【レシート、拝見】故郷の味とインド旅。東京で生きる彼女を支えるもの

ライター 藤沢あかり

 


岩佐知布由さんの
レシート、拝見


 

よく風が通る古いマンションの最上階。おじゃますると、「自粛中にどんどん増えてしまって」という、たっぷりのグリーンが出迎えてくれた。
キッチンや洗面所に棚を取りつけ、扇風機は動かしやすく自作のキャスター台車に。自分の手を動かして日常を楽しむ姿勢が、部屋のあちらこちらから伝わってくる。

今回レシートを拝見するのは、インテリアスタイリストの岩佐知布由さん。

刺身の盛り合わせに寿司酢、きざみ海苔に大葉。
明細から、きっとごちそうだなと想像していたら楽しそうな声が返ってきた。

「すごくひさしぶりに友人が家に来てくれたときのレシートですね。
実家でよく食べた混ぜ寿司をつくりました。それだけだとちょっと寂しいなと思って、煮浸しも。たっぷりの刻み生姜を入れた出汁で、豚バラ肉とナスを一緒に煮るんです。実家での定番で母に教えてもらったレシピです」

料理上手な母と、登山が趣味の厳格な父、そして3歳違いの姉。愛を込めて「なんにもない」と笑う茨城のつくばで社会人になるまでを過ごした。

「基本的には家でご飯をつくって食べます。もちろん、お弁当を買って帰る日もありますよ。得意とは言えないけれど、料理をするのは好きです。

こっちのレシートは、アジの開きをほぐして冷汁に挑戦してみた日かな。すごくおいしかったんですよ。でもわたしの場合、冷汁はつくっても一緒に食べる春巻きは買ってきたお惣菜。そう思うと母がつくる食卓はすごかったですね。一汁三菜どころか四菜、五菜と並ぶ日もありましたから」

つくることも食べることも楽しんで、料理と付き合える人なのだろう。ひさしぶりに訪ねてくる友達においしいものを食べてもらいたいと思ったとき、紐解くのがレシピ本よりも実家で食べた味の記憶だなんて、育ってきた温度がじんわりこちらにも伝わってくる。

「家の素朴なご飯が好きなのは、おばあちゃんっ子というのもあるのかもしれません。もう90歳を超えましたが、鎌倉の山の上で今も元気に畑仕事をしています。スマホも使いこなすんですよ」

好物のミョウガが、蝶のように可憐で透明感のある花を咲かせることを教えてくれたのも祖母。小さい頃から大の仲良しで、大人になった今では尊敬する人でもある。長引くコロナ禍で、様子を案じて送ったメールへの返信はこうだ。

「『世の中はコロナで騒がしいけれど、わたしは毎日家の掃除をしたり、畑仕事をしたり、なんら変わりありません』って。強いですよね。祖母は、誰よりも働き者で、草むしりをして、家じゅうをピカピカにして。そういう当たり前のことを、ずっと続けてきた人なんです」

インテリアスタイリストらしく、なにか雑貨や暮らしの道具などの買い物は最近ありましたか?と尋ねると、マーガレット・ハウエルのレシートを見せてくれた。真新しい、鉄器のすり鉢だという。

「ロバート・ウェルチというイギリスのプロダクトデザイナーの作品です。スパイスをすりつぶすものなんですが、見つけたとき、あ!これでゴマがすれる!って思いました。すり鉢をずっと探していたんです、胡麻和えをつくりたくて」

イギリスのモダンなデザインに胡麻和えを浮かべる姿に、実家や祖母を慕う彼女のルーツが垣間見える気がした。

 

なりたい自分と今の自分の隙間を埋めたもの

スタイリストとして独立するまでの道のりは、迷ったり試したりの連続だったらしい。
インテリアデザインの学校を卒業したものの、自分の可能性を信じすぎるあまり、まだ若い実力との折り合いがつけられない。いくつめかの会社を辞めたあと、目指したのはインドだった。

「25歳のころです。ヨガにはまっていて、教室の友達と『みんなちょうど無職じゃない!? インド行っちゃう?』って」

気軽に聞こえるけれど、父からの「帰ってもうちの敷居をまたぐな」と言わんばかりの反対を押し切っての旅だったというから、並々ならぬ決意だったに違いない。

「途中からは、ひとりで旅を続けました。そこでの経験が自分を強くしてくれましたね。どこでも生きていける!という自信になったし、インド人の生命力の強さも印象的でした」

インドへ行けば人生観が変わるとは、よく聞く話である。
3ヶ月後、はたしてインドの旅は、自分を縛りつけていた考えから解放してくれた。デザインにこだわらなくてもいい。やれることをやってみよう。

とはいえ気持ちは吹っ切れても、仕事が簡単に見つかるわけではない。ようやく採用をもらえたのは、コンサバ系のアパレルブランドの販売員。それでもやりがいをもって過ごしていた矢先、また転機がやってきた。3・11の大震災だ。

「先のことはわからないと思ったら、自分が心からやりたいと思えることを仕事にしたい、というところにまた戻ってきたんです。

そのとき、じっくりと考えました。ずっとデザイン職にこだわっていたけれど、デザインはゼロから生み出す作業です。それよりも、今あるものをうまく組み合わせながら、作り手や作品の魅力を伝えるような橋渡しはどうだろう。インテリアスタイリストなら、それができるんじゃないかって」

そこへきて憧れていたスタイリストが、たまたまアシスタントを募集していたというから、人生のめぐり合わせを思わずにはいられない。

最近は、これからの在り方を方向づけるような仕事にも出会った。

「茨城の霞ヶ浦のほとりにたつ、古い造り酒屋を改装したゲストハウスの仕事です。なんにもないと思っていた茨城だけど、その『なんにもない』を味わい尽くすコンセプトに共感しました。これからどんな仕事をしていきたいかと考えたとき、わたしは人を癒したり、リセットする気持ちになれる空間をお手伝いしていけたらいいな、って。自分の力は小さくても、スタッフと力をあわせることで予想を超えるいいものが仕上がる達成感も経験しました。

スタイリストって勉強することも多くて、わたしなんてまだまだ。でもようやく、もっと勉強したい、もっとやってみたいと思えることが見つかった気がしています」

取材を終えたあと、「良かったら食べていってください」と、あらかじめむいて冷やしておいた梨を出してくれた。くし切りに、かわいらしいフラミンゴのピックが刺さっている。そういえば、スーパーのレシートにはどれも果物があった。スイカにキウイ、そして梨。

「おばあちゃんがいつも言ってました。朝のフルーツは金、昼は銀、夜は銅、って。実家では食後に必ずフルーツが出ていたから、今もその習慣は残っています」

都会に暮らす人の心を支えたり、温めたりするのは、こんなささやかなことかもしれない。
自分が主婦の立場になった今、こうして誰かがむいてくれたものを食べるのはいつぶりだろうかと考えながら、冷たい梨で喉をうるおした。

 

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岩佐 知布由

インテリアスタイリスト。インテリアデザインを学んだのち、会社員やアパレル販売等を経て、フリーのインテリアスタイリストに師事。2018年に独立し、雑誌、広告、カタログなどでインテリアや雑貨、暮らしに関わること全般のスタイリングや、ショップのディスプレイ、住宅などの空間コーディネートを行う。

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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