【57577の宝箱】もし君の心に猫がいたならば 満たされた音を鳴らしているね

小説家 土門蘭


以前この連載で、毎月1日に「気持ち的な初詣」をひとり執り行っている、ということを書いた。近所にある神社に自転車で行き、お賽銭を投げて手を合わせる。先月の無事のお礼と、今月の無事のお祈りを込めて。

この文章を書いている日は9月1日なのだけど、今日も朝から自転車で神社へ行ってきた。初めて行き始めたのが確か4月だったので、もうすぐ1年半が経つ。1年半の間、毎月欠かさずお参りに行った。神社はいつも清々しい空気に満ちていて気持ちが良く、いつの間にか私の楽しみな習慣になっていた。

手水舎で手を洗いハンカチで拭いてから、大きな鳥居をくぐり抜ける。緑の多い神社で、階段の両脇を背の高い木々が覆っている。深呼吸をしながら階段を上がると、人がいたりいなかったり。神様が多くいる神社なので、それぞれの神様に挨拶をするために、20分ほど歩き回ることになるのだけど、普段運動不足なのでそれもありがたい。階段を上がったり坂を上がったりしながら、手を合わせてはお祈りする。

以前は人がいないのをいいことにたくさん願い事をしていたけれど、最近では3つほどに限られてきた。仕事、家庭、プライベート。どれも毎月、願う内容は同じことだ。健やかに愉しく、満たされながら過ごしたいと思う。

時々、答えが見つからない悩みを打ち明けることもある。「私はどうすればいいと思いますか?」と、神様に無茶振りのようなことをするのだけど、鳥居を出て少し時間が経ったあとには、自然と答えが出てくるから不思議だ。スッと腑に落ちるような答えが、いつもちゃんと出てくる。それが神様の仕事なのか時間の効用なのかはわからないが、私にとってはここで悩みを打ち明ける、ということ自体が大事なように思う。

§

すでに歩き慣れた境内の中を行きながら、ふと、
「自分のためにこれだけ祈ってくれる人がいるんだから、これからもきっと大丈夫だ」
という気持ちになった。
「祈っているから大丈夫だ」ではなく、「自分のために祈ってくれる人がいるから大丈夫だ」と。

「自分のために祈ってくれる人」とはつまり私自身のことなのだけど、それはまるで他人のような感覚だった。いつも私のことを一番に考えてくれる、いつも私の味方でいてくれる、そんな信用できる他人。

自分のことをそんなふうに感じるのは初めてだったので、とてもおもしろいなと思った。
自分と自分の関係性が変わっていっている。この1年半の間に、信頼関係が築かれている。

おそらく私は私のことを、行動によって信じ始めたのだろう。自分のために毎月お祈りをしに行くこと、その行為を休むことなくずっと続けることで、私は私を信じられるようになったのだと思う。

「自分のためにこれだけ祈ってくれる人がいるんだから、これからもきっと大丈夫だ」
そう思えるくらいに。

§

私が一人暮らしを始める時、母がこんなことを言った。
「自分を大事にしてくれるのは自分しかおらんのじゃけえ、一人でもちゃんとするんよ」
私はその言葉を、寂しい言葉のように捉えていた。所詮一人だと言われているようで。母子家庭で私を育てた母の言葉だからこそ、そのように聞こえたのかもしれない。

だけど今になって考え直してみれば、「自分を大事にしてくれる」存在は、確実にすぐそばにいる、とも捉えられる。繋がりの不確かな他人に委ねるよりも、確かにここにいて片時も離れない自分がそれを引き受ける方が、ずいぶん心強く安心できるだろう。

ただ、信頼関係というのは一朝一夕では築かれない。何事においても、相手が誰でも、時間がかかる。
いくら言葉で耳障りの良いことを言ったって、いくらご褒美を与えてもらったって、それが気まぐれで不定期であれば、不信感はどうしたって出てくる。そもそも私は、疑い深い人間なのだ。愚直なまでの行動の繰り返しでしか、私は人を信じられない。自分と自分の関係性においてもそうなんだと、この日の参拝でようやく自覚した。

やっと、自分が自分を信じ始めたのだな、と思う。
それがとても嬉しかった。自分が自分を信じてくれるって、なんて嬉しいことなんだろう。まるで毎日食べ物をあげ続けることで、人見知りの猫を手懐けたような気持ち。大丈夫、君のことは私が面倒を見る。

一人暮らしを始めた時からもう20年近く経っているが、ようやく「自分を大事にしてくれるのは自分しかおらん」という言葉の本当の意味がわかったような気がした。

§

帰ってから、仕事場兼リビングの掃除をした。毎日の習慣である、掃除機かけ、雑巾かけ、トイレ掃除。最近はハッカ油というものを購入し、雑巾に染み込ませて床拭きをしているのだけど、これがスッとした良い匂いがして気持ちいい。私の中の目つきの悪い猫が、嬉しそうに伸びをする。

神社でのお参りだけではなく、こういう日々の積み重ねが、自分との信頼関係を築いていたのかもしれないな、と思う。掃除、料理、身繕い、休息、たまのご褒美。

「私には私がいるのだから大丈夫だ」と信じてくれる人がいるのなら、私はその信頼に応えたい。

私の中の猫が安心して生きていけるよう、私自身が動いていこうと思う。

 

“ もし君の心に猫がいたならば満たされた音を鳴らしているね ”

 

1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。

 


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