【粋に生きるひと】第2話:「こう暮らしたい」のイメージが、きっと未来を変える
ライター 川内イオ
息子に故郷をつくる
1995年、ふたりの間に子どもが誕生した。英樹さんは以前から、父親の名前「源太郎」と自分の名前から一字ずつとって「源樹」と命名したいと思っていた。純子さんは、不思議なことに中学生の頃から自分に子どもができたら「げんき」と名付けたいと考えていた。だから、迷いなく名前は源樹になった。
旅先でのゆったりと流れる時間が好きだったふたりは、源樹くんが生まれてから、純子さんの両親が住んでいた栃木県の宇都宮に居を移した。
手先の器用さとセンスを買われて、東京では服飾の仕事以外にも店舗の内装や家具の製作などを手掛けていた高山さんだが、宇都宮ではクレソン農家で働き始めた。石川県の実家は兼業農家で子どもの頃からよく手伝っていたから、農家の仕事も手慣れたものだった。
間もなくして、英樹さんと純子さんは土地を探し始めた。源樹くんに「故郷をつくってあげたい」という思いからだ。
「僕が育った環境が好きだったから、近いところを探したんだよね。魚釣りができるとか、子どもの時に単純によかったなって感じたことを味あわせてあげたかったから」
現在も住んでいる益子の土地は、益子のオーガニックカフェの内装に携わっている時、たまたま見つけた場所だった。目の前には田んぼが広がり、背後には里山が連なるその土地には、茅葺の廃屋と傾いた古民家が建っていた。ここが源樹くんの故郷となると同時に「自分たちの手で生活を築く」ための新天地となった。
「体験」をするために生きる
ふたりは廃屋を解体し、周辺の木を伐採し、中古のユンボを買って敷地を平らにした。どの作業も初めてだったから慣れないこともあり、それだけで2年を要した。ようやく準備が整い、150万円かけてプレハブの家を建てた。さすがに組み立ては業者が担当したが、居住空間はイチから作り上げていった。
2002年春、源樹くんが小学校に上がるタイミングで一家は益子に引っ越した。家は外枠だけの状態で、家のなかの一番大きな窓にはガラスもはまっていなかった。源樹くんは、それを見た瞬間、「窓、ねえじゃん!」と突っ込んだそうだ。水道も電気も通っていなかったし、台所も、トイレもなかった。
最初の頃は、ブルーシートを張って雨風をしのぎ、プレハブのなかにテントを張って過ごした。そこから源樹くんも加わって、家族で少しずつ、一歩一歩、理想の住まいに近づけていった。上下水道も、自力でつないだ。時間はかかったが、迷いはなかった。
「僕の親、大工なの。習ったわけではないけど、仕事をしている風景を見てたから、家は人が建てるものだってわかってるしね。
それに、失敗も含めて、これはこうだったよねっていうことに出会いたいんだよ。自分で経験してうまくいかなかったら、だったらこっち、じゃあこっちって。その結果として、これはこうだったよねと実感する。そういう体験をするために生きてると思ってるから」
楽しむを極めたら、おのずと難しい道を進んでくもの
学校から帰ると、親が自分たちの家を作っている。その手伝いをするというのが日課になった源樹くんは、子どもらしい勘違いをした。ほかの家も、住んでいる人たちが作ったものだと思っていたのだ。大きくて立派な家を見ては、「この家の人たちはみんなよく頑張ったんだな」と感心していたそうだ。
プレハブのなかにテントを張って過ごす? 電気もトイレもない? 業者に頼めばすぐにできることを自分でやる? そんな生活はつらい、苦行だと感じる人もいるかもしれないが、高山家には笑いが絶えなかった。
英樹さんは、かつて旅先で出会った人たちが実践していた「自分たちができることをして生きる」という生活を追い求めていた。その肝にあるのは「楽しむことを極める」だ。
「僕は自分や家族の生活をどうエンジョイするのかを一生懸命考えたい。例えば、釣りも同じでね。最初は釣れたら楽しいじゃん。それから、糸を細くしたり、エサを変えたり、だんだん難しい場所とか方法を選んで行くわけ。そっちのほうが本能的に楽しいっていうのがあるんだよ。
人生も同じで、簡単な道を選んでちゃつまんねえだろって。だから楽しむということを極めようとすると難しいこと、大変なことを選んでいくことになるけど、そうやって文化ってできたんじゃないかな?」
「こう暮らしたい」のイメージが、未来を変える
我が道を突き進む英樹さん。長らく伴走してきた純子さんに「英樹さんは楽しいというけど、やってみたらつらい、楽しくないということはなかったんですか?」と尋ねると、「不思議とそれがないんです」と微笑んだ。
