【憧れの、大人に会いに】前編:40歳を過ぎた今、もう一度 “1年生” に。一泊のひとり時間で見つけたこと
ライター 藤沢あかり
子どもの頃「大きくなったら◯◯になりたい」と思っていたように、大人になった今だって、未来に思いをはせていたい。子育てや仕事で多忙な時期だからこそ、時には心を自由にして「少し先の日々」を思い描くのは楽しいことです。
このシリーズでは、ある程度年齢を重ねた「大人」になってから、新しいスタートを切った方々を訪ねてお話を伺います。
彼女たちが素敵な理由のひとつは、きっと、年齢にこだわらず自分のやりたいことに素直だから。そんな姿に私たちもまた、自分らしい未来を見つけるための、ヒントやわくわく、時にはちょっぴり苦い教訓を見出せるかもしれません。
41歳で一年生に。堺あゆみさんを訪ねました。
「フリーカ」という食材を聞いたことはありますか?
キヌアにチアシード、アマニ油……。ヘルシーな食を意識している人なら、おなじみのものかもしれません。どれも高い栄養価が期待できる「スーパーフード」と呼ばれる食材です。
「フリーカ」は、そんなスーパーフードのひとつ。アラブ諸国で古くから食べられている古代穀物で、まだ若く青いうちに収穫した小麦をローストしたものです。パレスチナではスープに入れたりリゾットのように炊いて食べるだけでなく、離乳食にも使われるなど、誰もが親しみのある「おふくろの味」のような存在です。
この「フリーカ」を、有機栽培とフェアトレードにこだわり、日本に広めている女性がいます。「edit JAPAN」の堺あゆみさんです。
堺さんがこの仕事を始めたのは41歳のとき。
もともと、フリーのエディターとして雑誌を作っていた堺さんにとって、食品関係の仕事や輸入業は、まったくの素人からのスタートでした。
体調を崩して気づいた、「私の人生、これで終わっていいの?」
堺さん:
「2人目の子どもを出産したのは、39歳の終わりごろでした。
1人目の出産とは体への負担も違い、そこからガクンと体調を崩してしまったんです。疲れやすいのはもちろん、原因不明の高熱が一週間続いたり、帯状疱疹に胃腸炎……。婦人科系の手術もしましたし、いろんな病気を経験しました。
病気って、人を暗くしてしまいますよね。
あぁ、当たり前のようにずっと元気なわけじゃないんだと、その時思いました。
私の母は47歳のときに他界しています。だから自分が40歳を迎えて、『親が死んだ年齢に近くなっているんだ』『私だって、もう少しかもしれないな』って考えたんですね。
本当に、人ってあっけなく死んでしまうんだと母のときに実感したし、私の人生これでいいのかな、と考えるきっかけになりました。
おかしな話なんですが、自分が死んで棺桶に入った姿を想像してみたんです。そうしたら、あれをしておけばよかった、これもやりたかった……って思っている自分が浮かんで。そうやって死んでいくなんて嫌だったんですよね」
エディターという仕事でキャリアを積み、2人の子どもや夫と過ごす日々。堺さんの人生は、はたから見ると十分なくらいやりがいと幸せに満ちているように感じますが……。
堺さん:
「普通に、お母さんとして、主婦として、幸せに暮らせていたと思います。でもやっぱり、どこかに自分がこれまでにあきらめていたこと、これで良かったのかな?と引っかかる気持ちがあったのかもしれません」
なにか変わりたい、始めたい。40歳の「自分さがし」へ
堺さん:
「だから産後は、試行錯誤しながら、いろんなトライをしてみました。
シルバー人材センターの人に産後の手伝いをお願いしたことをきっかけに、シニア事業に興味がわいて、老人ホームでのボランティア活動や、シニア事業会社で派遣の仕事もしてみました。あとは整理収納アドバイザーの資格を取ってみたり、下の子の保育園さがしをするうちに現状の制度に納得がいかなくて『お母さんたちがしたいことをあきらめなくていい、誰もが預けられる保育園を作りたい!』と役所の窓口で保育園のつくり方を聞いて事業計画を立てたり、実際に物件探しまでして……。起業塾なんていうのに行ってみたことも(笑)
きっと、自分探しみたいなものですね。
自分って何をやりたいんだろうって、みんな一度は考えませんか?その答えがすぐに出る人なんてなかなかいないし、もしそうだったら悩みません。
だからこそ、いろいろとトライして、これ違うな、これが近いかな……と、繰り返していくのかもしれません。試してみないと、自分のフィーリングに合うかどうかなんてわからないですから。
人生は一度きりで短い、でもやり直しはいくらでもきくと思うんです。だから進みながら、ちょっとずつ軌道修正や方向転換をすればいいんだと思います」
