【57577の宝箱】君が焼くたまごは 君が好きな味 やさしく甘い命を食べる

小説家 土門蘭

料理が苦手だ。

とは言え、しないわけにはいかない。食べさせねばならない子供がふたりいるので、なんとかかんとか毎日自炊をしている。
豚の生姜焼き、煮魚、焼きそば、ハンバーグ、カレーやシチュー。レシピを見れば作れることは作れるし、家族も特に味に不満はなさそうなのだけど、料理が得意だとか好きだとかはなかなか思えない。

自分が作るのは義務だからであって、人が作ったほうが断然おいしい。できることなら、誰かに作ってほしい。毎日そう思いながら、台所に立っている。

§

この間ある仕事で、特殊な材料を使ったグラノーラの作り方を取材した。
わたしはもともと「グラノーラは買うもの」と考えていたので、もちろん作ったことなどない。取材させてくださった彼はまず、レシピに必要な調味料を出して見せてくれた。わたしの家にもある、見慣れた調味料ばかりだった。

それから、実際に作り始める。そう言えば、料理をしているところを取材させていただくのは初めてかもしれない。そんなことを考えながら、フライパンで材料をローストし始めた彼の横に立って、彼の手元をじっと覗き込んだ。

彼は黙って、ゆっくりと材料を炒る。じっくりと色を見たり、ときどき匂いを嗅ぎながら。わたしはすぐに「どのくらいの時間ローストするんですか?」と尋ねた。彼は「15分か、20分くらいかなぁ」と答える。そしてゆっくりかきまぜながら、またじっくりと色を見たり、ときどき匂いを嗅いだりした。それ以外は何もしなかった。ただただ、食材が変化していく様子をのんびりと、そして注意深く見ていた。

もしわたしだったら、と思う。わたしだったら、スマートフォンでSNSやニュースを見ながらかき混ぜてしまうだろう。あるいはちょっと手を離して、お皿を洗ったり拭いたりなど、できる家事をしようとするかもしれない。
15分や20分といった短い時間のはずだけど、こんなふうにじっくり食材と向かい合うなんて、したことがなかったなと気がついた。そう思うと、目の前でじっくりと食材を炒る彼の姿が、とても豊かなことのように感じてきた。

途中でレシピ通りの調味料を順に加えたあと、彼はさらに蜂蜜を追加した。
「僕は甘いものが好きだから、これは好みで」
と少し恥ずかしそうに笑う。

匂い、色、味を確認し、グラノーラは彼好みのものに仕上がった。彼が作り上げた、世界でひとつの料理。粗熱をとったできたてのグラノーラは、今まで食べた中でいちばんおいしかった。

§

帰り道、カメラマンさんと「おいしかったですね」と話しながら歩いた。できたてのグラノーラってすごくおいしいですね、と彼女もわたしが思ったのと同じことを言っていた。

「わたし、グラノーラってお店で買うものだと思ってました。『買ったほうが早い』って思っちゃって。だから、パンとかお菓子とかも全然作ったことないんですよね」
そんなことを打ち明けながら、でもそんなふうにわたしが省略してきた時間や工程の中に、ああいう時間があったんだということに、初めて気がついた。食材と自分の感覚の、対話の時間。

するとカメラマンさんが、
「うちでは母がよくパンを作ってましたよ。酵母から」
と言ったので、「酵母から!?」と驚いた。
「はい、酵母を日の当たる所に置いて、『育ってきてるねぇ』とか言ったりして」
思わず、幼い頃のカメラマンさんとお母さんの姿を想像する。瓶の中をじっと覗き込んで、笑ったり喋ったりしているふたりのことを。そうやってできあがったパンを食べるときは、どんなに嬉しい気持ちだったろう。

そのときわたしは、自分が料理のときよく言う言葉に、
「せっかく時間をかけて作っても、すぐに食べ終わっちゃうじゃない」
というのがあることに気がついた。だから時間をかけるなんて無駄なんだと思っていたのかもしれない。
でももしかしたら、料理をしているときからわたしたちは何かを味わっているんじゃないだろうか。どんな味にしようか、どんな食感やどんな色合いにしようか、どんなふうに仕上げようか。目の前の食材と自分の感覚を対話させながら、世界でひとつの料理を作り出す。もし一瞬でその料理がお腹の中に収まったとしても、その長い対話の時間は、豊かな味わいとして身体に残るんじゃないだろうか。

「いいなぁ、楽しそう」と思わず呟くと、
「パン、作ってみたらどうですか。楽しいですよ」
と、カメラマンさんが言った。
「作れますかね」「作れますよ」

彼女と別れたあと、自分の焼いたパンについて思いを馳せてみた。
わたしが作るパンは、どんな味がするんだろう。せっかくだから、とことん自分好みの味を目指してみようか。わたしの好きなチョコレートや、果物を入れてみるのもいいかもしれない。グラノーラを作った彼が、はちみつをもっと垂らしたように。

「それは絶対おいしいな」とウキウキしてくる。
そうか、料理ってこういう感じなのかな。義務じゃなくて、楽しんでいいものなのかも。このウキウキしている妄想の時間から、料理は始まっているのかもしれない。

今度の休みは、パンを作ってみよう。そう思いながら、家に帰った。

 

“ 君が焼くたまごは君が好きな味やさしく甘い命を食べる ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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