「初めて草刈り機をもって草を刈った時、こんなことまでできるようになっちゃったと思うでしょ。でも何回目かになると、高ちゃん(純子さんは英樹さんのことをこう呼ぶ)はもっときれいに刈ってたよなと思って、それをまねしたくなる。
それから、片付けまで含めて自分ひとりで全部のことができるかなと思い始めて、一連の動きを全部できた時には達成感があるのよ。これは子どもの感覚と一緒なんだけど」
純子さんの隣で源樹くんが頷く。
「本当になんでも楽しそうにやるんですよ。だから僕も一緒にやりたくなるんです」
純子さんと源樹くんが家づくりや手づくりの生活を楽しめたのは、きっとふたつの理由がある。
まず、「自分がされたらイヤだから、ほかの人にも命令しない」という英樹さんのスタンス。どんなことも、誰かに強制されたり、怒られたりした瞬間に義務感が生まれてしまう。
もうひとつは、高山さんの ”作るとは何か” の考え方。
それはまず「イメージすること」。そして「手を動かすこと」。すると、それまで宇宙になかったものが「そこに現れる」。そして私たちは「自分の未来は変えられる」ことを知る。
「それってすごく面白いじゃん? 同じように空間、環境も自分で変えられるんだよね。自分がこういう暮らしをしたいとイメージして手を動かしたり何かを始めると、1カ月後、1年後の自分の未来にそれが現れるんだから」
もの作りとは、宇宙に存在していない何かを生み出す行為。空間も環境も未来もイメージを持って手を動かせば変えられる。そう言われたら、どうしたって胸が躍る。
大人が子どもを「大変」と決めつけない
空間も環境も未来も自分たちでつくってきたからこそ、そこに愛着が生まれる。日々の生活を大切にするために、高山家は使う言葉にも気を付けている。数少ない高山家のNG事項のひとつは他者を攻撃すること。
それはお客さんに対しても同様で、高山家に遊びに来た純子さんの知人がそこにいない人のことを悪く言っていた時には、英樹さんが「人の悪口を言うなら川の向こうに行ってほしい」と言い放った。それは、自分たちで築き上げた居心地の良い空間、空気を台無しにされたくないという思いからだった。
もっと日常的な言葉にも意識を向けている。英樹さんも純子さんも子育てにおいてネガティブな言葉を使わないようにしていたという。
「小学校までの通学路が2.5キロあったんですけど、通学が『大変』『疲れる』と思っているのは大人たちですよね。源樹にとってはそれが当たり前なのに、周りの大人がそういうことで、源樹も、大変なことなの? 疲れることなの?と思うかもしれない。だから、遠くて大変ねって言いそうな人には、それは言わないでねと伝えていました」(純子さん)
「子どもはものすごく繊細だから、大人が求めるように生きる。自分の存在をちゃんと周りから認めてもらいたいから、周りが求めるものになろうとするんです。だから、かわいそうにと言えば、かわいそうな子になろうとする。それはすごく危ないことだよね。2.5キロの通学だって距離よりも途中の楽しみが大切で。ものすごく豊かな時間じゃないですか」(英樹さん)
当の本人は往復5キロの「苦痛を紛らわせるために」、通学路にある家の人たちに話しかけた。例えば、庭で農具をいじっている人を見かけたら「何をしているんですか?」と尋ねるのだ。そして、土を耕す、種を蒔く、草をむしるといった作業を一緒にやらせてもらった。それを登校時、下校時に続けるうちに気づけば通学路の人気者となっていた。農作物の収穫の時期になると、農家をしている人はみな源樹くんに実りを託した。
ある日、両手に白菜を持ち、ランドセルにネギを入れて帰宅した源樹くんを見た英樹さんは、こう声をかけたという。
「でかした! 今日は鍋だ」
(つづく)
【写真】鍵岡龍門
もくじ
高山英樹
益子在住の木工作家。石川県出身。文化服飾学院を卒業後都内で舞台衣装や布のオブジェを制作。のちに、北米や中米、アジア、ヨーロッパなどを旅しながら、国内で内装や家具の制作を手がけるように。2002年に益子へ移住し、現在は「暮らし家」として、国内外で作品を発表するほか、ものづくりのワークショップなど幅広く活躍する。
川内イオ
1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。
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