【粋に生きるひと】後編:きれいに解決なんて、きっとない。だから考える「子どものために何ができるか」

ライター 川内イオ

みるみる減っていく貯金。でも……

「粋に生きるひと」第二弾は、田園風景の一角に、オーダーメイドの靴屋さん「フォレストシューメーカー」を営む松下宏樹さん、彩さん一家を訪ねた。

デザインや流行りに左右されず、「とにかく足にフィットする靴を作りたい」と、紳士靴メーカーを辞めて技師装具の技術校に入った宏樹さん。1年学んだ後の2007年、足が悪い人のためにオーダーメイドの「整形靴」を作っている栃木県の義肢装具会社に就職した。

このタイミングで、妻の彩さんも仕事を辞めて栃木に行くことを決める。宏樹さんは仕事の後、プライベートで靴作りを続けていたので、彩さんも手伝うようになった。

手順はこうだ。まずは石膏で足型を作る。その足型に、液状の繊維強化プラスチック(FRP)を流し込むと、木型(プラスチック製だけど、木型という)ができる。その木型をきれいに削った後、今度は靴の設計図にあたる「パターン」を作る。そのパターンをもとに革を切ったり、縫ったりして、靴ができてゆく。

完成したら、それは世界で唯一、ひとりのお客さんの足にだけフィットする靴になる。だから、できるだけ長く使ってほしいと、次のようなコンセプトにした。「ソールはタイヤを交換するように交換するけど、革はその人に育ててもらう。靴がその人の足なりに育っていく」。

「気に入ったものはできるだけ長く使いたい」という彩さんはこのコンセプトがとても気に入り、靴作りも好きになった。

宏樹さんだけの収入で暮らしていた当時、プライベートの靴づくりにも一切妥協なく、質の高い革や道具を惜しみなく使うので、貯金がみるみる減っていった。

その一方で、自分たちの足で型を取り、ふたりでデザインを考えてイチからメンズとレディースの靴を作った時に、「こんなに素敵な靴だったら、絶対みんなも好きになってくれる」と自信を持つことができた。

お金がない。でも素敵な靴がある。それならやるべきことはひとつ!

「フォレスト」というブランドで靴を売ることにしたふたりは、2007年に開催された「八ヶ岳クラフトフェア」でデビュー。その後は、日中、時間がある彩さんがカバンに靴を詰めて、売り歩くことになった。「行商」である。

「木型とか石膏の足型もぜんぶ持って歩いてたんですよ(笑)。興味を持ってくれた人には、こんなふうに足型を取って、それで木型を作って、この木型で作った靴がこの靴なんです、みたいな感じで説明していました。最初の頃はそんなに売れなくて、なんで?と思っていましたね」

 

指輪のかわりの “結婚木型”

それでも、彩さんの熱意は衰えなかった。その熱が伝わったのか、そのうちにひとり、ふたりと靴を買ってくれる人が現れ、少しずつ「フォレスト」のファンが増えていった。そこで、宏樹さんは腹を括る。仕事との両立は難しい。独立しよう。

「食っていけるという自信があったというより、食っていけるはずという思い込みが強かった。こけたらどうしようとかも考えず、突き進むって感じでしたね」(宏樹)

独立を機に、ふたりは結婚。宏樹さんが彩さんに渡したのは、結婚指輪ではなく、木型だった。

「ひろき君から、靴を作っている時って指輪はできないよね、指輪を買うより、旅行に行くほうがふたりの思い出になるよねと言われたんですよ。確かに、作業中、指輪はしまっておくだけだし、つけなかったら失くしちゃうかもしれないしっていろいろ考えて、結婚指輪代を木型に当てて、結婚木型って呼んでました(笑)」(彩)

家族や友人、知人から結婚のお祝いをもらうと、すべて靴作りに必要なマシンの購入代金として消えた。そのマシンは、今も活躍している。

 

