【私たちの常連店】前編:何もしない、それで充分。わたしの価値観を変えた鎌倉のホテル。

編集スタッフ 齋藤

ホテルという場所は、まるで駅のように、いつでも通過点です。

けれど駅とは違いただ待つだけでなく、わたしたちの生活の基礎をなす食事やねむりを行うところでもあります。

通過点でありながら、生活をする場所。そんな相反するような要素を持ったホテルというものに、みなさんなら何を求めますか。

わたしの場合は、例えば優雅な客室のしつらえであったり、行き届いたサービスであったり。また刺激を味わいたい旅ならば、多くを求めずただひと晩ねむれさえすればいいという場合も。

ときに豪華さに酔いしれ、そしてときに極限までストイックになってまで求めるもの。その根底にあるのは、「日常を忘れたい」という内なる願いなのかもしれません。

どうか、この数日だけはいつもの自分から遠く離れて別の生活を味わいたい。

けれどわたしが忘れたいと願っている日常こそが、大切にしたいものだというホテルがありました。

鎌倉にあるそのホテルの名は「aiaoi(アイアオイ)」。

当店のスタッフがつい通ってしまうお店を紹介する「私たちの常連店」シリーズ第5弾は、このホテルをご紹介します。

 

「何もしない、それで充分」、そう思えたあの日

aiaoiは2016年に、大仏があることで有名な鎌倉にある江ノ電の長谷駅から少し歩いたところにオープンしました。

わたしがはじめてこのホテルに泊まったのも、去年のこと。

aiaoiに泊まる前まで、わたしは旅に刺激を求めていました。せっかく1泊するのだから、鎌倉にしかないものをあれもこれも全部見たい。調べたら候補は尽きなくて、スケジュール帳はいつしか予定でぎっしりに。

けれどいざaiaoiでひと晩やすみ目を覚ましてみたら、日差しが降り注ぐベッドの上で「このままこうしていたい」と思うようになっていたのです。

▲宿泊した日は、ホテルからすぐの海岸沿いをただ散歩して過ごしました。

あまりの極端な心境の変化に、わたし自身も最初はうろたえたように思います。

けれど結局この日、予定はすべてなしに。「いまこの瞬間、それだけで充分」。そう感じられたからこその出来事でした。

ホテルでひと晩過ごしただけなのに、どうしてこのような気持ちになれたのでしょうか。

まずはオーナーのおふたりがホテルをはじめたきっかけから、少しずつ紐解いて行こうと思います。

 

ここでの暮らしの心地良さを、宿で表現したかった。

▲オーナーのおふたり。左から裕子(ゆうこ)さんと、剛(ごう)さん

このホテルを営んでいるのは、5年前に結婚を機に鎌倉に越してきたという小室(こむろ)夫婦。

おふたりは鎌倉で暮らしはじめて、大切に思うことや時間の使い方が変わったといいます。そしてここでの日常こそ、宿を通して伝えていきたいことだと気づいたそう。

夫である剛(ごう)さんは、鎌倉のことを「10分で行けるのに、1時間かかる場所」と表現します。

例えば近所の魚屋までは、歩いてたったの5分。でも、魚屋のご主人はとてもおしゃべり好き。だから魚を買いに行くだけで、話し込んで30分はかかってしまう。

そしてさらに気持ちの良い天気に誘われて海へ散歩に出てみれば、気づくとあっという間に1時間です。

ともすると無駄だと思われてしまう時間。けれどここには、そう思わせない空気があるそう。

そして、すれ違ったら見知らぬ人にでも挨拶をする住民の姿も小室さん夫婦にささやかな喜びをくれました。

オーナーのおふたりは、それを遠くなく近くもない人との丁度良い距離感だと感じ、心地良く思っているそう。

そしてこの丁度良い距離感を作り出しているのは、ここで流れる「空気」だと考えているとのこと。その空気をいかに宿を通して伝えるかを軸に、aiaoiを営んでいるそうです。

 

