代だったけれど、 50代になってどういものを着たいかすごく想像して……。それで、カシミアがいいと思ったんです」
「お店をやりたい」を叶えるためにデザイナーに
そこから、実際にニットを作っている知人に相談して、初めてのhumoresqueの洋服ができあがりました。
渡辺さん:
「ブランドを立ち上げた当初は、カシミヤだけでデザインを始め、シルエットは体に寄り添ってくれて体型の変化も気にせずに長く着られるものを考えました。
自分のお店をやるんだったら、全部オリジナルの、私が本気で良いと思うものを置きたい。品質も色も形も私が納得いくものを作り、お店という空間で表現する、そんな発想だったのです」
▲humoresqueが始まって以来続く春と秋のカタログは、毎回判型もさまざまな手の込んだ造本
渡辺さん:
「最初はカシミアのニット数種類から始めましたが、初めての経験が多かったので、なかなかうまくいきませんでした。それでも5日間のポップアップのお店をやらせてもらったときには、作ったものが全部売れて嬉しかったですね。
勤めながら始めたので、寝る暇がなかったですし体力的にも大変でした。今も考えることはたくさんあるのですが、大変というより楽しい気持ちで続けられているのはありがたいです」
美しさを隠さずに、親密になっていく服を作りたい
humoresqueの立ち上がりに際して、渡辺さんはこんなふうに人と洋服の関係について書きました。
編み機と人の手により、丁寧に時間をかけて編み立ててゆく工程は
機械と人との意識が共鳴し形を紡ぐリズムとなり、
ひとつの形が生まれてゆきます。
豊かな時間や美しさを感じられるニットを作りたいと思い、
humoresqueを始めました。
人は、年を重ねる毎に美しく、 柔らかくなってゆくのだと思います。
その魅力を、控えめながらも満足のゆく質感で表現し、
着る人と服が親密で在りたいと願っています。
沢山の時間を共有した服は、
いつの日か親友のような存在になるのではないかと、期待を込めて。
humoresqueのWebサイトより引用
渡辺さん:
「接客をしていると、年配の方で年齢を気にされている方がいます。でも、年を重ねたからこそ、謙虚だったり、丁寧だったり、知恵を備えたエレガントさが身についていたりするもので、若さとは違う美しさがあると、私には映ります。
その美しさを引き出せるような、穏やかさとほんの少しときめきを感じるようなデザインをしたい。丁寧に作ったものを丁寧に渡す。丁寧に受け渡したものから、必ず伝わるものがある。
それはお下がりが好きだった小さい頃から実感していることで、私はそういう服を作っていきたいと思います」
自分の意思を語る渡辺さんの言葉は、柔らかいのにとても強く響いてきます。その印象は、humoresqueの洋服から感じるたおやかさにしっかりと通じているのだと感じました。
後編では、おしゃれな装いや、似合うということについて。とっておきのときだけじゃなく、普段の装いにも生きる考え方や着こなしのヒントを教えてくださいました。
【写真】吉田周平
もくじ
渡辺由夏
アパレルブランド〈humoresque〉のデザイナー。着る人と服が親密な関係を結ぶようなやさしくて、美しい服を制作している。ブランド名は、幼い頃から長い間、自身の記憶の中に横たわっているドヴォルザークの楽曲より引用。インスタグラムアカウントは@humoresque_humoresque
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