【憧れの、大人に会いに】吉祥寺・お茶とお菓子「横尾」元店主 前編:新しい扉のカギは、いつも身近に
ライター 本城さつき
写真 千葉 充
子どもの頃「大きくなったら◯◯になりたい」と思っていたように、大人になった今だって、未来に思いをはせていたい。子育てや仕事で多忙な時期だからこそ、時には心を自由にして「少し先の日々」を思い描くのは楽しいことです。
このシリーズでは、ある程度年齢を重ねた「大人」になってから、新しいスタートを切った方々を訪ねてお話を伺います。
彼女たちが素敵な理由のひとつは、きっと、年齢にこだわらず自分のやりたいことに素直だから。そんな姿に、私たちもまた自分らしい未来を見つけるための、ヒントやワクワク、時にはちょっぴり苦い教訓を見出せるかもしれません。
吉祥寺の「お茶とお菓子 横尾」元店主、横尾光子さんを訪ねました。
▲「お茶とお菓子 横尾」元店主の横尾さん。現在は「クロロ」で活躍中。
今回ご登場いただくのは、今年8月末に閉店した、東京・吉祥寺のカフェ「お茶とお菓子 横尾」元店主、横尾光子(よこお・みつこ)さん。
横尾さんは、3人のお子さんを育て上げ、50代半ばの時にオープンしたカフェが大人気になった後、さらに洋服ブランド「クロロ」を立ち上げました。当サイトのスタッフも大好きだった「横尾」を閉店した今は、「クロロ」で引き続き活躍なさっています。
「横尾」を始める以前のこと、軌道に乗ってからのこと、そして「クロロ」のこと。お話を伺ううち、いたずらっぽい笑顔の奥に見えてきたのは、軽やかな行動力と弾むような好奇心でした。
まったくのノープランから、50代でカフェを始めた。
▲駅から少し離れ、周りは住宅や学校という静かな立地。
吉祥寺駅周辺の喧騒から少し離れた路地裏に、そのお店はありました。今年8月31日に、惜しまれつつ11年の歴史に幕を閉じた「お茶とお菓子 横尾」。
店主の横尾光子さんがお店を始めたきっかけは、散歩の途中でたまたま気になる物件を見つけたこと、というから驚きです。
横尾さん:
「カフェをやろうと決めたのは、物件を借りてからでした。
当時、夫が駅の近くで営む日本酒の店を手伝っていたのですが、私はお酒が飲めない体質のうえ昼夜逆転の生活が辛く、向かないなあと感じていて……。
何か違うことがしたいと思っていたところに空き物件と出会い、思わず借りてしまったのです。
さてどうしよう、何をやろうかと考えた時、思い出したのが、子どもの頃父に連れられて行っていた喫茶店。そうだ、カフェがいいと心が決まりました」
▲アンティークの家具や小物がゆったりと配され、落ち着いた雰囲気の店内。時間を忘れて過ごせる空間でした。
そこから準備を始め、わずか3ヶ月後にはオープンという早業! 2005年、横尾さん56歳の時のことでした。それまで飲食店経営の経験があったわけではないのに、不安は感じなかったのですか?
