【週末エッセイ|つまずきデイズ】欠けた月を見上げて、足りない「人生のかけら」に思いを馳せる。
文筆家 大平一枝
第七話:欠けた月と、足りない人生のかけら
はやりのフィットネスにためらいが
人生も後半戦にさしかかった。下の娘も来年は大学受験だ。子育てと仕事の両立にてんやわんやだった日々もいつしか落ち着き、気がつけば子どもの予定で埋まっていた土日がまるまる自由時間になっている。
では、ひたひたと心身が満たされているかというと、どうも違う。自分のことを省みる時間ができると、やってないことや欠けているものがやたらに気になりだす。そして人生の残り時間を数えて、いたずらに慌て出す。つくづく人間ができていないと思う。隣の芝生は青いということをつい忘れてしまうのだ。
知り合いのママ友が痩せたというので、フィールサイクルというアメリカ生まれのフィットネスに興味を持った。音楽に合わせてフィットネスバイクを漕ぐというハードなジムだ。消費量が高く、また音楽のノリも気持ちよく爽快らしい。
ところが、トライアルの計画を立てるも、時間やタイミングが合わず、もう何週間も見送っている。強引に予定を入れようと思えばできなくはないが、ごり押ししきれない理由はもうひとつある。股関節が強くないのだ。
そうこうしながら、最近ようやく悟った。私にはその時間を捻出できない。体の適性もない。つまり、今始めるタイミングではない。
だれかにいいものが、自分にいいとは限らないし、誰かを充実させているパズルのかけらが自分の心にもぴったり当てはまるとは限らないのである。
ストロベリー・ムーンの夜
先日、娘が「もうすぐストロベリー・ムーンだよ」と教えてくれた。夏至と満月が重なることで起きる稀少な天候現象で、夕焼けのように赤みを帯びて見えるのだそうだ。塾帰りに娘と歩きながら、「もうすぐ満月だね」と見上げ、その日をなんとはなしに待った。
はたして6月20日。本当にピンク色の大きな月が見えた。
「おお〜」と二人で溜息を漏らす。
娘は早速スマホで撮影開始。
だが、私は撮る気になれない。目に焼き付けておきたいという気持ちと、今まで指折り数えて見上げていた欠けた月の方の美しさが心に深く刻まれていたからだ。
ピンクのまん丸の月は珍しいけれど、これまで見ていたちょっと欠けた月もなかなかのものだった。
古来からあまたの歌人が月を詠まずにはいられなかった気持ちが今さらながらによくわかる。完璧でないから余韻が残る。まん丸になる日を待ち望む。いまそこにない完璧な形を、頭の中で想像する楽しさ。
欠けているからこその楽しみと味わい方がある。満月の前の晩の月を「待宵の月」というそうだ。翌月の満月を楽しみに待つから「待つ宵」。なんと趣き深く美しい名前だろう。
まだまだ人生修行中。万物に神は宿ると言うが、思慮が浅い私はいまだ万物から教えられることだらけなのである。
【今週の1枚】
娘の誕生日。近所のカフェで買ったパイにフルーツをのせてプチアレンジ。子どもの誕生日は家で、自分の誕生日は料理を休みたいのでお店で祝うのが通例です。
作家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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