【週末エッセイ|つまずきデイズ】忘れられない「サヨナラ」はありますか? 去り際の “笑顔” に込める意味。
文筆家 大平一枝
第四話:去り際は笑顔で
サヨナラが苦手で
つい先日、知り合いのライブを堪能し、最後に本人にさっと挨拶をして帰った。同行の編集者に、
「ずいぶん別れ際が素っ気ないですね」
と目を丸くされた。半年ほど前にも別の友人に、
「見送っても振り返ってくれないのは、ちょっと淋しいもんだよ」
と言われた。
そう言われるまで意識したことはなかったのだが、私はどうもサヨナラを言う場面が苦手だ。とくに、見送られるのがいけない。できるだけさりげなく、ふっと風が消えるようにいなくなりたい。「あれ、もう帰っちゃった? しょうがないねあの人は」なんて言われながら。
しかし、これ、自分が思っている以上に相手にとって、味気なく失礼なものだとこの歳になって気づき始めた。
しばしば恋愛のハウツーなどに応用される理論で、心理学者のダニエル・カーネマンが発表した「ピーク・エンドの法則」というものがある。人は経験したことのピーク(絶頂)時と終了時の記憶が鮮明に残り、影響を受けやすい。つまり30分でも6時間でも、一緒にいた時間の長短ではなく、一番面白かったり楽しかった記憶と、別れ際の記憶だけが鮮明に残り、その人の印象となる。だから、昔から言われるように、人は“去り際が肝心”なのである。
7歳の忘れられない光景
父の仕事の関係で小学校を3回転校した。今でも、近所の人に見送られて車で立ち去るときにいだいた感情を鮮明に覚えている。
ここでどんなに泣いてわめいても、この引越は絶対に覆らない。だったらできるだけ自分の気持を逆撫でしないように、振り返らないようにしよう。振り返ったらみんなが手を降っていて、戻りたくなるし泣きたくなるだけだと思った。だから、だんだん小さくなる人のシルエットなんて絶対見ないぞと心に誓った。
もしかしたら、その癖が抜け切れないまま、おとなになってしまったのかもしれない。
たまたま取材で、幼いころ転校が多かったという人がいたので「人に見送られるの、苦手じゃないですか」と質問したことがある。
「そうそう!あんたのバイバイは変だとか、恋人からも冷たいってよく言われましたね」
と、彼女は笑った。さもありなん、と私は心のなかで勝手に納得した。
別れには、明日までの別れ、次に会う時まで、それから永遠のそれもある。サヨナラが苦手で、なんていつまでも子どもじみたことをいってるわけにはいかない。今日と同じ明日がかならず来るとは限らないのだ。
誰に対しても、別れ際は、自分の一番いいとっておきの笑顔で。
それが、1日だろうが30年だろうが、「今までこんなわたしにお付き合いしてくれてありがとう」の代わりになる。目下、そう、自分に言い聞かせている。気づくのが遅すぎなのだけれど。
【今週の1枚】
荻窪で、有田焼の器を2客購入。飲み物のほか茶碗蒸しや和物、麻婆豆腐なんかも合う。ソーサーがあるだけで卓が華やかになるので驚いています。
作家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(16歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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