横尾さん:
「もちろん、不安がなかったわけではありません。でも、あ、違った!と思ったら、すぐに方向転換すればいいや、と。
カフェを始めようと決めた時、周りには『こんな目立たない場所に、お客さんは来ないよ』などと言う人もいましたが、でもやっぱり、この場所に魅力を感じた自分を信じました」
とりあえずやってみよう! は、子育て中から。
▲ママ友3人での子ども服作りは大変だけど楽しかった、と横尾さん。
お店を開こうと思ったら、まず事前にいろいろなこと、例えば、人通りの多さやどんな人が通るかなどを、慎重に調べるのもひとつの方法ですが、必要以上の情報をインプットすると、かえって迷いが生まれるもの。
でも横尾さんは、迷って動けなくなる前に始めてしまいます。それは、子育て中も同じでした。
横尾さん:
「あまり深く考えず、とりあえずやってみようとするのは昔からです。
3人の子どものうち、いちばん下の子が幼稚園に通っていた頃には、ママ友と手染めの子ども服をつくって売っていました。
きっかけは、近所に『手染め』と小さな看板を出しているお家があって、京友禅を習い始めたこと。染めた布で丸襟のブラウスや膝丈のパンツなどをつくって、月に1度、家でお店を開いていたんです。
子育てが忙しい最中でしたが、でもやってみたい、ならやっちゃえ! と。
そして、末っ子が小学校に上がった頃からは、親の介護が始まりました。
その後約15年続いた介護生活の間に指圧とアロマセラピーを習ったのですが、その動機は、義父の足を何気なくマッサージした時に『気持ちいい。上手だね』と喜ばれたことでした。
これは私に向いているみたい、ならもう少しやってみよう! そう思って、教室へ通い始めたんです」
介護が始まった頃、自分の気持ちが明るくなることは何かを考え続けていた、と横尾さんは話します。
こうした「やってみよう!」の裏側には、家と幼稚園を往復するだけの毎日への小さな鬱屈や、介護に明け暮れる日々の閉塞感を感じたくないという、切実な思いもあったのかもしれません。
落ち込みそうなときこそ、自分をご機嫌にすることを考える。
▲ご主人がお店を開く際に送った酒器は吉村和美さん作。これが縁で「横尾」の器はすべて吉村さんのものに。
ママ友との子ども服づくりや、指圧とアロマセラピーの習得。持ち前の好奇心で、身の回りから興味のタネを見つけてくる横尾さんは、自らを「いつも直感的」と表現します。
横尾さん:
「不満を抱えながら何もしないで、グチを言うのが嫌なんです。自分が悲しくなるから。だったら動いてみるほうがいい。
子ども服づくりは、子どもたちの卒園後はママ友どうしの予定を合わせることが難しくなって、自然に終わりました。
指圧とアロマセラピーは、せっかく学校に通ったのだから、投資した分を取り戻そうと(笑)サロンを開くことに。井の頭公園の近くにマンションの一室を借りて、月々の家賃分を稼ぐことを目標に始めました。
人を癒すことが向いていたようで、少しずつお客さんが増え、7年ほど続けるうちに資格習得にかかった勉強代もすっかり取り戻しました。クローズしたのは、夫が早期退職をして、日本酒の店を開いた時です」
自分の気持ちを明るくするためには何ができるかと考え、興味のタネを見つけたら育ててみる。この気負いのなさこそが、横尾さんがやがて「横尾」、そして「クロロ」を始めるに至った原点といえそうです。
自分を縛る人は、自分しかいない
▲並んだ古本も、ひとりでくつろげるようにという工夫。
3人の子育てと親御さんの介護を経て、2005年に「お茶とお菓子 横尾」を始めた横尾さん。オープン当初のお店は何とも寂しかったそう。
横尾さん:
「お店は開けたものの、しばらくはいつも『誰も来ないねえ』と外を見ていました。それが、ある雑誌の取材を受けたことをきっかけに、お客様がいらっしゃるようになって……。そこから、忙しく過ごすようになっていきました」
新しい扉を開く勇気を持つことは、口で言うほど簡単ではありません。でも、横尾さんは「グチで自分を悲しませたくない」からやってみる。不満なまま立ち止まっているよりは、その方がいいに違いないから。
考えすぎず、違ったら方向転換すればいいさと、まずは動いてみることで、きっと違う可能性が見えてくるはず。そして、思い切って踏み出した先には、案外、怖いものなどないのかもしれません。
横尾さんのお話を伺っていると、自分を縛る人は自分しかいないんだなあと、つくづく感じます。
後半では、横尾さんが数年前に切ったもうひとつのスタート、洋服ブランド「クロロ」についてもお伺いします。
(つづく)
もくじ
横尾光子
「お菓子とお茶 横尾」元店主、「クロロ」デザイナー。友人と始めた子ども服ショップ、ボディケアサロンを経て、2005年、東京・吉祥寺にカフェをオープン。2008年には「着たい服を作ろう」と洋服ブランド「クロロ」を立ち上げる。2016年10月に京都、神戸、11月に東京、九州、2017年1月には大阪で展示会の予定。http://www.sidetail.com/chloro-index.html
ライター 本城さつき
出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。雑誌と書籍でライフスタイル系の記事を手がける。得意なテーマは雑貨、手仕事、旅、食(特にパン、焼き菓子、アイスクリーム)。最近は園芸も修行中。いろいろな人に会って話を聞くのが好き。
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