【粋に生きるひと】前編:「食べていけないよ」と言われながら突き進む夫と、それをワクワク見守った妻

ライター 川内イオ

田園風景に暮らす、一家をたずねて。

8月のよく晴れた日、北アルプスの麓に広がる水田の稲が、青い空に向かってまっすぐと背筋を伸ばしていた。フッと風が吹き、稲穂が揺れる。

ここは、信州安曇野の松川村。そこにいるだけで心が安らぐような田園風景の一角に、オーダーメイドの靴屋さん「フォレストシューメーカー」がある。ナビがなければ通り過ぎてしまいそうな、緑色の屋根をした大きな古民家が、目的地。

「こんにちは!」と声をかけると、夫婦でフォレストシューメーカーを営む松下宏樹さん、彩さんが「こんにちは~!」と笑顔で迎えてくれた。

松下さんのことを紹介してくれたのは、昨年、取材させてもらった益子の木工作家、高山英樹さんだった。この取材の時、目をキラキラさせながら高山さん一家の話を聞いていた編集担当の二本柳さんから、「粋に生きる人」の続編をと、連絡をもらったので、僕は高山さんに「粋に暮らしているお知り合いはいませんか?」と連絡した。するとすぐに、「松下宏樹さん夫婦の暮らしぶりがとても素敵でしたよ」と返信が届いた。

高山さんの推薦なら間違いない! ということで二本柳さんと意見が一致して、今回、松下さんに取材を申し込んだというわけだ。そしてこの日、写真家の鍵岡さんも加わって、前回と同じ3人組で取材に伺った。

初めまして、の挨拶をして、さっそく、古民家をリノベーションした自宅兼アトリエを案内してもらう。かつて建築事務所で働いていた彩さんがデザイン、設計をして、知り合いの大工さんと作ったというアトリエは、シンプルでとても上品な雰囲気。並べられたオリジナルの靴が艶々輝いていて、見入ってしまう。

夫婦と長男、長女の一家四人と犬一匹で暮らしている自宅は、広々としたスペースに丁寧に使い込まれた家具が置かれていて、温かみがあり、すごく気持ちがいい。自宅側は夫婦でこつこつリノベーションしているそうで、「まだまだ終わりが見えません」と言うけれど、居心地抜群。

 

おいしい料理が並ぶ食卓。

間もなくして、食卓にグリーンとレッド、2種類のスパイスカレーをハーフ&ハーフにした色鮮やかなお皿が並んだ。取材を申し込んだ時、彩さんから「よかったら一緒にランチでも」と誘ってもらったので、お言葉に甘えたのだ。グリーンのほうはほうれん草のカレーで、とってもマイルドなのに口当たりは軽くて、ぐんぐん食べられる。隠し味は、生クリームと生姜。

レッドのほうは、お酢のカレー。大昔、ポルトガルからインドに船でいろいろなものを運んでいた時に白ワインが発酵してワインビネガーになってしまった。船員がそのなかに肉や野菜を漬けてインドまで運び、その素材で作られた酸っぱいカレーが起源。想像以上の酸味があるけれど、それが辛み、旨味とマッチして、食欲をそそる。

「最近、スパイスカレー教室に行ってから、カレー作りにはまっているんですよ」という彩さん。
「私のなかで、料理とお菓子作りは気晴らしなんです。すごく忙しい日の朝、急にクッキー焼きだしたとしたら、だいぶ疲れてるということですね(笑)。小刻みに準備できるのも、楽しいんですよ。一気に作るより、ちょっとずつ下ごしらえをするのが好きです」

どちらのカレーもお店でお金を払って食べるレベルのおいしさで、僕と鍵岡さんはろくに話もせず、黙々と平らげてすぐにおかわり。宏樹さんも、スプーンを持つ手を止めることなく、「うんうん、おいしい、おいしい」とうなずく。

「料理には、まったく手を抜かないよね。下ごしらえとか、完璧にこなしてから作る感じ。ほんとにいつも、これだけちゃんと作ってもらってるから、体調を崩しちゃいけないなって思います」

実は宏樹さんも料理上手で、毎回きっちりではないけれど、土日の食事づくりを担当している。ただ、得意料理の洋風パスタが子どもたちになぜか不人気で、「ママのおにぎりでいい」とか「ええ、パスタ?」と言われたりして、へそを曲げている。最近、趣向を変えて和風パスタを作ったところ、ようやく「おいしい」と言われたんですと、少し照れながら話してくれた。

部屋のなかに、立派なカボチャがいくつも置かれている。気になって、これは? と尋ねると、松下家の菜園で採れたものだそう。松下さん夫婦は野菜づくりもしていて、農薬はもちろん、肥料も与えない「自然農法」でトマトやキュウリなども育てている。カボチャも、たい肥のなかの種が芽を出し、特に手をかけることなく自然に任せてできたもので、今年の収穫はなんと18個!

