【せつなさを考える】後編:優柔不断のなかにある「優しさと柔らかさ」を大事にしたい

文筆家 大平一枝

満ち足りた中の寂しさを

 失恋をして、何もする気がおきず、本を読んでいても悲しみを思い出してしまい、文字が頭に入ってこない。もちろん作品も書けない。

 三浦さんはある日、「短歌なら読めるかな」と、歌集を読んだら、引き込まれたらしい。よし、自分もやってみようと、出来上がった作品を親友に送った。「うお〜〜、すごい」と褒められ、いつしか短歌は趣味に。それを知っていた友人の松本壮史監督から、自作の短歌から『青葉家のテーブル』に合う作品の提供を頼まれたのである。

 スカートをひるがえしてる
 ぼくは無限
 夏のすべての風鈴よ鳴れ

 いつだって複数形の
 ぼくたちが
 流星群をなぎ倒しゆく

 私は、恋だけが持つ、爽快な万能感を心地よく思った。
 たった31文字の短歌からも、独自の世界観と精神性がにじみ出てくる。

 ところで劇団の代表作『いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて第三高等学校』は、等身大の群像劇である。スクールカーストやいじめなどの事件は一切起こらず、観劇後、だれもがふわっと優しく幸せな気持ちになれる。

 いつ高シリーズを「カーストものにしたくなかった。むしろカーストなんてない世界の物語を書きたかった」と語った。

 そんな“悲しみ”ではなく、当たり前のなんでもない守られた日々がいかに輝き、だからこそいかに儚いかというゆたかな“寂しさ”を、「いつ高」で描きたかったのではなかろうか。──それはきっと恋も同じだ。

 

別れに向かって創り、別れに向かって生きている

「演劇って、集まることと離れることを繰り返す芸術だと思うんです。そういう意味では、演劇をやること自体が“寂しい”を考える事かもしれません。そこから繋がりますが、別れるということが、ずっと僕の大きな一つのテーマなんです」(三浦さん)

 家族という集まりも同じことが言える。

 我が家は、『金曜エッセイ』(石鹸が溶ける前に)にも書いたように、長男が大学を卒業してすぐ結婚した。
 家族とは、ずっといるものだと思っていたし、永遠にシャツを洗ったり、小言を並べ続けるものだと思いこんでいたが、そうではないと初めて思い知った。

 家族とは、生まれおちた瞬間から、あらかじめ別れが用意された集まりなのだ。二十歳の娘もいつか出ていくだろう。夫と同時に死ぬこともあまりない。そうしてみると、しみじみと家族とはものすごい壮大な別れのドラマを生きることであり、子育ては、せつない別れの作業でもある。

 うんうん、ちょっとわかる気がします、と彼はうなずいた。
 劇団ロロは、日本大学藝術学部時代から10年間同じ仲間と続けている。まだ一人もやめていない。
 三浦さんは、劇団仲間との別れが今から恐怖でしょうがないという。

「ずっと仲間がいてくれるとは想像できないんです。いつか別れるだろうな、と思いながら、その別れに向かって創っているというのがすごいことだなと思うのです」

 家族も、同じ志を持った仲間も、永遠に一緒ではない。どんな付き合いにも別れがある。私達は別れが用意された中で、生きている。それがいつかわからないだけだ。だから、切なくて寂しいし、いまが輝いていて愛おしい。

 失恋して、俺はこれから寂しさを悲しさから救う!と宣言した三浦さんは、生きている“いま”の輝きを、喪失したくなかった。そして、いまも、演劇の仕事をしながらずっと寂しさを救い出そうとしているのではなかろうか。

 

優柔不断の「優しさと柔らかさ」を大事にしている

 こうして書いていると三浦さんは自信満々の迷いのない人のように見えるが、劇団を旗揚げしてから今日まで「優柔不断で、10年間、迷いだらけです」と、笑う。

「作品を作っている最中から、“こう言ってるけど本当にそうなのか? 逆なんじゃないか?と、違う方向を試す。で、また戻るみたいなことをずっと繰り返しています。こういう取材が終わった後も、ああなんであんなこと言っちゃったんだろうって、すぐ反省を始めちゃいますし」

『はなればなれたち』(前述)に、煩悩を持ちよく迷いためらうユニークなロボットが登場する。そのセリフに、「私は優柔不断だけど、優柔不断だという四字熟語の、優しさと柔らかさを大事にしているんです」というのがある。

 三浦さんは、あとから「これは今の自分が考えていることの中で大事な言葉だ」と気づいたそうだ。
 優柔不断には、そういう面もあったかと私は、心を打たれた。だとしたら、優柔不断でいることも、悪くない。

