【レシート、拝見】家族をしあわせにする、わたしの好きなもの

ライター 藤沢あかり


坂下真希子さんの
レシート、拝見


 

キッチンの奥に、香ばしく焼きあがった6個のふくらみが並んでいるのが見える。週に一度必ず焼くマフィンは豆腐入りで、ふんわりもっちりした食感がお気に入りのレシピだという。

「木綿3個パック」のレシートは、この材料。

「飽きない性格なのか、同じものを繰り返し作ることが多いですね。このお豆腐マフィンも、何度焼いたかわかりません。家族のためではなく100%自分のため、わたしの朝ごはん用です。昨日も、どうしても作りたいのに夕食準備のときに忘れたことに気づき、あわてて買い足したくらい」

坂下真希子さんは、会社員として自社の焼き菓子やジャムの商品企画に携わるかたわら、料理やパン屋めぐりの趣味が高じて、パンに合う惣菜を使ったお弁当本も手がけている。

毎日必ず行くというスーパーや製菓材料、あちこちのパン屋。おいしそうなレシートが重なるなかに、手芸店の一枚があった。

「年末に帰省するので、ワンピース用の生地を選びに行きました。義母は器用で、いつも子ども服と一緒に、わたしの服まで作ってくれます。今日着ているのも、そうなんです」

坂下さんのブラウスと、隣でくるくると揺れている小さなワンピースは、揃いの緑のギンガムチェック。ゆったりとしたシルエットで、着心地も良さそうだ。

「義母はお友達と一緒に、洋裁クラブのようなことをやっているんです。子どもたちが独立したあと、空いた部屋にミシンを置いて。古い着物をワンピースにリメイクしたり、小物を縫ったりして、道の駅に置いてもらっているそうです。毎週、みんなでわいわい集まって……、楽しそうですよね」

大人のブラウスのほうは、年3度の帰省のたびに「この袖はもっと長く?」「身幅を広げてみよう」と、2人でああでもない、こうでもないと修正を重ねてきた。そうして、ようやく納得のいく形に仕上がったのは、つい最近のこと。

「ここにくるまで10年以上かかりましたから、壮大な合作プロジェクトです」。丈や身幅、袖のディテールに至るまで、流行や体型を選ばぬ絶妙な具合。Tシャツやカーディガンを組み合わせながら通年着られるデザインは、嫁と姑の長きに渡るコミュニケーションの軌跡でもあるようだ。

熊本に暮らす義母とは、いわく「テンポが合う」。
最初こそ緊張し、互いに気遣いあっていたが、実家は温泉地。あっという間に裸の付き合いになった。

「自然と女同士でいろいろなことを話すようになりました。ご近所さんの畑や、おいしかった料理のこと、そんなたわいもない話も楽しくて。あっちとこっちで離れていても、なにかあると『お義母さん、ちょっと聞いてくださいよ〜』って、すぐに連絡しちゃって、つい長電話に。

一緒に台所に立つのも楽しいです。向こうに着くと、義母の『今日はなに作る?』という一言で、献立作りから始まります。普段は料理も片付けもぜんぶひとりだから、ふたりでできるのはすごくしあわせに思います」

普段、料理が嫌になることはないですか? そんな月並みな質問をしてみたら、「もちろんありますよ」と、さらりと答えてくれた。

「でも、家族にはそれぞれの役割分担があると思うんです。夫は掃除やものづくりが得意。大掃除の号令をかけるのも、古くなったソファを繕ってくれるのも夫です。対して、夫よりもわたしが楽しんでできることが料理。一生懸命作ったのに誰も食べてくれないと、つまらなく感じることもありますが、『やーめた!』ということはないかもしれません。

だから子どもにも、いまは部活と勉強をがんばることがあなたの役割だよ、と伝えているんです。お母さんもがんばるから、あなたもねって。あ、これ、息子が宿題をしていないのに『した』って小さな嘘をついたときに言ったことなんですけど(笑)」

「この間はクッキーを焼いたんだよね」と、隣に座る娘さんが教えてくれた。うすいピンクの缶を開けると、素朴なクッキーがぎっしり詰まっている。花や動物、子どもがよろこびそうな型抜きに、ときどき描かれたスマイルマーク。

「ポップコーンのレシートの日ですね。週末、息子の試験勉強の邪魔にならないようにと親子で映画にでかけ、帰宅後に一緒にお菓子作りをしたんです。ランチに行くつもりだったのに、劇場でふたりともポップコーンを食べ過ぎちゃって。

このクッキー、すごくおいしいんですよ。ピーナッツバターがたっぷり入っていて、甘みはメープルシロップで」

料理にもお菓子にも万能だという、お気に入りのピーナッツバターの溺愛ぶりを聞いているうちに、彼女自身がおいしい、楽しいという気持ちを大切にしているのだということが伝わってくる。そこに、子どもの「やりたい」に付き合わされている様子は微塵もない。

義母が楽しみながら走らせるミシンが誰かの喜びに変わるように、ご機嫌に作る彼女の料理やお菓子が、まわりの人たちを笑顔にする。苦手なものをがんばることも、時には必要かもしれない。でも、それぞれが得意なものを持ち寄れば、家族という歯車はうんと軽やかに回るだろう。

楽しそうに生きる親の姿は、子どもにとってもしあわせな光景だ。我慢や無理を重ねながら、自分の時間を捧げることだけが子育てではない。坂下さんを見ていると、家族というのは互いの楽しみを共有しあう相手なのだと改めて思い知らされる。

二方が窓に面したキッチンの目の前には、桜の木がのびのびと枝を広げている。このマンションが建ったときに植えられたのだとすると、樹齢50年くらいか。春には桜吹雪が舞い込む、この家一番の特等席。そこがキッチンなのは、料理担当への小さなご褒美にも見える。ここから、自分と家族をあたためる「おいしい」が、これからもどんどん生まれていくのだろう。

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坂下真希子(さかした・まきこ)

「アフタヌーンティー・ティールーム」で焼菓子やジャムなどの開発を担当。パンと甘いもの、南インド料理が好き。13歳の息子、7歳の娘、夫との4人暮らしで、週末を山梨で過ごす二拠点生活を実践中。ウェブサイト「外の音、内の香」での連載「毎日パンとサラダ弁当。ときどき山生活日記」や、著書『パンによく合うかんたんサラダ弁当』(立東舎)も。Instagram:@donuts1010

ライター 藤沢あかり

編集者、ライター。衣食住を中心に、暮らしに根ざした取材やインタビューの編集・執筆を手がける。「わかりやすい言葉で、わたしにしか書けない視点を伝えること」がモットー。趣味は手紙を書くこと。

写真家 長田朋子

北海道生まれ。多摩美術大学卒業。スタジオ勤務を経て、村田昇氏に師事。2009年に独立。


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