【あの人の家へ】第1話:都心で暮らして50年。自分らしく年齢を重ねる、土器典美さんの住まい
ライター 大野麻里
住む場所とは、その人を表す空間なのだと思います。
憧れの “あの人” は、どんな考えをもって、どんな家で生活しているのでしょうか?
特集「あの人の家へ」では、人生の先輩としてお話を聞きたい “あの人” のお宅を訪ね、その生き方と住まいについて伺います。
いまから40年前、日本で雑貨ブームをけん引した女性に会いに
これまでインテリアの取材でたくさんの家にお邪魔してきた私ですが、今回の取材は少し特別なものでした。編集やライターの仕事を始めてから15年以上、いつかお会いしてみたいと思っていた女性のお宅だったからです。
その人の名前は、土器典美(どき よしみ)さん。
1980〜90年代にかけて青山の骨董通りにあった、アンティークのキッチン雑貨の店「DEE’S ANTIQUE」のオーナーと聞けば、懐かしい思い出が蘇る人もいるのではないでしょうか。
いまでこそ、日本にいながら手軽に海外の生活雑貨を手に入れることができますが、当時はまだまだめずらしかった時代。
1980年代初頭は「F.O.B COOP」や「Afternoon Tea」ができ、日本でヨーロッパ雑貨ブームが起きました。「DEE’S ANTIQUE」も、その火付け役的存在のひとつ。「無印良品」の1号店が青山に登場したのもこのころです。
土器さんはその雑貨ブームをつくった先駆けのひとり。1996年に店を閉じてからは、雑貨や料理、インテリアの分野でフォトエッセイストとして活躍。2001年からは作家の展覧会をひらくギャラリー「DEE’S HALL」を運営しています。
都心に暮らして約50年。どんな時代も新しかった、住まいの遍歴
土器さんの自宅は、東京のどまんなか。ファッションビルが建ち並ぶ南青山の路地裏に建つ一軒家で、1階をギャラリー、2階と3階を居住空間としています。
「靴のまま、どうぞ」
そう言って、土器さんは私たちを招き入れてくれました。土足でいいの? と、驚きつつも、まるでホテルか海外の家にお邪魔するようなわくわくする感覚で、靴を履いたまま階段を上がり、2階へ向かいました。
光と風が流れる心地よい一軒家を、この地に建てたのが2000年のこと。東京に住み始めて50年が経つと話す土器さんですが、これまでどんな住まいで暮らして来たのでしょうか?
土器さん:
「出身は高松で、東京に来たのは1970年代。情報なんて何もないから、最初は普通のアパートを借りました。でも、すぐにつまらなくなっちゃって。私はセツ・モードセミナーという学校で絵を勉強していたんだけど、そこの友達5人で昭島の米軍ハウスを借りることにしたんです。
家は面白くてすごく気に入ってたけど、いかんせん都内から遠くてね(笑)。しばらくして『地方から出てきたんだから、東京らしい街に住まないと』と思って、六本木や青山界隈で部屋を探しました。
住んだのは、六本木の6畳ひと間の古いアパート。畳の上に床板を張って、友達と好きに改装して楽しんで住んでいたら、当時の雑誌に載ったりもしましたね」
その後、乃木坂で小さなアンティーク店を開いた土器さんですが、24歳で転機が訪れます。
土器さん:
「『ロンドンにはアンティークがすっごいあるらしい』って話を聞いて、買いつけに行こうと決めました。当時の日本にはまだ全然情報がなかったし、みんなが海外旅行する時代ではなかったから。それでロンドンに行ってみたら、うわさどおり本当にすっごいあったの(笑)。私もここに住みたいと思って、そのまま6年間、中心地にフラット(注:イギリスのアパート)を借りて暮らしました」
アンティーク雑貨のバイヤーになった、イギリスでの暮らし
土器さん:
「そうこうしているうちに私がロンドンに住みながら古着やジャンクなアクセサリーなんかを仕入れて、日本にいる友達が売るというスタイルで、本格的に店を始めることになりました。
お店があったのは、1976年にできた当時の青山ベルコモンズ(注:2014年閉館)の地下。『コムデギャルソン』や『Y’s』のファーストショップを構える最先端のファッションビルだったんです。
当時は海外のアンティークなんて日本でほぼ見かけなかったから、びっくりするくらい売れてね。その売り上げが結構あったから、私はそのお金で、興味のあったイギリスのキッチンアンティークを買い集めていました」
▲イギリス製のアンティークミラー。ダンスをする男女が描かれたデザインは、以前どこで使われていたのか想像するだけで楽しいストーリー性のある一枚
蚤の市で出会った、琺瑯の鍋や、アンティークの調理器具……どれも日本では見たことのないものばかり。その後、土器さんは日本に帰ることになり、それまで集めていたアンティークのキッチン雑貨を売るお店を出すことに決めたのです。
日本では経験できないことの連続だった海外での生活は、その後の土器さんの暮らし方に大きな影響を与えました。
帰国後は、東京の自宅と “山の家” の暮らし
▲2003年に発売した著書(現在は販売なし)。土器さんが撮った写真と文章で、山の家での暮らしや料理を紹介している
こうして1980年、青山でキッチン雑貨のアンティークショップ「DEE’S ANTIQUE」をスタートさせた土器さん。生活の拠点は再び、東京へ。はじめは賃貸暮らし、2000年には一軒家を建て、以来ずっとここで暮らしています。
土器さん:
「この家とは別に、山梨に “山の家” もつくりました。イギリスのカントリー風なキッチン道具を専門的に扱っていたこともあって、それが似合う雰囲気の場所が欲しかったから。それならやっぱり山が似合うかなって。
山の家は38歳のときに建てて、その後15年くらい通いました。薪を割ったり枯れ葉の管理をしたりというのが難しくなったのでもう手放してしまったのだけど、当時は毎週末パートナーと行って、自然のなかで快適に過ごしました」
人に歴史あり。そんなことを思わずにはいられない、土器さんの住まいのヒストリー。時代や環境の変化に応じて、そのつど新しい暮らし方を楽しんでいるエピソードが印象的でした。
2話では、土器さんが「家のなかで一番好き」と話す、キッチンを中心に拝見します。
(つづく)
【写真】有賀 傑
もくじ
土器典美
東京・南青山にあるギャラリー「DEE’S HALL」オーナー。ロンドンでアンティークバイヤーとして活動したのち、1980年にアンティーク雑貨店「DEE’S ANTIQUE」を開き、雑貨ブームの先駆けとなる。2001年に現ギャラリーをオープン。料理やライフスタイル、海外旅行などのエッセイや写真をまとめた著書も多数。
ライター 大野麻里
編集者、ライター。美術大学卒業後、出版社勤務を経て2006年よりフリーランス。雑誌や書籍、広告、ウェブなどで企画・編集・執筆を手がける。ジャンルは住まいやインテリア、ライフスタイルなどの暮らしまわり、旅行、デザイン関係などが中心。
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