【57577の宝箱】ハンカチにアイロンあてて 一日のお守りのような押し花つくる

文筆家 土門蘭


ゆりちゃん、という友達がいる。

高校生の頃、同じクラスだった。小柄で、おしゃれで、性格も良く、かわいらしい。またかわいらしいだけではなく、身のこなしや物言いがどこか上品で大人っぽかった。

家族の仲がすごく良く、大きな犬を飼っていると聞いて、そんな感じするなぁと思った。きっと家の中もきれいに片付き、毎日おいしいご飯が用意されているのだろう。ゆりちゃんの家には一度も遊びに行ったことがなかったが、わたしはひとり、そんな想像をたくましくしていた。決して上品とは言えない家庭でどちらかと言えばガサツに育ち、バスケ部でバリバリの体育会系だったわたしは、彼女の品のよさを羨ましく思い、憧れのまなざしで観察していた。

彼女を見ていると、なんだか心が満たされるような、優しい気持ちになった。まるで可憐な花を眺めているようで、人間でも花になれるんだなぁと思っていた。名前もゆりだし。

そのうちわたしは観察するに飽き足らず、自分もゆりちゃんのようになれないだろうか、と果敢にも考え始めた。ゆりちゃんとは容姿も性格も家庭環境も違うが、行動や姿勢を真似るなどの努力をすれば、わたしもわたしなりの花になれるのではないだろうか。ほら、名前も蘭だし。

そんなことを思いながら、わたしはゆりちゃんの観察を続けていた。ゆりちゃんは、そんなわたしの目線になど気づかぬまま、毎日花のようなかわいらしさで存在していた。

§

観察の結果わかったのは、ゆりちゃんは大変なきれい好きである、ということだった。
机の中もカバンの中も整理整頓が行き届き、いつもアイロンでプレスされたきれいなハンカチを持っている。ゆりちゃんのハンカチは、シンプルなコットンのハンカチだった。

これなら真似できるかもしれない。わたしはそう考え、さっそく実行に移した。机の中もカバンの中も、おまけに筆箱の中も財布の中も整理した。それから、駅前にある街唯一のデパートにハンカチを買いに行った。ここならどんなハンカチだってあるだろう。ゆりちゃんみたいなスマートなハンカチだって。

だけどそこでわたしの目を奪ったのは、シンプルなコットンのハンカチではなく、レースのついた薄くなめらかなハンカチだった。うすいグレーの下地に、同じくグレーの糸でつるバラの刺繍が施してある。
明らかに高校生が持つようなものではない。トイレに行って手を拭いたら一瞬でびしょびしょになるような、実用性のない高級ハンカチだ。友達が見たら、ガサツなわたしには「似合わない」と言って笑うだろう。

ゆりちゃんが持っているようなコットンのハンカチももちろんあった。でも、わたしはレースのハンカチが気になってしかたがなかった。見ていると、なんだか心が満たされるような、優しい気持ちになる。それはわたしが身に付けたい「花」なのだ、と思った。

わたしは思い切ってそのハンカチを買った。2枚買おうと思って持ってきたお小遣いを1枚で全部使ってしまったが、なんだかすごく嬉しかった。

§

後日、手洗い場でゆりちゃんと一緒になった。他愛のない話をしながら、手を洗い、ハンカチで拭く。ゆりちゃんはいつものハンカチを取り出し、わたしはレースのついたハンカチを取り出した。見られるのが気恥ずかしく、そそくさと隠れるようにハンカチで拭いたのだが、ゆりちゃんは「あっ」と声をあげた。

「そのハンカチ、蘭ちゃんが選んだの?」
お母さんではなく自分で選んだのか、という意味だろう。うん、と答えると、ゆりちゃんが見たいと言うので見せてあげた。ハンカチはやはりびしょびしょに濡れていたが、ゆりちゃんはそれを見て、
「すごくかわいいね。なんだか蘭ちゃんらしい」
と言って笑った。

わたしは驚いて、「えっ、そうかな?」と聞き返した。だってこのハンカチとわたしではあまりにもキャラが違いすぎる。そんなことは自分でもわかっている。

でもゆりちゃんは、まるでコットンのハンカチみたいに清潔な笑顔でこう言った。
「うん、だって蘭ちゃんってきれいなものが好きでしょう? だから、そのハンカチも蘭ちゃんらしくて似合ってる」

§

今でもわたしは、ハンカチにアイロンを当てるたびにゆりちゃんのあの言葉を思い出す。
「だって蘭ちゃんってきれいなものが好きでしょう?」
そしてそのたび「そうだね」と、もう20歳も年下になってしまったあのころのゆりちゃんに返事をする。どうしてゆりちゃんは、わたしがきれいなものを好きって知っていたんだろう。ゆりちゃんも、きれいなものが好きだったからだろうか。

いつも整えられていた身辺、アイロンのあたったハンカチ、気持ちの良い所作。そういえば彼女は、人の悪口や愚痴なども滅多に言わなかった。わたしはそんな、きれいなものを選び取り身につける彼女が好きだったのだ。

きっと彼女自身、生まれながらに「花」なのではなく、努力して自分だけの「花」を身に付けていった人なのだろうなと思う。だから人の「花」に対して、あんなにも嬉しそうな顔をしたのだろうなと。

今はもう、あのレースのハンカチは手元にない。それでもデパートに行くと、ハンカチ売り場をのぞいては、ゆりちゃんが「蘭ちゃんらしい」と褒めてくれそうなハンカチを探してしまう。

 

“ ハンカチにアイロンあてて一日のお守りのような押し花つくる ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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