【57577の宝箱】てのひらに無数の言葉を掬いあげ 時をはらんだ詩(うた)を呑み込む

小説家 土門蘭

積ん読が多い。
読み終わっていないのに新しい本を買うから当たり前の事象ではあるのだけど、多分いま、300冊くらいあるんじゃないかなと思う。過去最多だ。

少し前までは、読みきれないほどの本を持つことに対し、罪悪感や焦りみたいなものがあった。でも、100冊を超えたあたりからそういったことを感じなくなってきて、代わりに今は、増えていく積ん読の書物たちに希望や喜びのようなものを感じている。

だってまるで、自分の部屋が小さな書店になったようじゃないか。わたしがこれから読みたい本だけで構成された、とても小さな本屋さん。それが自分の住む家にあるだなんて、なんて幸福なことなのだろう。

§

子供の頃から本は読んでいたが、読書好きだったかというとそうではない気がする。

ひとりっ子で鍵っ子だったわたしは、時間なら誰かにあげたいほどあったので、退屈をまぎらわすために図書室で借りた絵本や児童書をよく読んでいた。だけど、夢中になったり感動したりといったことはあまりなく、内心「他人の話を読んで何になるのだろう」と思っていた。
ファンタジー、昔話、伝記、学園コメディ、ミステリー……さまざまな登場人物が出てきて、ドラマが巻き起こる。だけどそれをひと通り見届けると、わたしだけ元の世界に戻ってきてしまう。わたしの人生だけ、何も変わらない。本を閉じるたびに「傍観者なのだ」と痛感させられるようで、それを紛らわすためにまた本を読んだ。時間を塗りつぶしてくれるなら、なんでもよかった。わたしはただただ、寂しかったのだと思う。

それを変えてくれる本に、中学1年生のときに出会った。
江國香織さんの『きらきらひかる』という青い文庫本だ。タイトルがひらがなで読みやすそうだと思い、手に取った。ひっくり返して裏表紙を見ると、こんな言葉が書かれていた。

「私たちは十日前に結婚した。しかし、私たちの結婚について説明するのは、おそろしくやっかいである」

すっと、引き込まれるように読み始めた。純粋で、過剰で、それでいてとても優しく誠実な登場人物たち。今思えば、中学1年生が読むには少し早いのかもしれない。わたしがあの頃この物語をどこまで理解していたのかはわからないが、「ああ、こんなふうに生きていてもいいのか」と思ってとてもほっとしたのを覚えている。

こんなふうに、「自分」に忠実に生きている人たちがいる。それは時に生きづらく、時に傷つくことだけれど、彼らが笑うと心から嬉しく、彼らが泣くと心から悲しくて、こんな気持ちは初めてだと思った。

不思議なことにその本は、読み終えても寂しい気持ちにならなかった。本を閉じて元の世界に戻っても、彼らが今もどこかで存在していることが感じられた。
彼らは彼らで、今もどこかで「自分」に忠実に人生を生きている。わたしもそれを感じながら、ここで「自分」に忠実に生きようと思うのだ。

そうか、本を読むってこういうことなんだな、と初めて理解できた瞬間だった。誰かが誰からしく生きる姿を見て、自分も自分らしく生きようとすること。読み終わったとき、わたしの人生は変わっていないけれど、わたしがよりわたしらしくなっている。ひとりだけど寂しくないのは、わたしがわたしを受け入れられるようになっているからなのだろう。
その時、自分がどんな本を好きなのかを理解した。わたしはわたしらしく生きていい。そう思わせてくれる本が、自分は好きなのだと。読書好きになったのは、その時からだ。

今でもその本は、わたしの本棚に大事にしまわれている。自分を見失ったとき、立ち返る物語として。

§

高校時代、国語を教えてくれていた恩師から、こんなことを教わったことがある。わたしが本を読む上で、今でも指標としている言葉だ。

「生きている間に読める本は、とても少ない。だから50ページ読んでおもしろいと感じなければ、すぐにその本を閉じなさい。今読むべき本はそれではなく、他にあるはずだから。それに巡り会うまで、たくさん本を読みなさい」

それからもうひとつ、と、彼女は言った。

「もし生きるのがいやになったら、自ら死を選ぶ前に、100冊本を読みなさい。100冊読みきる前に、もう一度生きてみようって思うはずだから」

このふたつの約束を、わたしはずっと覚えて守っている。多分、中学時代にそれを実際に体験したからなのだろう。自分が今読むべき本を見つけ、それによって救われたこと。その体験を、数年後に先生に肯定されたようで嬉しかった。

だからわたしの積ん読は、希望であり喜びなのだ。ずらりと並ぶ背表紙を見ていると、これから何があっても大丈夫だという気持ちになる。もし生きている間に読みきれなくても、それはそれでいい。すでにわたしは、ここにまだ読んでいない本があるという事実から、その恩恵をもらっているのだから。

 

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。


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