【57577の宝箱】やわらかなあなたのままでいられるよう わたしもなるべくやわらかでいる
文筆家 土門蘭
うちには10歳と5歳の息子がいる。
歳は少し離れているけれど、「そっくりだねえ」と笑われるくらいそっくりな兄弟で、時々ケンカはするが仲が良い。
長男は弟がかわいいらしく、腹が立っても決して次男に手を出さないし、よく可愛がり遊んであげている。次男もそんなお兄ちゃんが大好きなようだ。かしましいこともあるけれど、側から見ていると微笑ましい。
そんな長男は、幼い頃から温厚な性格であまり主張ができないタイプだった。
嫌なことがあったり悲しいことがあっても、何も言わずに溜め込んでしまう。我慢して我慢して、ある日急に、お腹や頭が痛くなって保育園や学校に行けなくなってしまうことが時々あった。
そのたびに、どうして気づいてあげられなかったんだろう、何かできることがあったんじゃないだろうか、とよく落ち込んだ。
彼が小学2年生の時だったろうか。
クラスメイトとうまくいかなくなって、学校に行きたがらない日が続いた。理由を聞き出すと、ここ最近ずっと友達に仲間外れにされたり、からかわれたりしていたらしい。泣きながらそう話す彼を前に、私は内心ひどく動揺していた。長男が自分の手の届かないところで嫌な目に遭っていたなんて、考えるだけで辛い。なんとかしなくては。そう思うのだけど、どうすればいいのかわからなかった。
「嫌なことは嫌だって言わないとだめだよ」
「ちゃんと怒らないとだめだよ」
そう言ってみたが、そもそもそれが難しいのもわかっている。それに、凹んでいる彼をさらに責めるのも違う気がした。
「お母さんが代わりに言ってあげようか?」
長男が言えないなら私が文句を言ってやろうと、そう提案もしてみた。でも、私が出ることでますますこじれるかもしれない。それに、今後常に私がそばにいてあげられるわけでもない。
長男は私の前で、ずっとうなだれていた。
§
結局、クラスの担任の先生に相談することにした。プロの意見を聞いてみようと言うと、長男もそれならOKだと言う。先生は明るくしっかりとした人で、長男も彼女のことは信頼しているようだった。
私が電話をして、先生に事情を話す。すると先生は、
「そんなことがあったんですか、気づかなくてすみません」
と驚いていた。私は「いえいえ、私もずっと気づかなかったので」と返事をする。
「明日、こちらできちんと話をしますので、少しお待ちいただけますか。すぐにご連絡します」
そう言われて、少しほっとする。
「先生、ちゃんと言ってくれるって」
と言うと、長男も安心したような表情になった。その日はコンビニに一緒に行って、好きなお菓子を買ってあげた。
§
翌日、先生が長男とトラブルのあった子供たちを呼んで、しっかりと諭してくれたらしい。その後、みんなで話し合いをしてちゃんと謝ってくれたという。
帰ってきた長男は、久々に明るい顔をしていた。「ちゃんとみんなと話せたで!」と笑っていて、本当にほっとした。
先生から電話がかかってきたので、お礼を伝える。
先生は「とんでもない」と恐縮しながら、
「厳しく言っておきましたので、もしまた何かあればいつでもご連絡ください」
と言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、うちの子も、嫌なら嫌ってハッキリ言えるようにならないとだめですよね。昔から、思っていることをなかなか言えずに溜め込んじゃう性格なので」
私がそう言うと、先生は突然キッパリとした口調で「いえ」と言った。
「彼が変わる必要はありません。そのままでいてくれて大丈夫です」
そんなことを言われるとは思っていなかったのでびっくりする。
「変わるべきなのは、嫌なことをされた側ではなく、嫌なことをした側ですから」
§
その言葉を聞いて、ハッとした。
私は長男に傷ついてほしくなくて、「あなたが変わるべきだ」と言っていた。
「嫌なことは嫌って言わないと」「ちゃんと怒らないと」
傷つかないよう、泣かされないよう、強くなってほしかったのだ。
だけど、先生はそんなこと必要ないという。
「彼は、とっても優しい子です。誰も傷つけてなんかいない。変わるべきなのは、傷つけた側です。だから、どうかそのままでいてください」
先生にそう言われて、私は思わず涙ぐむ。そしてもう一度、
「ありがとうございます。そう伝えます」
とお礼を言った。誰よりも長男の味方でいてくれてありがとうございます、と。
電話を切った後、先生の言葉を長男にも伝えた。すると彼は、
「いい先生やな」
と言った。
「なんだか心が軽くなったわ」
私もだと伝えると、長男は「心配してくれてありがとう」と言った。
§
以来、長男は楽しそうに学校に通っている。学年が上がって、担任の先生が変わった今も、かつて揉めていた子たちとも仲良く遊んでいるようだ。「あの先生はどうしたの」と聞くと、産休に入られたのだと言う。
この間、運動会に赤ちゃんを抱いた先生が来られているのを見た。長男がいち早く駆け寄るのが見え、私はまた少し泣きそうになった。
「みんな、なんだか大きくなったねえ」
と、先生が笑っていた。
“ やわらかなあなたのままでいられるようわたしもなるべくやわらかでいる ”
1985年広島生まれ。小説家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。
私たちの日々には、どんな言葉が溢れているでしょう。美しい景色をそっとカメラにおさめるように。ハッとする言葉を手帳に書き留めるように。この連載で「大切な言葉」に出会えたら、それをスマホのスクリーンショットに残してみませんか。
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