娘の病気をきっかけに、安曇野の古民家へ移住。

2009年に長男、その2年後に長女が誕生。松下さん一家は栃木で幸せな時間を過ごしていたが、まだ長女が0歳の時に心臓疾患が見つかってから、のんびりとしていられなくなった。

ふたりが自然農法で野菜を作り始めたのは、少しでも生命力の強い食べ物を与えて、身体に生きる力をつけてもらいたいという、わらにもすがるような想いからだった。

安曇野に移住したのも、安曇野県立病院の循環器科に心臓病の権威がいたのが理由。そのドクターから「病院から30分圏内のところにいてもらえれば、手術ができる」と言われて、すぐに家を探し始めた。

なんの縁もない土地での家探しは、簡単ではなかった。たまたま出会った人たちから手繰り寄せた細い糸をたどるようにして、ようやく見つけたのが松川村の古民家だった。

もともとリノベーションするつもりだったから古さは問わなかったが、最初に家を見た時、「ここに住めるかな?」と感じたそうだ。草が生い茂っていて、閉鎖的な雰囲気で、どうリノベーションしていいのか、イメージすらわかなかった。それでも、ゆっくり家を探している時間はない。安曇野で家を探し始めてから1年が過ぎた2015年、長女が3歳の時に松川村に引っ越してきた。

それから間もなくして手術が行われ、無事に成功。ほっと一息つきながら、家に手を入れ始めた。まずは、リビングにあった仕切りの壁を取り払い、ひとつの大きな部屋にした。それだけで、部屋の空気が流れた気がした。

最初は外にある倉庫で靴作りをしていたが、冬にはマイナス15度にもなる寒さで、何度か体調を崩した。それで、物置きにしていた和室を改装してアトリエにすることにした。

畳敷きで、屋根が低く、どんよりしていた和室の雰囲気をガラッと変えたのは、設計、デザインをした彩さんのセンス。気の合う大工さんが見つかり、その場、その場でアイデアを出し合いながら、今の爽やかな空間に仕上げた。樹さんも、彩さんも、手先が器用でものづくりが得意だから、DIYも楽しんだ。

「靴を作っていても、ここを工夫したいなと思った時に、意外と大工仕事が必要になることがあるんですよ。例えば、自分が欲しい環境を思い浮かべると、換気扇でも100万円を超えたりする。それを買うんじゃなくて、自分で工夫して理想に近づける。

そうやって自分でできるようになると、なにかあった時に直し方を想像できるんですよね。よりよく知ることが、自分を助けることになると思っています」(宏樹)

 

子どもたちのために、何ができるか。


こうして生活の場を整えながらも、長女の病が頭から離れることはなく、この子を絶対に守らなければという圧倒的に強い思いから、靴作りに集中できない日々が続いた。

「移住してからもしばらくは、とにかく子どもの病気をどうにかしなきゃって、完全に気持ちが子どもと野菜作りに向いていました。この2年で子どもが小学校に入って、ずいぶんと元気になって、そうしたら最近、また靴屋さんやりたいなって思ったんです。その間もずっと靴を作り続けていたから変な感じなんですけど」(宏樹)

恐らく、子どもが元気に学校に通っている姿を見て安心したら、ようやく自分と向き合う時間ができたのだろう。

 

ゲームについて、悩んだ末に出した結論。

これで、めでたしめでたし、ということにはならなかった。今度は、長男に問題が起きた。ゲームの世界に浸るのではなく、もっと家族や外の世界に意識を向けてもらいたいと考えていた夫妻は、長男からゲームを遠ざけようと考えた。

ところが「ゲームの話についていけない」という理由で、長男が学校で嫌な思いをしたことがあった。それがきっかけで、ある日、彩さんは長男から「小学生の時、仲いい友達いた?」「嫌なこと言われた時どうした?」と相談されたという。

