【小さな一歩の重ねかた】前編:私が周囲の猛反対を押し切ってアロマテラピストを目指した理由

ライター 川内イオ

大きな決断の前の小さな一歩

人は時に、大きな決断をする。それは確かにドラマチックな瞬間だ。でも、その一時だけを切り取ると、特別な人の物語に見えてしまう。その決断に至る過程には、きっとたくさんの、なにげない、小さな一歩があるはずだ。そうして少しずつ歩みを進めた先に、人生を変える転機が訪れるのかもしれない。

高校教師からアロマテラピストに転身したアロマテラピストの和田文緒さんもそうだった。アロマテラピーに関心を持っている人なら、『いちばん詳しくて、わかりやすい! アロマテラピーの教科書』(新星出版社)という書籍を手にしたことがあるかもしれない。

2008年に出版され、20万部を突破した今も売れ続けている大ヒット本の著者が、和田さんだ。「消臭力」などで知られるエステーと組んで機能性アロマオイル「アロマサプリ」を開発するなど、注目のアロマテラピストである。

しかし、まだアロマが「怪しい」と思われている時代にアロマの世界に身を投じ、不遇の時代を経て今があることはあまり知られていない。和田さんは、どんな「小さな一歩」を重ねて、新しい地図を手に入れたのだろう。

 

渋々始めた宿題で得た植物との出会い

和田さんが植物に関心を持つようになったきっかけは、「宿題」だった。中学校に入ってすぐ、理科の授業で「1学期中に500種類の押し花標本をつくる」という課題が出されたのだ。そこで和田さんだけがやる気に燃えて……という話しではない。

理科の教師は期限を決めて50個ずつ進めていくという決まりをつくったのだが、はなからやる気のなかった和田さんは、最初の50個の課題すら提出しなかった。その態度が教師の逆鱗に触れて厳しく叱責されたので、しぶしぶ課題を進め始めた。

強制されたことだから、始めた頃は義務感だけ。ところが50個、100個、200個と押し花標本をつくっているうちに、なんとなく楽しくなってきた。そしてある日、和田さんと植物がバチバチッと電撃的につながった。

「実家の近所のダイエーに行こうと思って、いつもの道を歩いてたんですよ。その時にたまたま道端の植物を見て、あ、スズメノカタビラだって思ったんです。イネ科の小さな雑草なんだけど、パッと名前が出てきたの。その瞬間に周りにあったほかの植物も、私はドクダミです、私はアジサイですとか、手を挙げて訴えてくるように一気に視界に入ってきたんです。もう、すごい量の情報が降り注いできたような感じがして、めまいがしました」

それまでの和田さんにとって、雑草は雑草だった。ところが押し花標本によって名前と姿かたちが頭にインプットされた。ある程度その知識がたまったところで、なにかの拍子に現実世界とリンクしたのだろう。当時の和田さんは「名前を憶えるって大事なんだ」と納得したそうだ。

それからは押し花標本づくりもさらに前向きになり、「1学期中に500種類」を達成。意気揚々と提出したのだが、この課題を最後まで終えたのは和田さんひとりだった。

 

研究に明け暮れて

植物に接して理科の世界に興味を持った和田さんは、理科の教師が顧問をしていた科学部に入部。その流れで、高校でも生物部に入った。そこでは東京農業大学で花の研究をしていた顧問の影響で、本格的な花の研究が行われていた。1学年に20人もいるような大所帯で、運動部のような闊達な雰囲気もあり「すごく楽しかった」と振り返る。

「私はラン科植物班でした。春と夏には長期合宿があって、毎日夜中まで研究が続きます。2、3年生は日本学生科学賞に応募するために論文も書きます。論文を書く前に十分に調べてから仮説を立てて、その後に実験してなんらかの結果がでますよね。それが仮説通りだった時は嬉しかった」

高校3年間、みっちり野生ランの研究をした和田さんは、東京農業大学の農学部に進学。和田さんが希望した花卉園芸学研究室は通常、学部の3、4年の学生が所属するのだが、1年生から研究室に入っていいということになって、引き続き研究生活が始まった。

和田さんはランの研究を希望したが、「野生ランは商売にならない。売れるものの研究をするように」と言われて断念。バイオ技術を使った最新の品種改良の研究開発の道に進むことになった。

