【レシート、拝見】世界の畑につながる、都会の小さなビオトープ

ライター 藤沢あかり


良原リエさんの
レシート、拝見


 

古い一軒家の庭には、100種を超える草花や木々。小さな虫やカエルが暮らし、野鳥やチョウが行き交い羽を休める。都会の一角で小さなビオトープを育む、音楽家・良原リエさんのレシートを拝見した。

昨年の5月に、青い自転車を買った。電動アシストはついていない。周辺はそれなりに高低差のある土地だけれど、横浜出身の良原さんにしてみれば「坂の赤ちゃん」だという。自転車のおかげで、ぐんと行動範囲が広がり、自由に新しい景色に出合う楽しさを知った。隣町まで足を延ばすと、懐かしい商店街があり、いまは気に入りの店をひとつずつ増やしているところだ。とりわけよく行くのは、いつでも新鮮な肉屋、そして八百屋。

「最近は八百屋も、プラスチックのトレイや袋に入っているところがほとんどでしょう。でも、ここで買うとザルに入っているから野菜だけ持って帰れるんです」

ちなみにお会計は、上からさげたカゴからお釣りを取り出す、昔ながらの方式。つまり、レジがないからレシートもないらしい。

そうして出てきたレシートは、多くが園芸用品やペットショップのものだった。みつばにセロリにパセリの苗。ペットショップでは、カブトムシの土やエサ。ひとつひとつは少額でも、それなりの量だなと重なりを見ながら思う。

「わたしは植物、息子は生き物に夢中です。庭に来るチョウやその幼虫、カエル、夏にはカブトムシやザリガニ。飼いたいもの、調べたいものが多いから、土やらケースやら餌やら。自分の興味あるものにはもちろん、子どもの興味にもなるべくお金を惜しみたくないんです。本も同じで、新刊も古本も、気になるものはできるだけ買うことにしています。わたしはコスメをほぼ買わないし、洗剤は食器と洗濯の2種類だけ。ついいろいろ欲しくなるから、ドラッグストアにも行かないようにしています。だから、そこでお金のバランスを取っているのかもしれないですね」

良原さんは、本業の音楽はもちろん、植物のほかにも料理、リメイクやDIY、手芸などにも長け、いくつも本を出している。そのどれもが、暮らしと仕事、趣味との垣根を超え、ゆるやかにつながる。

「わたしに似たのか、息子も興味のあるものにはとことんタイプ。だから一緒に庭に出たり、虫について調べたりしながら、勉強を、そうだと気づかれないよう生活に紛れ込ませたりもして。生き物に愛情をかけることで、命についても学んでいます。好きなものを通じて、自分の世界をどんどん掘り下げていってほしいと思っているんです。

それで18歳になったら、子育ては終了予定。いまは9歳だから、ちょうど折り返しです。そのころには行きたい進路がある程度見えているだろうから、自分から家を飛び出すくらいの子に育てたいですね。あとは好きにやってもらって、しっかり子育てしたぞー!っていう充実感とともに、わたしは行方をくらますつもりです」

行方をくらます? どこか田舎にあこがれの移住先があるのだろうと聞いていたら、視線の先は、ずっと遠いところにあった。

「世界中の農園で、住み込みで働く『WWOOF(ウーフ)』に参加したいんです」

ウーフとは、世界各国で有機農家のホストと、ウーファーと呼ばれる登録者、その両者をつなぐしくみである。ホストは寝どこや食事、農業の知識や経験を、そしてウーファーは労働を提供する。ひとつ屋根の下で家族のように暮らし、そこに金銭のやり取りが発生しないのも特徴だ。

「知り合いの紹介で、オーストラリアの女の子2人を家に泊めたことがあります。彼女らはウーファーとして農業を手伝い、合間でライブをしながら世界中をまわっていました。それを聞いて、自分もいつか行くぞ!って」

ところがその「いつか」よりも先にやってきたのは、息子の妊娠だった。待ち望んでやってきた命、まずは子育てを全力で楽しもうと切り替え、今の暮らしがある。子育ては、生活と植物や食をこれまで以上に近づけ、世界をまわるという夢は、さらに色濃くなった。

「植物と人との関わりを、もっと知りたいんです。食べられる植物と、それを食べてきた人たち。家の近くで畑も借り始めたのですが、夏はナスがすごい勢いで、食べても食べても減らなくて。まわりにもたくさん配って、それでも追いつかず一時は途方に暮れていました。きっと、そういう地域が世界中にあるわけですよね」

苦心と工夫の末に生まれた、土地に根ざす家庭料理が知りたい。情報としてではなく、一緒に手を動かし、土の匂いをかぎ、味わいたい。それがいまの良原さんの夢なのだ。

「だから終の住処もいらないです。家があると、子どもが戻ってきちゃうから。子どもにはメールアドレスだけ伝えておこうかな。なにかあったら相談にはのるけれど、どこにいるかは分からないし、お金の援助もしない。そのくらいのほうが、好きなことを仕事にする覚悟が決まり、自分の世界を切り拓いていけると思うんです」

母のわがままではない。好きなことを仕事にする喜びや楽しさ、そして苦しさや難しさを、良原さんは誰よりも感じてきたはずだ。若き下積み時代も、昨年からのライブやイベントが軒並み中止になった時期も。だからこそ、「好き」の重みも、強い覚悟の大切さも知っているのではないか。

そんな彼女の未来予想図を、家族はどうみているのだろう。

「夫ですか? どうでしょう。どうしても行きたいって言ったら一緒に来てもらおうかなぁ」。そう笑いながらも、「でもこれは、あくまでもわたしの夢。これからゆっくり家族で話し合って、決めていけたらいいなと思っています」と付け加えた。

 

おいとましたあと、近くの交差点でスタッフらと話をしていたら、道の向こう側を良原さん夫妻が通りかかるのが見えた。ランチにでも行くのだろうか。
良原さんのワイドパンツと夫のTシャツ、申し合わせたようにどちらも鮮やかなグリーンだったので、「お揃いですねー!」と声をかけたら、顔を見合わせ、びっくりしたように笑っていた。

期せずしてペアルックで歩く二人を見送りながら、良原さんが異国の畑にいる姿を想像した。勝手な想像だけれど、夫も隣にいる気がして、なんだかいいものを見せてもらったような、ほかほかした気持ちになった。

 

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良原リエ

音楽家。アコーディオン、トイピアノ、トイ楽器の奏者として、Eテレ「いないいないばあっ! 」をはじめ、映画やTV、CM、アニメ、他アーティストの楽曲などの演奏、作詞、作曲、編曲などの制作に関わる。著書に「食べられる庭図鑑」「たのしい手づくり子そだて」(ともにアノニマ・スタジオ)など。Instagramのアカウントは『@rieaccordion』 http://tricolife.com/

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。

写真家 長田朋子

北海道生まれ。多摩美術大学卒業。スタジオ勤務を経て、村田昇氏に師事。2009年に独立。


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