【あのひとの子育て】ヨシタケシンスケさん〈前編〉わからなくて、困って、失敗して。「初めて」を笑おう。

ライター 片田理恵

子育てに正解はないといいます。でも新米のお父さんお母さんにとって、不安はまさにそこ。自分を形作ってきたものを子どもにどう伝えるのか。正直、わかりませんよね、だって正解がないんですから。

だから私たちはさまざまなお仕事をされているお父さんお母さんに聞いてみることにしました。誰かのようにではなく、自分らしい子育てを楽しんでいるあのひとに。

連載第10回は、絵本作家・イラストレーターのヨシタケシンスケさんをお迎えして前後編でお届けします。

 

絵本作家兼お父さん。ヨシタケシンスケさんが見つめる「子ども」

これまでに見たことのないやり方でたくさんの子どもたちを、そして子どもだった大人たちを魅了し続ける絵本作家・ヨシタケシンスケさん。

数々の絵本大賞を受賞した『りんごかもしれない』をはじめ、『このあとどうしちゃおう』『もうぬげない』『つまんないつまんない』など、現在までに10冊以上の絵本を生み出してきました。そこに描かれているのは、どこまでもどこまでも空想を生み広げてゆくことの楽しさとおもしろさ。

注目したのは、ヨシタケさんが見つめる先にあるもの。子どもの気持ちになって考えるのとはひと味違うように思える、その視線と視点です。

子どもに合わせるのではなく、子どもの頃の記憶を持ち出すのでもなく、さりげなく自然に子どもと感情を通わせられるそのあり方は、どんなふうにして確立されたのでしょうか。そしてふたりの男の子のお父さんでもあるヨシタケさんは、それをどんなふうに子育てに生かしているのでしょうか。

ご家族と暮らす自宅兼アトリエにお邪魔してお話を伺いました。

 

「子どもが小学生になった今もヨチヨチです」

子育てエッセイ『ヨチヨチ父』(赤ちゃんとママ社)には、初めて赤ちゃんと暮らす父親の喜びと戸惑いが率直に、そしてユーモアたっぷりに描かれています。

この本を読むまで、ヨシタケさんは子どもの気持ちがわかるスーパーヒーローなのかと思っていました。子育てで困ったことなんてない方なのかな、と。

ヨシタケさん:
「そう言っていただくのはうれしいです。でも、そんなわけないじゃないですか(笑)。

子育てって基本的に困りごとしかない。生まれて初めて赤ん坊の父親になって、生まれて初めて1歳児の父親になって、今は11歳と7歳の子どもの父親ですけど、そのつど常に、どうすればいいのかまったくわからないですよ。

今だって『来年は中学か、どうしよう、なんかイヤだな』とか、僕が思ってますから(笑)」

意外です。その初めての戸惑いを、それこそが楽しいしおもしろいというふうにとらえていらっしゃるのではないんですか。

ヨシタケさん:
「子どもが生まれると、どうしよう困ったなっていう日々が延々続くわけです。それでようやく、父というのはその状況に『楽しい』って名前をつけなくてはいけないものなんじゃないだろうかとうすうすわかってくる。

そうなると、その困り感を笑うしかない。『そうそう、できやしないよね!』『のど元すぎる時って熱いよね!』って。『ヨチヨチ父』では、子どもが0〜2歳の頃のことを描きましたが、小学生になった今も同じ。ヨチヨチです。多分、これからもずっと」

 

「初めてが2回ある」と、初めてわかった

ご自宅には息子さんたちが描いた、たくさんの絵が飾られていました。兄弟そろって絵を描くのが大好き。でも描き方やスタイルはまるで違うといいます。兄はお手本そっくりに描くのが好き、弟は見本なしに頭の中にあるものを描くのが好き。

ヨシタケさん:
「僕は姉と妹ふたりに挟まれて育ったので、男ふたりの兄弟っていう状況がそもそも初めてなんです。

子育てしてみてわかったのは、兄と弟で全然違うんだということ。下の子の時は最初の経験を踏まえてやればいいんだろうと思っていたんですけど、まったく通用しなかった(笑)。そこでようやく『初めてが2回あるんだ!』とわかりました」

▲小学6年生の長男が今年の夏休みに作った自由研究課題。テンションが上がるものと下がるものをボードに描いてセロファンで覆い、そのどちらかだけが見える色メガネを設置した。

兄弟ひとりひとりの個性が違うという意味の2回ではなく、お子さんがひとりのときとふたりになってから、つまり環境が違うゆえの2回ということでしょうか。

ヨシタケさん:
「そうです。ふたりめが生まれるまでは『子どもの個性=子育てするうえでの違い』なのかと思っていたんですが、それだけじゃない。環境によってもまったく違うんですよね。

うちは長男が全然寝てくれなくて、その頃は夫婦で本当に辛かったんです。次男はそれに比べればよく寝る子だったんですけど、今度はせっかく寝ている次男を、長男がそばで騒いで起こすというのにイライラさせられた。そうか、ふたりだとこうなるのか、みたいな。

でも3人子どもがいる人に聞くと、『上ふたりが起こすだろうなと思っていて、案の定』なので、そんなにイラッとしたりもしなくなるらしいんです。その人にとってはイライラしないことも『初めて』なわけですよね」

たくさんの「初めて」を経て、これから先も「初めて」に出会っていく。父になることって、そんな未来をそのまま受け入れていく過程なのかもしれません。

「『ヨチヨチしながらでしか見えないもの』を楽しむのが、きっと大人でありパパなのです」。エッセイの末尾はそんなふうに締めくくられています。

ヨチヨチだからこそ見えてくる「初めて」を、時に困りつつ存分におもしろがる。それがヨシタケさんの作家として、父としての視点なのではないかと感じました。

後編では子育てのパートナーである奥様のこと、そして最愛の息子さんたちに伝えたい思いについて伺います。

(つづく)

【写真】神ノ川智早

 

ヨシタケシンスケさん

1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。日常のさりげない一コマに注目したイラスト集『しかもフタがない』(PARCO出版)や『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)をはじめとする絵本、父の視点で子育てをつづった『ヨチヨチ父』(赤ちゃんとママ社)など著作多数。2児の父。

ライター 片田理恵

編集者、ライター。大学卒業後、出版社勤務と出産と移住を経てフリー。執筆媒体は「nice things」「ナチュママ」「リンネル」「はるまち」「DOTPLACE」「あてら」など。クラシコムではリトルプレス「オトナのおしゃべりノオト」も担当。


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