 悟りきってしまったら人生はつまらない。人工知能のロボットはいわば悟りを知らない。いや、あるいは悟りきったところから始まっているともいえる。作品に出てくるロボットのように、優柔不断にためらったり、迷う時間があるから、答えのひとつをつかんだときに喜びが増す。その時間が長いほど、手に入れる果実は甘い。

 三浦さんと話しているとなんだか、どんどん抱えてきた荷物が軽くなってゆく。

 

遅いことの美しさ

 言葉に繊細で敏感であることは、ときにわずらわしい。人に面倒がられるかもしれないし、私が逆の立場でも、煩わしいと思うこともあるだろう。
 だが、「自分の気持ちを、自分の言葉で、誰かに伝わるようとする姿勢」はどんな意見であれ、尊く、否定されるべきものではないと、今強く思う。

 たとえば、三浦さんがロロを旗揚げし、動員が伸びていくのと、日本でツイッターが始まり拡大していく時期はちょうど重なる。当初、彼はワクワクしてツイッターを見ていたという。

「自分の知らない言葉が不意に入ってくるのはすごく面白い、新しいコミュニケーションツールだなって。でも今は気軽につぶやけない。書きかけて、何かの自分の立場を表明しそうだなとやめたり。そう億劫になることが続いて、まずいなと思いました。もう一回、人と対話すること、別の考えや言葉が入り込む余地を作りたい。アウトプットを諦めないでいたいですね」

 そのためには、何が必要なんだろう。時として対話は、論争や炎上に形を変える。いきおい、もっと煩わしいことにもなりかねない。

「必要なのは、スピードを落とすということではないでしょうか。いわば、遅い対話です。今はツイッター的というか、すぐ感情的な言葉がでる。僕は、感情と言葉の距離をもう少し離して、優柔不断に沈黙したり、逡巡したりする時間をもっともっととりたいです。そのあとに言葉をチョイスしても遅くないんじゃないかと。だから最近は、速度を落とすこと、そこから生まれる対話に、とても関心があります」

 遅いから考える。想像する。物語が生まれる。
 対話のスピードを落とすことで、相手を慮る。自分を整える。
 即レスでなければいけないことより、即レスだからこそ生まれるマイナスがどれほど多いことか。

▲名指せない感情、優柔不断、居心地などのキーワードから三浦さんが思い浮かべた本を取材時に持ってきていただいた

 三浦さんが最近影響を受けたという本を、私も読んだ。
『居るのはつらいよ』(医学書院)という、精神科クリニックのデイケア施設に勤めた体験を綴った東畑開人さんの本だ。三浦さんは言う。
「これを読んで、飽きるとか退屈に感じる心理は、けしてネガティブなものではないと初めて知りました」

 寂しさ。優柔不断。即レスによる快適。暇や退屈。私がいいと思ったり、良くないと思っていた感情の概念を、今日はことごとく気持ちよくひっくり返された。
 もやもやしていた霧が少し薄くなった。この先の言葉の問題は自分で考えよう。時間をかけて。

 きっと三浦さんが人一倍繊細で不器用だからこそ、掴めたにちがいない答えのおすそ分けを、私は幸福な気持ちで反芻している。

(おわり)

 

【写真】鍵岡龍門
【撮影場所】大平邸


もくじ

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三浦 直之

ロロ主宰/劇作家/演出家。2009年日本大学藝術学部演劇学科劇作コース在学中に、処女作 『家族のこと、その他たくさんのこと』が王子小劇場「筆に覚えあり戯曲募集」に史上初入選。 同年、主宰としてロロを立ち上げ、全作品の脚本・演出を担当する。 自身の摂取してきた様々なカルチャーへの純粋な思いをパッチワークのように紡ぎ合わせ、様々な「出会い」 の瞬間を物語化している。そのほか脚本提供、歌詞提供、ワークショップ講師など、演劇の枠にとらわれず幅広く活動中。2016年『ハンサムな大悟』第60回岸田國士戯曲賞最終候補作品ノミネート。

ロロ新作本公演『四角い2つのさみしい窓』
2020年1月30日(木) – 2月16日(日)
脚本・演出|三浦直之
会場|こまばアゴラ劇場 ほか
http://loloweb.jp

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文筆家 大平一枝

作家、ライター、エッセイスト。長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』『紙さまの話』(誠文堂新光社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。「東京の台所」(朝日新聞デジタル&w),『そこに定食屋があるかぎり。』(ケイクス)など連載多数。一男(24歳)一女(20歳)の母。

大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com

 


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