【雨に恋して】第1話:日本人の中に生きつづける、美しき雨の世界。

編集スタッフ 齋藤

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「あぁ、今日も雨か」

梅雨時など毎日のように降りつづける様子につい気持ちがふさぎこんで、そう思ってしまったことは数しれません。

けれどわたしが高校生の時、そんなどんよりした思いをさっと塗り替えられるできごとがありました。

 

視点を変えたら見えてきた、雨の美しさ。

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それは京都に降る雨の情景ばかりを集めた、とある写真集を手に取ったことがきっかけ。しっとりと色を濃くし艶やかに光る街並みはとても美しく、写真の横に添えられた雨をうたった俳句や短歌が、さらに情緒深くわたしの胸に響きました。

「雨」とはなんてきれいなんだろう。

写真集を閉じるころには、そんなふうに感じ方が変わっていたのです。

靴も濡れるし洗濯物も乾かない、暮らしの中で雨はちょっとこまった存在。でも詩や文芸の世界では、どしゃぶりも霧雨もどこかに美しさを秘めているように思うのです。

そこで今回の特集では、雨の多い日本だからこそ培われた、雨にまつわる文化の数々をご紹介します。

 

「雨の名前」の著者、詩人の高橋順子さんを訪ねました。

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特集にご登場いただくのは、詩人の高橋順子(たかはしじゅんこ)さん。大学生の頃より詩を書きはじめたという高橋さんは、40代から俳句も読んだり作ったりするようになったそうです。

_MG_0637本番A550×550▲高橋さんの著作の数々

そして2001年に出版されたのが「雨の名前」(小学館)という本。この中には歳時記に載っているものの他、漢和辞典や方言事典などからも収集された約400以上もの雨にまつわる言葉が紹介されています。

第1話では、詩人の高橋さんが、日ごろ「雨」をどう捉えているかを聞いてみました。

 

OLの時には気づかなかった、雨の音。

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高橋さん:
「まだ出版社に勤めていたころ、団地の9階に住んでいました。高い階の窓からは、雨はほとんど見えないんですよね。そして音も全然聞こえなかった。

でも結婚を期に木造の家に引っ越して、雨音がよく聞こえるようになりました。

越してきたばかりの頃、屋根は全部瓦だと思っていたんです。でも、ある日トタンで作られている部分もあることに気がつきました。雨が瓦を打つ音と、トタンを打つ音、それぞれ全然違う音色をしています。聞いていて楽しい気分になりましたね」

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高橋さん:
「阿波野青畝(あわのせいほ)という俳人の句には、雨音を聞いている様子を読んだものがあります。

雨もりも しづごころなる 夜長かな

これは一筋縄ではいかない句で、ふつう雨漏りがしていたら大工さんを呼んで直そうとかタライを置こうとか思いますよね。でも『しづごころなる』だから心は静かなまま。

雨は降るなら降っておけばいいよという感覚が伝わってきて、堂々たるものです。こんなふうな心情で、雨音を聞く人もいるんですね」

 

雨が降ると、気持ちまでリセットされるように感じます。

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高橋さん:
「わたしが雨を好きだと思うのは、窓から眺めている時。心が洗われる気がするんです。

よく日本語でなかったことにすることを『水に流す』と表現しますよね。わたしは雨にも、こうした心情にさせてくれる効果があると思います。

きれいさっぱり雨で洗い流されて、また新しく何かを始められそう」

 

傘をさすのは日本だけ?いやな湿気も捉え直してみれば……。

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高橋さん:
「わたしが旅行でカッパドキアに行った時、突然雨が降ったんです。ツアーだから日本人が何人もいて、みんな折り畳み傘をさっと取り出していました。でも現地の人は傘を持っていなかった。かなりの雨でもそのまま濡れて歩いていましたね。

前に海外の方は雨が降ったら外出をやめるか、雨宿りをすると聞いたことがあります」

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高橋さん:
「こまめに傘をさすのは、湿気が多く一度濡れるとなかなか乾かない気候だからこその習慣かもしれません。

湿気というと息苦しい感じ。でも『辺りに水分がたちこめている』といったら、細胞にみずみずしさを与えられそうな気がして悪くないなと思います」

 

こんなにも真摯に、雨を見つめた人々はいるでしょうか。

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見方をちょっと変えるだけで、雨の日の気持ちもやわらかなものになりそうです。そしてさらに雨の美しさに気付くきっかけをくれたのが、魅力あふれる名前たちでした。

例えばよく聞く「時雨(しぐれ)」だけでも、「朝時雨」「磯時雨」「北時雨」「小夜時雨」とさまざま。高橋さんの著書である「雨の名前」の中には、歳時記や方言事典などから集めた名前が422種類も収められています。

雨の様子を真摯に見つめ、そして見分けて名前をつける。その作業からは深い愛情のようなものを感じずにはいられません。

 

つづく第2話では、数あるなかから厳選したステキな雨の名前をご紹介します。ぜひお楽しみに。

(つづく)

【写真】岩田貴樹(2〜4、6、7〜9枚目)、クラシコム(1、5、7枚目)


 

もくじ

 

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高橋順子

詩人。出版社勤務を経て、法政大学日本文学科非常勤講師も務める。詩集『幸福な葉っぱ』(現代詩花椿賞受賞・書肆山田)『時の雨』(読売文学賞受賞・青土社)『貧乏な椅子』(丸山豊記念現代詩賞・花神社)『川から来た人』(ふらんす堂)、エッセイ集『博奕好き』(新潮社)『けったいな連れ合い』(PHP研究所)、評論『連句のたのしみ』(新潮社)など。夫は小説家・故車谷長吉。

▽高橋さんの書籍はこちらから

 【出典】
・『雨の名前』著者:高橋順子

・『俳句研究』二〇〇一年八月号


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