【週末エッセイ|つまずきデイズ】あこがれの家具や暮らし。「あれを買うために仕事頑張ろう」と思う自分がいたっていい?
文筆家 大平一枝
第九話:「足るを知る」暮らしと、「もっともっと」の自分
欲に勝てない
半分病のようなもので、家にモノが溢れるとちらちらと引越を考え始める。なにかひとつでも気にかかることがおきると、もっと別の間取り、もっと他に良い場所があるのではと考えてしまう。
かようにおろかな感情から突き動かされる引越は何度も繰りかえされ、散財した末に家族はひどく疲弊した。あたりまえの結果である。
「もう引越は大嫌い」と断言する固い意志をもった高校生と大学生を抱える今となっては、引越はうたかたの夢。いや、正直に言えば私もそろそろそのエネルギーが切れてきた。
それより身じまいのほうが気になる年齢にさしかかっている。いかに所有物を減らし、身軽に暮らしていくかに興味が募る。
とくに、器やいただきもののシーツや、何人泊まり客がいるのかとききたくなるような布団、置き物の壷や花瓶に囲まれて暮らす実家の老親を見ると痛感する。持ち物は徐々に減らしていかねばならない、と。
では、もう私はモノを持ちたくないのか。買いたくないのかと言うと、どうも違う。まだまだあれも欲しい。これも欲しいと足りないものを数えている。足るを知る暮らしのよさを知りながら、欲に抗えない未熟な自分がここにいる。
はっとした女性建築家のつぶやき
生活スタイルや嗜好も確立し、そろそろ買い物の失敗も減ってきた。自分の暮らしに必要な家具。器。洋服や靴。過不足なく揃っている。ところが、最近になってとても欲しいと思う家具ができた。ちゃぶ台用の低い椅子だ。
長時間床に座る暮らしに、腰が悲鳴を上げ始めたからである。夫も同じ症状で、「親たちの年代になったら、俺たちもうちゃぶ台は無理やで」と憂いている。
運動不足、加齢などさまざまな理由が絡み合っているだろうが、長く座っていると、とにかく腰や足の関節が痛む。
しかし、気にいるようなデザインのものは、4脚もおいそれと簡単に買える金額ではない。狭い部屋にまた新たに家具を買い足すこともためらわれる。
そんなある日、女性建築家を取材する機会があった。彼女は朗らかにこう語った。
「持たないとか、シンプルとか。生活がそればかりじゃつまりません。憧れの家具、憧れの生活。あれを買うために仕事頑張ろうと思う自分がいたっていい。買い物は楽しいものだし、たとえば憧れの生活を綴った人のエッセイを読んで夢を描くのって楽しいじゃないですか」
あまりにも堂々とはっきり言われたので、気持ちが良かった。霧が晴れるような思いがした。
そう、買い物はいくつになっても楽しい。
やみくもに「もっとほかにいいところがあるのでは」と、探していたかつての自分の引っ越しのような散財は愚かだが、本当に欲しいものを欲しいと望むのは悪くない。時とともに劣化するのではなく、味わいが増す。そういう良品を探す買い物は、暮らしに彩りを添え、日々の暮らしをゆたかにする。
勝手に、背中をぽんと押してもらった気でいる私は今、いそいそと低い椅子を探している。そうしながら久々に思い出している。こうして商品を比較したり、口コミをチェックしながら探す過程もまた、買い物の楽しみの一つなんだよなあ、と。
【今週の1枚】
東京郊外で見つけた野菜の無人販売。究極の産地直送、大好きな買い物のひとつです。
作家 大平一枝
長野県生まれ。編集プロダクションを経て、1995年ライターとして独立。大量生産・大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに、女性誌、書籍を中心に各紙に執筆。『天然生活』『暮しの手帖別冊 暮らしのヒント集』等。近著に『東京の台所』(平凡社)、『日々の散歩で見つかる山もりのしあわせ』(交通新聞社)『信州おばあちゃんのおいしいお茶うけ』(誠文堂新光社)などがある。
プライベートでは長男(21歳)と長女(17歳)の、ふたりの子を持つ母。
▼大平さんの週末エッセイvol.1
「新米母は各駅停車で、だんだん本物の母になっていく。」
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