なるべく深刻にならないように、「大きくなるにつれ、本当に仲がいい子ができてくるから大丈夫」「子どもの頃に根っからイやな人は大人になっても変わらないから、付き合わなくていいよ」などと答えながら、相談をしてきた息子のつらさを思うと、胸が締め付けられた。

ゲームやタブレットを与えれば、解決することかもしれない。でも、「もっとほかのことに目を向けて欲しい」という自分たちの想いはどうなるのか。宏樹さんと彩さんは悩みに悩んだ末に、ゲームを解禁しなかった。その代わり、友だちが家に来た時、テレビ画面につないでみんなでワイワイするゲームだけは許可した。

同じくらいのタイミングで、家の庭に大きなトランポリンを購入した。宏樹さんと彩さんの友人宅にトランポリンがあって、「体幹が鍛えられるし、自律神経も整うし、大人も楽しめる」と聞いて、それはいいな、と取り入れたのだ。

友だちを呼べばゲームができることになってから、長男は積極的に友だちを家に呼ぶようになった。すると、長男の友だちがトランポリンを目当てに、遊びに来るようになった。それは、両親にとって想定外の嬉しい出来事だった。

この話を聞いて、僕は前回の「粋に生きる人」に登場してくれた高山英樹さんとその家族のエピソードを思い出した。

高山家にはテレビがなかった。それが原因で、ひとり息子の源樹くんが小学生の時、いじめに遭った。不憫に思った教師が「テレビを置いてあげてください」と言いに来た時、高山さんの妻、純子さんは「親がやらなきゃいけないのは、テレビより楽しいことを教えることだと思います」と伝えたそうだ。

そして、高山さんは「もうダメだ、死んじゃうと思ったら、言え。全力で助けるから」と源樹くんに言い聞かせた。すると、源樹くんは、「テレビの話がわからないなら、自分から話題を作ればいい」と気持ちを切り替えて実践し、その見事な作戦でいじめを乗り切った。

松下さんに高山家のエピソードを伝えると、宏樹さんと彩さんふたりとも、安堵したような笑みを浮かべた。人生の先輩の高山家でも同じようなことで苦しみ、それを高山家らしく乗り越えたことに希望を感じたのかもしれない。

この夏、一家四人で海に行った時、長男から「なんで波はあるの?」と聞かれた彩さんは、「なんでだと思う?」と問い返しながら、嬉しさがこみあげてきたという。予想もしなかったつらい経験をしながらも、自然に目を向けて、不思議に思う素直な感性が育まれているのだ。

宏樹さんと彩さんは、子どもたちがトランポリンではしゃぐ様子を見ながら、時には一緒に飛び跳ねながら、上を向く。なにがあっても、家族で一緒に乗り越えていこう。

そして今日も、夫婦でアトリエに向かう。誰かの人生に寄り添う靴を作るために。

(おわり)

【写真】鍵岡龍門


もくじ

松下宏樹、彩

安曇野郡松川村で、オーダーメイドの靴屋「Forest shoemaker(フォレストシューメーカー)」を営む。「長く履ける、ずっと大事に出来る靴でありたい。森の中を歩くときの気持ちになれる靴」というコンセプトのもと、履き心地にこだわり、一足一足をていねいに手作り。修理も受け付ける。

<Forest shoemaker>
・住所:399-8501 長野県北安曇郡松川村4543
・fax/tel:0261-25-0411
・mail:forestshoes@sa3.so-net.ne.jp
・ウェブサイト:http://www.forestshoes.com/index.html

川内イオ

1979年生まれ。大学卒業後の2002年、新卒で広告代理店に就職するも9ヶ月で退職し、03年よりフリーライターとして活動開始。06年にバルセロナに移住し、主にスペインサッカーを取材。10年に帰国後、デジタルサッカー誌、ビジネス誌の編集部を経て現在フリーランスエディター&ライター&イベントコーディネーター。ジャンルを問わず「規格外の稀な人」を追う稀人ハンターとして活動している。稀人を取材することで仕事や生き方の多様性を世に伝えることをテーマとする。


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