【57577の宝箱】種を植え光を注ぎ水をやる もの言わぬ芽は愛に応える

文筆家 土門蘭

魚釣りが趣味の友人がいる。

家が近いので、ときどき釣ってきた魚を調理して持ってきてくれる。鮎を飴炊きにしたものとか、ワカサギをてんぷらにしたものとか。この間は、「グリルに入れて焼くだけでええよ」と、塩を振った鯛を持ってきてくれた。そのたびにありがたく、おいしく頂戴している。

一度釣り道具を見せてもらったら、大小さまざまな道具がたくさんあった。どれもきちんと手入れをされ、どこに何があるかわかるように整理されて、物置の一角で使われるのを待っている。
彼は休日になるとそれらを車に積み込んで、まだ暗い早朝から海へと向かうのだそうだ。そして何時間か釣竿を傾け、魚を獲ってくる。帰ってきたら自分でさばいて調理する。その一連の流れがとても楽しいのだと彼は言った。

魚と言えば、切り身をスーパーで買うばかりのわたしは、魚釣りに行ったことがほとんどない。子供のころに父に連れていってもらったが、ずっとぼんやりしているのがつまらなくて、誘われても行かなくなってしまった。釣れないことだってあるのに、重たい道具を持って朝から海へ向かう父のことが、全然理解できなかった。

「でも魚釣りって、大変そう」
そんな父のことを思い出しながらふと漏らすと、彼から「そら大変やで」と予想外の返事が来た。「道具は重たいし、朝は早いし、釣れへんこともあるし」。まるで心が読まれているようで、ちょっとうしろめたくなる。

「だけどなにごとも、好きでいるのには努力がいるもんやんか。魚釣りを楽しんでずっと好きでいるためには、それ相応の努力がいるもんやで」
そう言って彼は、笑いながら釣り道具たちに視線をやった。

§

鮎の飴炊きを持って帰りながら、彼の言葉を振り返る。なるほど、趣味とは時間と労力によって守られるものなのだなと、感動する気持ちだった。

今や読書する以外ほぼ無趣味のわたしにだって、かつては趣味がいろいろあった。音楽が好きでよくフェスやライブに行っていたし、映画が好きで映画館にも通っていた。花が好きでいつも部屋に飾っていたし、友人と文通をしていたこともある。

年齢や環境の変化から、自然と遠のいたと思っていたその趣味たちだけど、もしかしたらわたしは楽な方へ、楽な方へと流れていっただけなのかもしれない。そして流れていった結果、好きなミュージシャンの曲を生音で聴く興奮も、大きなスクリーンに映る俳優の表情を見る喜びも、知らず知らず手放していったのではないだろうか。花によって感じる季節の移ろいも、ポストを覗き込む待ち遠しさも。

彼が道具を手入れし、早朝から準備をするように、わたしもその趣味たちに手間をかけ続けられていただろうかと思う。趣味を好きでいられるように、努力しただろうか。

「好き」という気持ちは自然に起こる感情かもしれないが、放っておくと消えてしまう。「ずっと好きでいるためには、それ相応の努力がいるもんやで」

彼にもらったタッパーの蓋を開けると、鮎が飴色につやつや光っていた。じっくり時間をかけて煮込んでくれたのだろう。わたしもそんなふうに、何かを愛せたらいいなと思った。

§

最近よく、「楽しく生きる」とはつまり、「人生の中でどれだけ『好き』なものがあるか」ということなのではないだろうかと思う。

好きなお店、好きな国、好きな食べ物、好きな人。
好きな作品、好きなゲーム、好きなスポーツ、好きな動物。
それらを好きでいるには時間や労力が必要だし、勉強をすることだって大切だ。知識や体力やお金もいるし、もちろん根気だっている。だから、わたしは歳をとるたび趣味が減っていったのだろうと思う。

だけど逆に言えば、好きという気持ちは努力で培われうる、ということじゃないだろうか。出会いがないとか、おもしろいことがないとか、もう歳だからとか、何かのせいにするのではなく、自分が成長し変化することで好きなものを作り守っていける。そう考えると、世界にはこれから「好き」になれるものがいっぱいあるのだという、嬉しい気持ちになってくる。

彼はおじいちゃんになっても、魚釣りを続けているだろう。わたしはそのときひとりのおばあちゃんとして、彼にどれだけ「好き」なものを語れるだろうか。

 

“ 種を植え光を注ぎ水をやるもの言わぬ芽は愛に応える ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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