【心地よい住まい】後編:暮らしのなかの感覚を信じること

ライター渡辺尚子

建築家の中村好文さん(なかむら・よしふみ、愛称はコーブンさん)が週末を過ごすのは、大磯の丘の上にある小さな家。

庭先にある小屋は、たくさんの心地よい居場所でできていて、たった4畳半強の建物なのに、中はたっぷりとして豊か……というお話を、前編でお伝えしました。

後編では、暮らしのなかの感覚を信じることについてご紹介します。

前編から読む

 

窓からの眺めが日々のごちそう

そもそもこの家は、もとはといえば若い施主さんの依頼で設計したもの。

好文さん:
「でも、作ってみたら僕自身、ここの眺めが、すっかり気にいっちゃってね。

大磯には『こゆるぎの浜』という素晴らしい浜辺があって。九十九里の海の近くで育ったので、いつかは海のそばに暮らしたいと思っていたんです。それで、7〜8年前に譲ってもらったの。いまは、ここが終の住処になると思っています」

 

旅先で気づく、暮らしの根底

好文さんは毎夏、夫婦でベネツィアに滞在するのを楽しみにしています。

知り合いの人のアパートを貸してもらって、1ヶ月半、そこで暮らすのです。

好文さん:
「ベネツィアは街のサイズが僕にはちょうどよくて、街としての居心地がいいんですよ。

たとえば朝、カフェにいくと、労働している人たちもみんなでコーヒーを飲んでたりする。掃除のおじさんやおばさん、裁判官、魚市場の人、みんな一緒にね。それがいい感じだな、と思ってね」

どうやら好文さんは、観光客とは別の視点をもって、街を観察しているようです。

好文さん:
「旅人ではなく生活者として暮らすと、面白いんです。たとえばゴミはどう分別して捨てるのか?とか、そのゴミってどこに収集されるのか?とかいった、暮らしの根底に気づくことがね。

東京では仕事が中心になるから、どうしても生活より仕事に集中してしまうでしょう。だから、年に一度はヴェネツィア暮らしすることにしていたんです」

そうは言っても、東京にいるときの好文さんも、日常のなかで、生活者としての感覚を磨いているそうです。

その一つが、料理。事務所のお昼は、スタッフと一緒に自炊しているそうです。

事務所にはしっかりとしたキッチンがあり、昼時が近づくといい匂いが漂ってきます。みなさん、食いしん坊で料理好きばかり!

好文さん:
「そう、買い物に出る人、料理する人と、くじ引きで役割を決めてね。

僕は自分を住宅建築家だと思っているから、そういう感覚が大切なんですよ。

いまは旅に出られないのが、残念。もう2年、ベネツィアには行っていないなあ。

パンデミックを経験して、なにかが大きく変化した気がする。旅に出られなくなったことみたいに名指せることとは別の、なにかがね。それがなになのかは、まだわからないけれど。

一方で、日常はそんなに変わらない。マスクや手洗いは変化のひとつだけれど、朝起きることや、ごはんを食べることは変わらずに続いていくんだよね」

 

落ち着く居場所をつくるコツ

▲好文さんの著書『百戦錬磨の台所』から。障子紙で「改装」した、ベネツィアのアパートにあるキッチン。

思わず吹き出してしまった話もありました。

ベネツィアのアパートにつくと、まずは、2日、3日かけて、部屋のしつらえを自分好みにするのだそう。家具の配置を変えたり、ちいさな棚をこしらえたり、キッチンのタイルを耐火性の白いシートで覆ったり。

そういえば、好文さんの設計事務所の名前は「レミングハウス」。レミングというねずみは、自分のすみかをくまなくなめるのだそうです。

好文さん:
「レミングは、そうやって巣穴をなめきると、ほっとするらしいんですよ。僕のつくる住まいにも、そういうところがある。それにねずみ年だしね」

たしかに、なめまわすように自分の居場所をしつらえるのは、まるでレミングのようです。

そういえば、小屋を訪れたとき、プラスチックや金属はほとんどありませんでした。てのひらに触れるのは木や布。二階へ続く扉の取手さえも、好文さんが自作した革紐でできていました。全体から見たらちいさな部品ですが、そこまでこまやかに心をくばるところは、レミングが巣穴をすみずみまでなめて居心地をよくしていることと似ているようで……

好文さん:
「木材は、生きものだから、ねじれたり歪んだりといった性質がある。思うような形になるまで、人のほうから木に寄り添わなくてはいけない。でもそれが木製の家具を作る醍醐味と言えるかもしれない。僕は家具をつくる仕事もしているのでね。

木で家具をつくるのも、暖炉に火を起こす時も、関わる側が謙虚にならないとできない。でも、その制約の中でする仕事が面白いんですよね」

 

心地よさの感覚を信じる

レミングが自分のすみかを舌でなめてたしかめるように、わたしたちの住まいも、手で触れて、足裏で感じて、ときには寝転んで、心地よく整えればいい。

たとえば、ドアノブの代わりに革紐を結んでみたり、障子紙を壁に貼って落ち着いた質感にしたり。すべてはきっと、工夫次第。スペースが狭くたって、あの小屋のように素敵な場所ができるのだから。

好文さん:
「そう。心地よさって体で感じるものでしょう。理詰めで考えるのではなく、どちらかというと、動物的な勘の世界。それほど難しいことではないと思うんです。

ほら、犬や猫も、夏は風のとおるところで涼むし、冬は日の当たるところで眠るでしょう。人間だって広くとらえれば動物だから、同じこと。冬になって暖炉に火をたけばほっとするし、夏に風が通れば気持ちいい」

自分の感覚を、もっと信じてみよう。心地よさを基準に、わたしの住まいも、見直してみようかな。

好文さんのお話をきいているうちに、わくわくしてきたのでした。

 

【写真】上原未嗣

 


もくじ

 

中村好文(なかむら・よしふみ)

建築家。1948年千葉県生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業。宍道建築設計事務所勤務ののち、都立品川職業訓練校木工科で学ぶ。吉村順三設計事務所を経て、1981年レミングハウスを設立。1987年「三谷さんの家」で第1回吉岡賞受賞。著書に「住宅読本」「住宅巡礼」等。最新の著書は「百戦錬磨の台所 vol.1vol.2」(学芸出版社)。

 


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