【憧れの、大人に会いに】吉祥寺・お茶とお菓子「横尾」元店主 後編:おおらかに、素直に、自分の「楽しい」と向かい合う
ライター 本城さつき
写真 千葉 充
自分のやりたいことに素直でいる人は、いつも輝いています。そんな気持ちに従って、ある程度年齢を重ねた「大人」になってから、新しいことを始めた方々にお話を伺うこのシリーズ。
今回は、東京・吉祥寺の「お茶とお菓子 横尾」元店主であり、洋服ブランド「クロロ」を主宰する横尾光子(よこお・みつこ)さんにご登場いただいています。
「もう◯歳だから」と年齢を言い訳にすることなく、やりたいことを実現させてきた横尾さん。後編ではカフェのこと、そして、続いて立ち上げた洋服ブランド「クロロ」のこともお聞きします。
作りたかったのは、女性がひとりでのんびり過ごせるカフェ
▲お客様どうしの目線が合わないようカウンターが多め。ひとりでも周りを気にせず楽しめる。
2005年、横尾さんが56歳の時に東京・吉祥寺の路地裏にオープンした「お茶とお菓子 横尾」。
店内は「女性が一人でくつろげて、自分も行きたくなるような場所にしたい」という横尾さんの思いを反映した、温かみのある雰囲気。でも甘すぎず、古い家具や雑貨が印象的な、格好のいい空間でした。
この内装を手がけたのは「アンティークスタミゼ」の吉田昌太郎さん。お店の家具を探していることを話すと、内装全般を担当したいと提案されたのだそう。
横尾さん:
「もともと『タミゼ』が好きで個人的にも足を運んでいたので、安心してほぼお任せしました。
ただし、かわいくなりすぎないことと、ひとりでもくつろげるよう、席を他のお客様と目線が合わない配置にすることだけはお願いしました。
お菓子はすべて手づくりです。素材にこだわってつくったものを、お客様が『おいしい』と言ってくださると、嬉しくて。
定番のチコリコーヒーは、オープン当時まだ日本では珍しかったので、パリに出かける知人に頼んで買ってきてもらっていました。これは、結局最後までそのままでしたね(笑)」
▲人気メニューだった、お茶とお菓子セット。抹茶ソースをかけた「とろとろ牛乳ゼリー」と、定番の「チコリのアイスカフェオレ」。
古いものが配された店内の居心地のよさと、おいしいお茶とお菓子。しだいに評判を呼び、オープン当初こそのんびりムードだったお店は、ほどなく「吉祥寺といえば」の名物カフェになっていきました。
横尾さん:
「雑誌に載るとお客様が増え、しばらくすると落ち着いて、の繰り返し。せっかくいらしていただいても、混雑して落ち着かない時は申し訳ない思いをしました」
こうして忙しい日々を過ごす中、横尾さんは、あることに気づきます。
50代後半で立ち上げた、洋服ブランド「クロロ」
▲ほんの少しとがったデザインと着やすさが両立した「クロロ」の服。素材やデザインに工夫が施されています。
横尾さん:
「おしゃれが大好きで、子育て中も、介護中も、ずっと自分らしいファッションを楽しんできました。
ところが、年齢とともに体型が変わって、ふと気づいたら、好きだったブランドの服がだんだん着づらくなってきたのです。
そこで、ないならつくろう!と思いました」
カフェがようやく軌道に乗ったと思いきや、横尾さんは再び動き始めます。2008年、59歳の時に洋服ブランドの「クロロ」をスタート。とはいえ、服づくりはまったくの素人。子ども服のように手縫いというわけにもいきません。
横尾さん:
「始めてはみたものの、とにかく基本的なことを何も知らない。布はどこで買うか、縫製はどこに頼むかなど、まったくわからないのです。
どうしたものかと困っていたところ、パタンナーの友人が助けてくれることになって……。彼女のおかげで、しだいにうまく回り始めました」
新しいことを始める時に、知らないことがあるのは当たり前。困ったら、その道を知る人に助けを求めることも必要です。
