【軽やかなひと】後編:なにかを始めるって、「上手くなる」以外にも楽しいことがいっぱいなの

編集スタッフ 糸井

大人になってから、「とりあえずやってみる」のが難しくなっている気がします。理由はたぶん、始める前からあれこれどうしようと考えてしまうから。でもきっと、臆さずに飛び込めたなら、日々はもっと楽しくなるはず。

そこで、「世界最高齢プログラマー」として活躍する若宮正子(わかみやまさこ)さんに会いに行きました。

84歳になった今も、チャレンジ精神豊富で、不安や躊躇をものともしない若宮さん。そのモットーは、「とりあえずやってみる」。前編では、プログラミングを始めたきっかけや、その軽やかさの理由をお届けしました。

後編では、「自分サイズで始めること」のおもしろさについて伺います。

 

「やってみたい」と「上手くなりたい」は別?

「私ね、なにかを始めるために決心なんているの?と思うんです。意気込まないとそれ、できないのかしら?」と若宮さん。

意気込んだほうが、途中でやめることなく頑張るぞ、という気持ちを持続させられそう。反面、「ちゃんと自分の糧にしたい」と気負って、最初の一歩が重くなることも多いかもしれません。

若宮さん:
「たとえば、日本舞踊をやってみたいとしますよね。誰か先生に習ってみようと、教室を探してみる。

そこで、『どの教室が一番自分にあっているだろう』と思うと、一気にハードルを上げている気がしていて。きっと、失敗したくないって思うからこそなのね。

だけど、本当に一番フィットしている必要はどのくらいあるのかしら。

『やってみる』自体が目的なら、教室なんてどこでもいいこともあると思うの。始める前から、自ら進んでハードルを作る必要はないんじゃない?」

言われてみると、「やってみる」と「上手くなる」を、いつもセットにしていたような気もします。

若宮さん:
「なにかをする楽しさって、『上手くなる』以外にもあるでしょう?

料理もそうね。もし『上手に』ラタトゥイユを作りたいなら、レシピを調べて、材料を全部買い揃えて、お手本通りに作る。

そうじゃなくて、今日はとりあえず作ってみたいのなら、家にあるもので、好きに作ってみていいんです。お豆腐をいれたっていい。せっかくの『マイ・ラタトゥイユ』なんだからね。寸分違わないように作るより、おもしろい発見があるかもしれない。

結果おいしくできたり、この具材はミスマッチね、と分かったり。作ってみれたんだから、まずかったとしても失敗にはならないわよね」

 

誰にも迷惑かけないんだったら、下手だっていい

それに下手だっていいのよ、と続けます。

たとえば若宮さんが開発した、アプリゲーム「hinadan」を作っているときの一コマ。自作のコーディングを知人のプログラマーに見せたら、その粗さに驚かれたといいます。

また英文で取材依頼が来たときに、英語が苦手だから、とネットの翻訳機能を使って返信したときにも、周囲から同様の反応が。けれど若宮さん、不得手な一面を人に見られてもお構いなしのよう。

若宮さん:
「『できない自分』って思われるかもしれない。いいじゃない、誰にも迷惑かけないわよ。

私自身、やっぱりプラスな評価ばかりではないもの。でも、100人みんなが褒めるほうが『どこかおかしいな』と思うの。

半分褒められて、半分批判されたほうが、にぎわって活性化するんじゃないかしら

 

途中でやめるのは、失敗にならない?

スタートを切れたとして、今度は「長く続けなくては」と気負ってしまう。途中でやめてしまったらどうしよう……と、気持ちが先回りして、そもそもの「挑戦」にブレーキをかけたことも。

若宮さん:
「長く続けられなかったら、それは本当に失敗になるのかしら?

ずっと続ける=成果に繋がりやすいという認識も、人が100年も生きる今では、変わってくると思うんです。

仕事でも、とある人が高卒後に介護士の資格をとって、5年働く。その後一旦休み、アフリカで海外青年協力隊として3年過ごす。帰国後、今度は文化人類学の勉強をして、その道の職業につくとしますよね。

昔は、それを『腰の座らない人』って揶揄されていたこともありました。でも今の時代では結構、理想的で楽しそう、と応援されている気がするんです」

趣味も、もし続けるのがキツくなったり、つまらなくなったら、やめても大丈夫。やめたって、なかには向こう数十年の間に再開することもあるものですよ、と若宮さんはいいます。

若宮さん:
「それにね、日本舞踊でも、たとえ通わなくなったって、ちょっとした知識や感覚は残ります。それがテレビで特集されてたりすると、1年前の自分じゃちんぷんかんぷんだったのに、今見たら、あら、ちょっとわかることが増えているんです」

一生しないと決めたわけではないのだもの。「やめた、諦めた」と思うと悲しいけれど、「一旦ひと休み」くらいの感覚でいるといいのかもしれません。

 

成果のカタチを自分に合わせる

▲若宮さんが考案した教材「エクセルアート」でデザインしたうちわ。

なにを成果にするかは人それぞれ。達成までのスピードや、レベル感も、自分に合わせて決めていく力が必要だといいます。

若宮さん:
「私は、いつまでに作り上げるという『締め切り』は決めません。

58歳で初めてパソコンを買った時、まず、ネットを開通させるのに、3ヶ月かかりました。でもそれは私にとって早いとも、遅いとも考えてなくて。いつまでに……と焦らないまま、土日を使ってコツコツと作業をしていました」

期日を決めないと、いつまでも始められない人もいる。反対に、いつまでにやらなきゃ、という決め事が、不安のもとになる人もいるのよ、と続けます。

若宮さん:
「成果のレベルも同様です。ピアノを習って、両手で弾けるようになったと感動するおじさん。彼は、彼の望みを達成できたんです。かたや、ショパンコンクールで2位に終わり、『挫折です』と話す青年。

達成と挫折の、どこに線を引くか。それは、あなたが引くこと。ほら、周りがなんといったってね」

 

自分のフィールドなんだから、障害物ばかりにしないで

なにかをやる以上、「ちゃんと」やりたい。とはいえ、「上手くなりたい」「長く続けたい」「成果を出したい」という望みは、ときどき知らないうちにハードルになることが、あるのかもしれません。

若宮さん:
「なんだろう、『上手くなろう』から入ると、楽しさが逃げていっちゃう気がするの。不思議な世界をのぞきたいな、とやってみる、楽しくて続けちゃう、続くから上手くなる。これが無理のない流れなのかもね。

人生は運動会の障害物競走じゃないんだから。あなたのフィールドに、自ら障害物を並べなくても大丈夫。

これって障害物だったのかも、と気づいたら、点検して、整理をしてみたら? 1つや2つあったら十分なんだから、あとは片付けちゃえばいいのよ。大型ごみの日なんかにね」

そうして、今の自分のとりあえず、とりあえずの、一歩。

(おわり)

【写真】川村恵理

もくじ

若宮 正子

1935年東京生まれ。定年をきっかけに、パソコンを独自に習得し、同居する母親の介護をしながらパソコンを使って世界を広げていく。2016年秋からiPhoneアプリの開発をはじめ、2017年6月には米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待される。


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