 

アロマを知って芽生えた新しい感覚

和田さんは大学院に進んで研究を継続するつもりだったから、就職はまったく考えずに過ごしていた。しかし、大学4年生の時に予想もしていなかった方向から転機が訪れる。

東農大の文化祭「収穫祭」では各研究室が展示をする。和田さんが4年生の時の花卉園芸学研究室のテーマは「花を感じる」で、花をいろいろな角度からとらえてみようという内容だった。この展示のなかで「花が人の心理にどう影響を与えてるの?」ということを調べている時に、心理学の先生から「海外では花の香りを使うアロマテラピーというものがあって、病院でも使われているんだよ」と聞いた。

その当時はまだアロマテラピーという言葉が日本では認知度が低く、最初は「なにそれ?」という感覚で調べを進めていった。そのうちに大阪府立大学の今西英雄教授らのチームが「人間の心と植物の関係」について論文を書いているのがわかる。分からないなりに手探りで調べていくうちに、アロマテラピーに惹かれていき、しだいに自分の研究が「なにか違う」と思うようになった。

技術と薬品で植物をコントロールするのがバイオ技術による品種改良。その対極として、植物そのものが持っている力を引き出すアロマテラピーのことを知るうちに、まったく別の視点が芽生えた。

「自分は当時、ハーブなんて雑草だと思っていたから、なにも意識せずに抜いたりしていたんです。花が好きで研究室に入ったのに、いつの間にか花が材料になっていて、いかに効率よく育てれば売れるようになるかを考えるようになっていました。でも、アロマを通じて植物があるがままの姿で昔から人の役に立っていたことを知って、足元の大切な知恵を忘れちゃったんじゃないかと思ったんです。それに、まだまだ自分の知らなかった植物の面白さがあると知ってワクワクしました」

一度、アロマに傾いた気持ちを反対側に戻すことはできなかった。大学院に進めば、またバイオテクノロジーで花を操作することになる。それはもうやりたくない。私はアロマの道に進もう! そう考えた和田さんは、大学院進学を取りやめると宣言した。

 

大学院進学をやめて教員へ

問題は、そのタイミングだ。文化祭の準備をしていた夏頃には覚悟を決めたのだが、両親や4年間指導してきた担当教員にとっては寝耳に水。「アロマをやるのは大学院に行ってからでも遅くないんじゃない?」「研究生でいいから研究室に残らない?」とあの手この手で和田さんを引き留めようとしたそうだ。

しかし、和田さんの心は動かない。むしろアロマの研究、実践が進んでいるイギリスに行きたいという思いが募り、両親に「大学院に行く学費でイギリスに留学させてくれないかな?」と頼んだら「そのためにお金を貯めたんじゃない!」と激怒されたそうだ。

進学せず、留学もできないとなれば、働くしかない。その時に役立ったのが「なんとなく取っていた」という理科の教員免許。自分が一般企業に就職してOLをするというイメージがわかなかったから、残された選択肢は教員しかなかった。公立校の教員の募集はとっくに終わっていたから、私立しかない。ほとんど消去法で私立高校の教員試験を受け、なんとか合格。1992年の春、和田さんは某私立高校の教壇に立っていた。

「私は中学1年生の頃からずっと研究をしてきたから、自分はこのままずっと研究の道で生きていくんだと思っていました。今振り返っても、なんで研究者の道を覆したのかはよくわかりません(笑)。でも、毎日普通に暮らしてるだけでも、花の香りや風の匂い、水の匂いに囲まれて生きてるじゃないですか。当たり前すぎて気づかないけど、そこを掘り下げたらなにか面白いことがあるんじゃないかって」

(つづく)

【写真】鈴木静華


もくじ

和田文緒

香りと植物の研究家。シーズ代表。英国IFA認定アロマセラピスト。AEAJ認定アロマテラピーインストラクター。東京農業大学を卒業後、高校の理科教師を経てアロマセラピストに。アロマを使ったコンサルテーションや精油ブレンド、施術のほか、セミナーや「香りの手仕事」ワークショップ等を行っている。

川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。

▼和田さんの著書はこちらから


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