大人なのに恥ずかしい、などと変なプライドを持たず、素直に教われるのは大切なことだと、横尾さんのお話を伺っていると改めて感じます。
自分の小さな悩みが、誰かの役に立つ喜び
▲少ない型数で納得のいくものだけをつくりたい、と横尾さん。
横尾さん:
「1シーズンに4、5型をつくることから始めて、今は少し増えましたが、それでも手を広げすぎない範囲と決めています。展示会は、年に2回。
最近は、お腹周りとか腕とか、着てくださる方の意見を聞きながらつくれるようになってきました。
嬉しいのは、自分と似た悩みを持つ方に喜んでもらえること。体を隠すような服で展示会にいらした方が、帰りは素敵になって、顔つきまで明るく帰っていかれるのを見ると、やってよかったなあと思います」
かわいいけれど甘すぎず、シャープな雰囲気も併せ持つクロロの服。
洋服とカフェ、ジャンルはまったく違いますが、独特の伸びやかさ、軽やかさにはどこか共通したものがあります。これこそが横尾さんの「らしさ」であり、大人の女性に支持される理由なのでしょう。
自分が楽しければ、きっと何とかなる
▲カフェをやって嬉しかったのは、素材にこだわって作ったものを「おいしい」と喜んでもらえたこと、と横尾さん。
50代半ばを過ぎてから、カフェと洋服ブランドを生み出してきた横尾さん。始める前から考えすぎず、違ったら方向転換すればよしと気楽に構え、知らないことは周りの人に聞く……。
お話を伺ってみると、いつも変わらず横尾さんの根っこにあったのは、違ったら方向転換すればいいと考えるおおらかさ。そして、興味を引かれるものに敏感で、好きなものは決して手放さない素直な気持ち。
2つの仕事を成功させたスーパーな女性、というイメージは、いい意味で裏切られた気がします。
どんな時でも、身近な場所から興味のタネを見つけて自分を楽しませていれば、それはやがて、他の人をも楽しませることができるかもしれない。楽しむことって大切、と、かるく背中を押されたような、シンプルで力強い気持ちになりました。
最後に、気になっていた質問を横尾さんにぶつけてみました。どうして、カフェを閉めることにしたのですか?
横尾さん:
「11年もやってきたから、この辺で1度リセットしたいなと思ったんです。
今年に入ってから何となく考え続けてきたのですが、ある時ふと『あ、そうだ、やめればいいんだ』と、ストンと腑に落ちて。年内は休んで、ひたすら寝たいなあ(笑)」
これもまた、気負いのないお答え。
お休みしたいと言いながら、この秋冬はすでに「クロロ」の展示会の予定がいっぱいで、関西や九州にも足を延ばすという横尾さん。そんな、パワーと茶目っ気あふれる横尾さんのこと、またいつの日かどこかの路地裏で、人知れずお店を開いているかもしれません。
そんな日を、楽しみに待ちたいと思います。
(おわり)
もくじ
横尾光子
「お菓子とお茶 横尾」元店主、「クロロ」デザイナー。友人と始めた子ども服ショップ、ボディケアサロンを経て、2005年、東京・吉祥寺にカフェをオープン。2008年には「着たい服を作ろう」と洋服ブランド「クロロ」を立ち上げる。2016年10月に京都、神戸、11月に東京、九州、2017年1月には大阪で展示会の予定。http://www.sidetail.com/chloro-index.html
ライター 本城さつき
出版社勤務を経て、フリーのライター・編集者に。雑誌と書籍でライフスタイル系の記事を手がける。得意なテーマは雑貨、手仕事、旅、食(特にパン、焼き菓子、アイスクリーム)。最近は園芸も修行中。いろいろな人に会って話を聞くのが好き。
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