産後の体調不良と40歳という節目。
今とは何か変わりたい、何かを始めたい。そして、何かを残したい。
モヤモヤする気持ちと焦りを抱えてトライ&エラーを繰り返すものの、堺さんにとっての、その「何か」は、なかなか見つかりませんでした。
その後の人生を変えた、「ひとり時間」というギフト
そんなある日、堺さんはご主人にクリスマスに欲しいプレゼントを尋ねられました。
迷わず「ひとりの時間」と答え、温泉旅館へ一泊旅行に出かけます。下の子どもが8か月の時でした。
久しぶりにひとりの時間をもった堺さんは、そこでじっくりと自分自身と向き合い、人生の棚卸をしたのだそう。
棺桶に入った自分を想像したときに、「やり残した」と思ったことはなんだったのか。
それは「途上国支援に携わる仕事」でした。
堺さん:
「学生時代に、バングラデシュに1ヶ月間ボランティアに行ったことがありました。そこが原点かもしれません。もともとは、ジャーナリストやディレクターを志望していたんです。
国際支援というと大げさですが、発展途上国など日の当たらないところにスポットを当てたい。誰かに役立てることは、自分の喜びにもつながるんだと気づきました。
ずっと心の奥底でやりたいと思っていた仕事。でも、大人になるにつれ、いまさら無理でしょ、ってどこか自分の中で封じ込めていたのかもしれません」
80代女性の言葉に背中を押されて
そんなとき、ふと目にした雑誌で、ある言葉と出会いました。
80歳を過ぎたおばあさんの「やれるかやれないかではない、やるかやらないか」という言葉です。
堺さん:
「私、小さいころから悪いことばかり想像しちゃって。産後は特にそれが強くなりましたね。心配性でネガティブ、周りを気にする。これまでの人生、ずっとそうでした。
子どもが小さいし、私ってこんな性格だし、40歳も過ぎたし……って、できないことへの言い訳と不満ばかり言ってたときがあって。あのとき、ああしていれば良かった、と思うこともたくさん。でも、それをいつまで言い続けてるんだろう?って、なんだか嫌になっちゃったんです」
そして堺さんは、長く眠っていた想いに突き動かされるように、新年のフェイスブックに決意表明のような発信をします。
堺さん:
「『今年はグダグダ言わず、とにかく動きます』って。
そうしたら、それを見たパレスチナに住む友人が、コスメのフェアトレードの話をもちかけてくれました。昔から、私が “いつか国際支援に携わってみたい” と話していたのを覚えていてくれたのだと思います。一度、こっちへおいでよって言ってくれたんです」
そして、堺さんはパレスチナへ飛び立ちました。
7歳の長女の手を引き、まだ11ヶ月の次女をおんぶして。
堺さん:
「“思い切って行ってみれば、なにかが開けるかもしれない”と、すがるような思いだったのかもしれません」
結果、その旅は、堺さんの人生を大きく変える「フリーカ」との出会いに繋がります。
▲現在は、「フリーカ」を使ったコラボレーション商品も産まれるなど、ラインナップも増えた。どれも、「おいしいな、素敵だなと手にとったものが自然と途上国支援につながるとうれしい」と、味はもちろんパッケージにもこだわっている。
堺さん:
「コスメ自体は、なんだかピンとこなかったんです。
でも、友人の家でたまたま出されたフリーカを食べて、この美味しさは何!?って。
これなら今、スーパーフードがブームの日本でおいしく食べてもらえる。これまで培ってきたエディターの仕事を生かして、フリーカの良さをトレンドとして、スタイリッシュに発信できる。そう確信しました」
これまで模索してやってきたこととは違う、内から湧き立つようなワクワクする気持ち。その直感を信じ、帰国が迫る最終日にフリーカの工場見学を決行しました。
そして、そこから猛勉強。“小学生が東大に入るくらい難しい” と言われた、紛争地からの新規穀物の輸入を実現し、フリーカを日本で販売することに成功します。たった一人での地道な営業活動が実を結び、大手デパートのオーガニック売り場でも注目されるほどの存在となったのです。
後編では、新しい一歩を踏み出した堺さんの、つらい時の乗り越え方、そして「40歳」という年齢について、さらにお伺いしていきます。
【撮影】砂原文
もくじ
堺あゆみ
大学卒業後、旅行代理店、出版社を経て独立。edit JAPANを立ち上げ、雑誌やWebコンテンツの編集委託のほか
ライター 藤沢あかり
編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。
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