遠くなく近くもない、丁度良い距離をつくるもの

aiaoiの中は、とても静かです。けれどその静けさの中に、身をぎゅっと縮ませるような孤独や寂しさを、わたしは感じませんでした。ひとりでも安心して過ごせるこの空気にも、人との丁度良い距離が感じられる気がしたのです。

裕子さん:
「このホテルをはじめる前、わたしたちは古い道具や家が好きなため、古民家を借りてホテルを開こうと思っていました。

けれどふと、あることに気づいたんです。古民家の良さ、それは例えば姿が見えなくとも料理をする音がして、話し声が聞こえて、誰かのいる気配がちゃんとすること。

けれどホテルの場合、見知らぬ人と過ごすためそれだと落ち着かない。必要なのは、まずはプライバシーがしっかりと守られていることだと思い直しました。

だからホテルを開く場所は、木造の古民家ではなく、コンクリート造のビルになったんです」

▲廊下にある本はおふたりが読んだもの。まるで家のような雰囲気です。

さらに、プラバシーを守りつつ古民家が持つような人の気配も感じてもらいたい。そのために、aiaoiには小さな工夫がたくさん凝らされています。

裕子さん:
「例えば、客室にはわたしの手書きの手紙を置くようにしています。そして季節の花を飾るように。

コットンや綿棒といったものも、わたしたちが手で折った紙の袋に入れているんです。そうしたささやかなところから、人の気配が伝わればいいなと思っています」

 

どこかでわかり合える人と、過ごす時間。看板をださない理由。

さらに心地の良い空間をつくるために、aiaoiでは看板を出さないというスタイルをとっています。

宿泊ができるのは、HPから予約をした方のみ。駆け込みでの宿泊は受け入れていません。場所はHPで案内をしているため、看板はいらないと判断したそう。

裕子さん:
「うちのHPを見つけて来てくれる人は、わたしたちが伝えたいことを楽しんでくださる方だと思うんです」

▲朝ごはんをいただきながら、小さな窓からひっそり海を見れたのがうれしかったです。

裕子さんの話を聞いて、そういえばと思い当たったのが、朝ごはんを食べたときに感じた空気でした。aiaoiでは、裕子さんが作ってくれた朝ごはんがふるまわれます。時間は8時と9時から選べ、同じ時間帯にした方と、ラウンジの大きなテーブルを囲んで食べるのです。

aiaoiを訪れたとき、毎回わたしはひとりでの旅行でした。そのため友人や恋人同士でいる方々とひとつのテーブルを共有するとなると、心細くもなりそうなもの。けれど緊張したとか不安だったという記憶が、少しもありません。

朝食はまず漢方茶からはじまり、土鍋で炊かれたご飯や地物の魚の煮付け、そして自家製のぬか漬けが並びます。みんなそれらを静かに食べ、どこかほっと落ち着いている。

静かであることに不安を覚え、話し出すような人もいない。時間がないとあわてて席を立つような人もいない。とても穏やかで、粛々とした雰囲気でした。

初対面の宿泊客同士だけれど、どこかで通じ合えている。何を尊重したら自分たちが心地良く過ごせるか、言葉にしなくともわかっている。

お互いの存在をさりげなく尊重できるその空気は、見知らぬ人にでも自然と挨拶ができてしまう鎌倉の雰囲気にも、通じているのかもしれません。

 

どうしてあの日、あんなにも満たされたのだろう。

鎌倉を訪れたあの日、確かにわたしはあれもこれも見たいと思っていました。

けれどaiaoiに泊まってみたら、予定や時間を埋めることに、それほど魅力を感じなくなってしまったのです。それは移動中も常にスマホや手帳を眺めて過ごしていたわたしにとって、とても大きな変化でした。

ひと晩の間にわたしが経験し、そして自分でも驚くほど気持ちを変えてしまったものとは。

後編では、わたしが実際に宿泊してみて感じたことから、その秘密をさらに探ります。

(つづく)

【写真】原田教正

hotel aiaoi
アクセス:江ノ島電鉄 長谷駅から徒歩3分。
予約方法:下記HPより。
http://aiaoi.net/


▽過去にご紹介した「私たちの常連店」はこちらから

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