【レシート、拝見】日日草の咲く庭に、鈴虫の声

ライター 藤沢あかり

 


杉浦さやかさんの
レシート、拝見


 

阿佐ヶ谷駅から商店街を抜け、にぎやかさが少し落ち着いた路地の先に、その家はある。
うっかり勝手口からおじゃましそうになり、慌てて玄関側にまわった。そういえば、勝手口がある家を見なくなり久しい。なつかしい風情のかんぬきを引いて門をくぐる。小さな庭がある、昭和の面影が残る一軒家。

住人は、イラストレーターの杉浦さやかさん。「人生の切り売りです」とはご本人談で、普段のおでかけや子どもとの暮らし、引越しにまつわる家づくり、果ては婚活や今の夫との出会いに至るまで、自分のまわりの出来事をイラストと言葉で綴っている。

妊娠を機に始めた家探し。庭つきの家に憧れつつも、都内では広さも価格もなかなか厳しく、やはりマンションかと思っていた矢先、意外な出会いがあった。

「“コスパの鬼”の夫が、破格の値段の物件を見つけてきました。
売主のおばあちゃんも、『安くしすぎたかしらね』って笑っていたくらい。希望者も殺到したそうですが、無事一番乗りだったわたしたちが引き継ぐことになりました。築45年くらいになるのですが、古い雰囲気が気に入っているのでリフォームは少しだけです」

古さに価値を見出してくれる人と出会えてよかったねと、この家に思わず声をかけたくなる。ふと目をやると、キッチンのカウンターに小さな日日草が飾られていた。

「夏花火っていう品種らしいです。素朴な、野の花みたいな雰囲気の花が好きで。
月に一度、高円寺に髪を切りに行くときに必ず寄る花屋さんがあるんですが、安くていい苗が揃っていて、これもそこで買いました。安いものだと3鉢500円なんていうのも。ベゴニアやケイトウ、千日紅とか、苗はだいたいここで買って、庭に植え直すのが楽しみなんです」

庭いじりが好きなのは、母親譲りだという。

「ひとり暮らしのころに住んだ長屋にも、小さな庭がありました。母と一緒にその庭づくりをしたら、すごく楽しくて。
母は庭師みたいな人で、千葉にある実家もジャングルみたいなんですよ。花が大好きなんです。自分の庭から選んだ苗を両手にいっぱい抱えて、うちに勝手に植えていったりして。78歳になる今も、そうやってときどきやってきます」

庭いじり同様、今ではライフワークのようなおでかけも、記憶をたどれば親の影響があるのかもしれない、と杉浦さんが教えてくれた。

「高校の卒業旅行のスケジュールは、父が立ててくれたんです。この電車に乗って、乗り換えはここ、乗り遅れたらこっちに……というのを調べて、そういうのを考えるのが大好きな人でしたね。

でも卒業旅行って、仲のよかった友達4人で行く旅行ですよ。そのうえ山登りが好きな父らしく、千葉の鋸山が組み込まれていて。わたしは小さい頃から、サイクリング15キロ!とか、父の体育会系のおでかけで鍛えられていましたけれど、まさかの登山に友達はヘロヘロになっていました(笑)」

ワンダーフォーゲル部を通じて出会ったという父と母は、小さい頃から子どもたちを山に、海にと連れて行ってくれた。10歳で、兵庫の姫路から東京に引っ越してからは、たびたび家族で東京見物を楽しんだという。

「こうやって話していると、父はすごいマイホームパパみたいですけどね。わたしたちには優しかったけれど、大酒飲みで週末は二日酔い。機嫌が悪いときもあって、母は苦労したみたいです」

杉浦さんが茶化すようにつけ加える。父親は14年前に他界したそうだ。

 

いつもの場所にも、知らない一面がまだまだある

「こっちのレシートは、仲のいい友達と映画を見にいったときです。『ブックスマート』を観てきました。この日は無印良品で見たい洋服があったので、大型店がある新宿の映画館を選びました。そうそう新宿といえば、この居酒屋が好きで……」

一枚のレシートから、数珠繋ぎのようにおでかけスポットが次々に飛び出し、その街の楽しみがあふれだしてくる。行きたい場所をついつい詰め込んでしまうから、ついてこれる友達は少ないんです、と杉浦さんは笑う。

「そのくせ、ひとりでお出かけや食事に出るのは苦手なんですよね。だからいつも誰かを誘います」

なんだかちょっと、意外だった。

ひさしぶりに“ゆりかもめ”に乗ったら、レインボーブリッジの下を通ると知らず大興奮したこと。子どもの頃は家族で外から眺めるだけだった迎賓館を、大人になって参観したら金ピカゴージャスなおもしろい世界が広がっていたこと。

ほんの少しレシートを見せてもらっただけで、わたしの知っている東京がぐんぐん広がっていく。

「わたしの描くイラストは近場が多いですね。運転ですか? 苦手で車に乗る機会がなかったから、更新を忘れていて……。免許証、いつのまにか消えていました」

長年ペーパードライバーであるわたしは、狭い世界の中で生きている気がして、それがコンプレックスだった。もちろん、できないよりはできたほうがいいのかもしれない。でも杉浦さんを見ていたら、自分のすぐそばにも、まだまだ知らない世界がたくさんあることにうれしくなる。東京の街にも、自分の住む街にも、うちの小さなベランダにも。

取材中ずっと、リリリリと鈴虫の声が響いていた。
夏の名残の日日草と鈴虫。そうか、庭の楽しみはこんなところにもある。週末はわたしも、ベランダの鉢に新しい苗を植えてみようかと考えた。

 

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杉浦さやか

イラストレーター。日本大学芸術学部在学中からイラストの仕事を始める。独自の視点で切り取った、のんびりとしたタッチのイラストとエッセイは熱烈なファンも多く、絵本の挿絵も手がけるなど、活躍の場を広げている。最新作は、東京の街を歩いて魅力を紹介した『ニュー 東京ホリデイ』(祥伝社)。https://www.shodensha.co.jp/ssp/

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ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。大学卒業後、文房具や雑貨の商品企画を経て、雑貨・インテリア誌の編集者に。出産を機にフリーとなり、現在はインテリアや雑貨、子育てや食など暮らしまわりの記事やインタビューを中心に編集・執筆を手がける。

写真家 吉森慎之介

1992年 鹿児島県生まれ、熊本県育ち。都内スタジオ勤務を経て、2018年に独立し、広告、雑誌、カタログ等で活動中。2019 年に写真集「うまれたてのあさ」を刊行。

 


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