「毎年、半分は山の猿が持っていっちゃうんですけど、今年はなぜか大丈夫でした(笑)」(彩)

家族だけでは食べきれないので、近所におすそ分けすると、別の野菜が届けられるそうだ。息子さんと娘さんは学校で不在だったけど(娘さんは取材の終わり頃に帰宅した)、賑やかで仲睦まじい家族の様子や、丁寧に作られた料理が並ぶ豊かな食卓が思い浮かぶ。

でも、明るく楽しいだけの「理想の家族」なんて、きっと存在しない。互いに神奈川県出身の松下さん夫妻も、たくさん悩み、いろいろ考え尽くして、2015年、この村に移住してきた。今だって、答えの見えない問いのなかで、手探りしている。そのことに触れる前に、ふたりの歩みを振り返ろう。

 

天職との出会い。


高校を出た後、特にやりたいこともなくフリーターになった宏樹さん。神奈川の地元にあるイタリア料理店でアルバイトをしていた時、ふたりは出会い、付き合い始めた。当時、美大生だった彩さんも、同じ店で働いていたのだ。宏樹さん得意の洋風パスタも、ここで身につけた。

料理を通して、「手を動かしてものを作るのっておもしろいな」と思うようになった宏樹さんは、特に深い理由もなく趣味として革小物を作り始めた。その様子を見た家族から「近所に革をやっている人がいるよ」と教えられて、それからたまにその人の工房を訪ねるようになった。

ある日、工房で作業をしながら「こういうの、仕事にしたいんですよね」と話したら、「革とかものづくりで食べていくなんて、できないよ。食べていくほど売れないから」と言われた。その時、宏樹さんは「やれそうだな」と思ったという。

「基本的に、無理って言われたほうがやる気になるところがあって。それでなんかポッと火が付いたんだと思いますね」

なにかを始めたい、やりたいという若者に、「無理だ」「やめとけ」という人はどこにでもいる。そこで諦めるか、続けるか。宏樹さんは、アルバイトをやめて、20歳の時、職業訓練校で靴作りを学び始めた。授業を受けてすぐに、直感した。「これ、絶対に天職だ!」

「子どもの頃から勉強ができるタイプじゃなくて、中学、高校もできたら休みたいと思ってました。でも、こっちの学校はぜんぜん違って。ひとりで革小物を作ってる時、疑問がいっぱいだったんですけど、学校に行ったら常に答え合わせみたいで、すごく面白いんです。これを仕事にしたら、毎日遊んでいる感じだなと思いました」

 

言い訳をする自分に、嫌気がさした。

修学期間の1年が楽しいままに過ぎ、「やっぱり天職だ」と確信を持った宏樹さんは、就職活動をして東京の紳士靴メーカーに就職した。「パタンナー」という、靴の設計図を作る仕事に就いたが、暇な時期には手縫いの作業を手伝うこともあり、ひと通り現場を経験した。

飽きることなく靴作りに熱中しているうちに、ひとつ、疑問が浮かぶようになった。新しい靴の企画会議に出ると、議論されるのは「デザインがきれいか」「時流に乗っているか」「売りやすいか」ばかり。宏樹さんは足のサイズが25センチと小さいうえに、踵の骨が一般男性よりも細かったので、会議の最中によくサンプルを試し履きしたのだが(メーカーが作るサンプルが25センチだった)、例えば「フィット感がない」「ゆるい」と指摘しても、その意見は無視されて終わった。

「いやいや、靴なんだから足にぴったり合うって大切なことじゃないの?」

履き心地を追求した靴など採用されないから、作り方もわからない。彩さんや友人たちに「靴、作ってよ」と頼まれると、「ごめん、そんな急に言われても、足に合う靴って簡単にはできないんだよね」と言い訳をしている自分に、嫌気がさした。

このままじゃ納得がいかない、足に合う靴が作りたいと試行錯誤しているうちに、四肢に障害がある人のために、石膏で正確な足型を取り、それに合わせて装具を作る義肢装具士の技術にたどり着いた。

石膏を取り寄せ、見よう見まねで自分の足型をとり、そこに液状の繊維強化プラスチック(FRP)を流し込んで木型を作る実験を始めた(プラスチック製だけど、木型という)。実家の自分の部屋に、できそこないの足型がどんどんたまっていった。

独学に限界を感じた宏樹さんは、会社を辞めて義肢装具の技術校に入学した。そこで得る専門知識を靴に活かそうと考えたのだ。

彩さんは、我が道を突き進む宏樹さんを見て、ワクワクしていた。職場などで「彼は靴作りをしている」と話すと、「靴で食べていくなんてありえないでしょ」「そんな仕事で食べていけないよ」と否定してくる人もいたけど、すべてを聞き流して、温かく見守っていた。

「ひろき君が作っている靴はとっても面白いから、絶対大丈夫」。

(つづく)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

第1話(9月19日)
「食べていけないよ」と言われながら突き進む夫と、それをワクワク見守った妻

第2話(9月20日)
きれいに解決なんて、きっとない。だから考える「子どものために何ができるか」

松下宏樹、彩

安曇野郡松川村で、オーダーメイドの靴屋「Forest shoemaker(フォレストシューメーカー)」を営む。「長く履ける、ずっと大事に出来る靴でありたい。森の中を歩くときの気持ちになれる靴」というコンセプトのもと、履き心地にこだわり、一足一足をていねいに手作り。修理も受け付ける。

<Forest shoemaker>
・住所:399-8501 長野県北安曇郡松川村4543
・fax/tel:0261-25-0411
・mail:forestshoes@sa3.so-net.ne.jp
・ウェブサイト:http://www.forestshoes.com/index.html

川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。


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