【40歳の、前とあと】アン・サリーさん 前編:失うことを嘆くより、今あるものを見つめたら、40歳はまだまだ若い!
ライター 一田憲子
歌手のアン・サリーさんに聞く、40歳の前とあと
透明感があるのに力強く、一度聞いたら、忘れられない。それがアン・サリーさんの歌声です。
アンさんには、歌手とは別のもうひとつの顔があることをご存知でしょうか?
実は平日は病院で働く内科医師。毎週末には各地でライブなど音楽活動を行っています。
家庭では、9歳と11歳の娘さんのお母さん。
医師、歌手、そして母、妻。何ひとつ諦めず、自分らしく生きてこられたアンさんの40歳の前とあとのお話を伺いました。
医師の仕事を通じて、40歳の「その先」が見えるように
今年44歳になるアンさん。40歳というのは、どんな歳でしたか?と尋ねたらこんなふうに答えてくれました。
アンさん:
「普段病院で患者さんの相手をしていると、お年寄りが多いんですよね。
病気になるのもお年を召された方が多いので、そういう方々からしたら、まだまだ私は若い!笑
老いと若きの両方の気持ちがなんとなくわかる、いい年頃になってきたのかなあと思いましたね。
子育てや、仕事や、今までいろんなことをやってきて、経験を積んだ分、前よりは人の気持ちもわかるようになってきたかな。
関西でライブをすると、会場から関西弁で自由に声が飛んできたりするのですが、こちらも負けじと臨機応変にその声に返せるのも、年月を重ねたお陰かなと」
どうやら、アンさんの感じる「40歳」は、私たちの感覚と少し違うよう。そこには「命」にかかわる現場で働く医師ならではの経験がありました。
▲今でも日々進歩する医学を勉強し続けている
アンさん:
「病院にいらっしゃるお年寄りは、若い頃は満たされていたものが、だんだん失われていくことを嘆いている方がすごく多くて……。
診察のときに、病状以外の不安だったり、世間話だったりを聞いて、おしゃべりすると『ああ、楽になりました』と帰っていかれます。
きっと、お話をしたいんだろうなあって感じますね。たぶん、日々のそんなやりとりを通して、40歳代の自分の持てるもの、持たざるものを自覚させられているんだと思うんです。
若い人みたいにみずみずしくなかったり、老いが見えてきたり、道を歩いてみても、男性に振り向いてもらえなかったり。笑
でも、実は40歳はまだまだ “持ってる” 。
ご飯を食べておいしいとか、自分の足であるけるとか、そういう幸せを忘れちゃいけないなって思うんです」
私たちは、なかなか自分より10年先、20年先の姿までを想像することができません。
でも、アンさんは日々年配の方に接することで「今」を点ではなく、線で見ることができているよう。
自分中心に回っていた世界から、自分を離れることの大切さを知って
▲医学部で学んでいた20代のころ(左から2番目)
そう話してくださったアンさんも「40歳より前」は、すこし違った視点で、自身のまわりの世界を見ていたといいます。
アンさん:
「結婚前の20代は、持てる時間は全部自分のために使えますよね。
自分の成長のためになることを少しでも見聞きし、体験したい。そんな一心でがむしゃらになっている感じでした。
でも、子供ができると、今度は時間の多くを子供や家族のために使うようになる。それが少しも辛くない。むしろ誰かのために生きるという幸せに気づきました。
愛情は与えることに本当の幸せがあるのだと……。
そうしたら、今度は歌うときも、以前は自分の心の穴や、寂しさをなぐさめるためのものだったのが、今は、どれだけ自分という存在を忘れて歌に没頭して、できることなら歌そのもののようにならたら、本当にいい歌が歌えるのかなあって感じるんです。
医師としても、いかに自分を忘れて、その人が必要としているものを、自分の中から出せることの方が大事。だんだんそういうことがわかってきました」
▲第一子を出産したばかり頃
40歳という年齢の受け止め方は、職業によって違うのだなあとアンさんのお話を聞いて、初めて気づきました。
私が40歳のときには、「今」しか見えませんでした。
でも、アンさんは年配の患者さんと接しているからこそ、40歳のその先には、60歳、80歳とまだまだ続く人生があると知った……。
そんなアンさんのお話は、目の前を見つめているだけでなくちょっと視線を上げて、周りを見渡すことの大事さを教えてくれたよう。
次回は、そんなアンさんの「40歳のまえ」のお話を、さらに詳しく伺います。
(つづく)
【写真】有賀傑
もくじ
歌手 アン・サリー
幼少時からピアノを習い音楽に親しむ。大学時代よりバンドで本格的に歌い始め、卒業後も医師として働きながらライヴを重ねる。 2001年「Voyage」 でアルバムデビュー。2002年から3年間ニューオリンズに医学研究のため暮らしながら、音楽活動を並行して続ける。帰国後は医師としての勤務の傍ら日本全国でライヴ活動を行い、2児の母となった2007年には「こころうた」を発表。時代やジャンルの枠を超えた、柔らかくも情感あふれる歌唱と、そのナチュラルなライフスタイルは幅広く支持されている。
ライター 一田憲子
編集者、ライター フリーライターとして女性誌や単行本の執筆などで活躍。「暮らしのおへそ」「大人になったら着たい服」(共に主婦と生活社)では企画から編集、執筆までを手がける。全国を飛び回り、著名人から一般人まで、多くの取材を行っている。ブログ「おへそのすきま」http://kurashi-to-oshare.jp/oheso/
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