【あの街に住んでみたら】住みなれた東京から北海道へ。暮らしを替えて、気づいたこと(salvia・セキユリヲさん)

編集スタッフ 奥村

当たり前の日常が変化したこと。そこには、今までの価値観から自由になったという、前向きな一面もあるように思います。

これからの暮らしを考える時、「住まいを移すこと」が選択肢のひとつにあるとしたら。

この特集では、住み慣れた場所から別の地へと “暮らし替え” をした方に、その背景と今の想いを聞きました。

初回にご登場いただくのは、グラフィックデザイナーのセキユリヲさん。東京・蔵前でものづくりをする雑貨ブランド「salvia」(サルビア)を主宰しています。(昨年、当店でもコラボレーションした刺繍スカートを発売しました)

▼salviaと作った刺繍スカート
▲写真:滝沢育絵

そんなセキさんは昨年春、長年暮らした東京を離れ、家族で北海道の東川へ移住。その思い切った決断には、どんな経緯があったのでしょうか。

 

20年暮らした東京を離れ、初めての北海道へ。

▲いまは雪景色の東川。初めて北海道で年を越しました

生まれは千葉、その後東京で20年近く暮らしてきたセキさん。

都心での暮らしに満足しつつ、人生のいつかは自然豊かな場所で暮らしたい、という思いが漠然とあったそう。それが具体的になったきっかけは、子供が家族に加わったことでした。

セキさん:
「もう少し広々したところで子育てがしたい、と思ったんです。当時住んでいた家の周りは車通りが多く、安心して子供達を遊ばせておける場所も少なくて。

自分が生まれた千葉の田舎のように、自然豊かな場所でのびのびと育ってほしい、という思いが次第に強くなりました」

とはいえ、移住するにしても関東圏内だろうと考えていたそう。ところが、旦那さんが仕事で縁のあった北海道・東川に魅力を感じたことがきっかけで、少しずつ移住を意識し始めるように。

地道な土地探しの末、5年前に今の住まいと出合い、娘が小学校に上がるタイミングの昨春、移住に至りました。

 

この場所でも、面白い未来が築けそうな気がする

▲家のすぐそばにある河原へ、子供たちと遊びに

いきなり拠点を移すのは不安だったので、引越しまでの5年間、まとまった休みの時だけ東川で過ごす2拠点暮らしを続けてきたセキさん。

東川の雄大な自然は、東京のそれとは大きく違い、新鮮な気持ちで楽しんでいたといいます。

けれど、やはりはじめての地。居心地は良くても、どこか仮暮らし感が拭えずに、完全な移住まで踏み切れずにいたそう。そんな気持ちを動かすきっかけになったのは、ある出会いでした。

セキさん:
「東川を車で走っていたある日、『森のようちえん』という小さな看板を見つけて、気になって訪ねてみたんです。そこを運営する方たちと話しているうちに、同世代の子供を育てるお母さんたちと知り合って。

何度も見学参加しているうちに、つながりが増えていって、だんだん『ここで暮らせるかもしれない』って思えるようになっていきました。この場所で新しく出会った仲間とも、面白そうな未来が築けそうな気がしたんです」

それまでは、東川での知り合いといえば夫の仕事関係の人。だから自分は『夫についてきている』感覚がどこかであったというセキさん。

自分主体で築ける人間関係ができたことは、すごく大きな後押しになったそう。

その後も人の縁は広がり、今は近所のご夫婦に畑仕事を教わったり、とれた作物を仲間と交換したりと、周囲とのつながりが暮らしの大切な一部になっていると話します。

 

ここに来て、暮らしに “余白” が増えました

▲休日には、焚き火で朝食をとるのが楽しみ

東川に越してもうすぐ1年。暮らしや仕事の面での変化は、実はあまりないのだとか。

リモート環境が充実したことで、仕事上の不便は思った以上になく、最近では子供たちが大きくなり手が離れてきたので、むしろ東京にいた頃よりも仕事に集中できる時間は増えたそう。

だから忙しさは、以前と変わらないまま。ただ、 “暮らしの余白” のようなものが、不思議と増えた気がすると言います。

セキさん:
「今は毎朝、子供達を送り出してから、仕事の前に畑で作業をするんです。

生ゴミをコンポストに入れたり、野菜の手入れや、草取り、土いじりをしたり。ここでは毎日やることが尽きなくて。

仕事だけじゃなくて、それ以外の自分の時間も充実している。そんな実感があるから、そう感じるのかもしれません」

▲庭の畑で、野菜たちを育てています

秋には野生の蔓でかごを編み、冬のはじめには庭で焚き火をしながら、植物の煮汁で草木染めをする。「季節ごとに変わる自然のめぐみを生かそうと思うと、やってみたいことがまだまだたくさんあるんです」と楽しそうに話すセキさん。

“余白のある暮らし” とは、自分らしさがのびのび生かせる暮らしのことなのかもしれません。

 

移住したのは「何かをあきらめたから」ではないんです

東京から北海道への移住。それは、今までの価値観を覆すような大きなことだろうと思っていました。

けれどお話を聞くと、意外なほどセキさんは軽やか。大きな変化はないですよ、とさらりと話す、そのギャップが印象的でした。

セキさん:
「もちろん東京にも好きなところはあります。興味のある展覧会にもすぐ行けますし、本屋さんも近いですし。魅力的だなと思います。

けれど、東川にも素敵なものがたくさんあります。ゆったりした居心地のいい図書館や、地域でとれたおいしい玄米を使ったおにぎり屋さん、絵本に出てきそうなパン屋さん、手作り味噌のお店など。

家の裏に流れる川べりで飲むコーヒーは格別ですし、何より、毎日変化する美しい大雪山の風景を見ると、ここに来て良かったなと心から思います。

わたしはそれで充分に満たされていて。だから、東京に比べて不便だと感じることはあまりありません。

この間、東京の友人が遊びに来て、東川を案内した時に『セキさんは、こっちに来て何かをあきらめたわけじゃないんだね』と言われたんですね。

その言葉が、なんだかすごくしっくりきて。本当にそうだなって思いました」

▲1日の終わりには、田んぼの向こうに夕日が望めます

今より少し、スローな暮らしへ。便利さを手放して、豊かさを手に入れる。

わたしの中で「移住」にはそんな印象がありました。

けれどそれはたぶん違って。セキさんのお話から感じたのは、暮らしを、よりクリアーな視点で捉えていること。

自分にとって何が大切で、何はなくてもいいものなのか。それに気づくきっかけのひとつが、移住なのかもしれません。

セキさんにとっての心地よい暮らしの要素とは、自分にとってはなんだろう?

それを考えてみるだけで、小さな “暮らし替え” は始まっていくような気がします。

 

【写真】セキユリヲ


もくじ

 

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セキ ユリヲ

雑貨ブランドsalvia(サルビア)主宰・デザイナー。2000年よりsalviaの活動をスタートし、古きよき日本の伝統文化に学びながら、今の暮らしによりそうものづくりをすすめる。2021年に北海道・東川へ移住。Instagram:@yurioseki


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