【私の転機】汽水空港モリテツヤさん 後編:畑をしながら本屋を営む。ようやく辿り着いた今がスタート地点

ライター 川内イオ

鳥取県の湯梨浜町(ゆりはまちょう)で書店「汽水空港」を営む、モリテツヤさん。中学生の頃から生きづらさを抱えていたモリさんは大学4年生の夏、就職活動をやめ、「本屋になろう」と心に決めた。その第一歩として彼が選んだのは、意外な道だった。

前編から読む

 

本屋になるために農業を学ぶ

▲汽水空港はモリさんがDIYした書棚に新刊や古本、ZINEなどが並ぶ。今回の取材は現地に行くことは叶わずZoomでお話を伺いました。

素人が本屋をやるなら、まずは現場で働き、商売を学ぶ。それが世の中の「当たり前」だとしたら、モリさんはまったく別の発想をした。

「ほとんどの人はちゃんと店を回すシステムを考えた上で本屋を始めるんですけど、僕は、どうすれば最低限死なずに本屋を運営できるだろうと考えました。自分で食べ物を作れば、死なない。死ななければ店もやれるだろうって」

向かった先は、知り合いが教えてくれた埼玉県の有機農家。米、野菜、牛、鶏を育てている生産者のもとで1年間、住み込みで働いた。

次の1年は、栃木県の那須塩原にあるアジア学院で農業指導のボランティアに就いた。本屋を始める資金を得るために青年海外協力隊になろうと考え、研修先だった埼玉県の有機農家に相談したところ、「もう一年くらい農業を勉強したほうがいい」と紹介されたのだ。

この学校は農業を学びながら農村の指導者になるための研修を行う施設で、主にアジア、アフリカなどから集まった人たちが学んでいる。

働き始めて半年ほど経ったある日、アフリカから来ていた学生に「1年経ったら、どうするの?」と聞かれた。「青年海外協力隊に行きたい」と答えると、故郷で紛争や貧困などを目の当たりにしてきたその学生は、「それもいいんだけど……」と言って、こう続けた。

「先進国と言われる国の人たちが海外援助で来てくれるのはすごくありがたい。でも、なぜ貧困や格差が生まれるかって、富める国が貧しい国から資源や労働力を吸い上げ続けているからだろう。世界平和を考えるなら、君たちが今から暮らしを変えたほうがいいよ」

この言葉に「本当にその通りだ」と納得したモリさんは、「ボランティアが終わったら、すぐに土地を探して本屋をやろう」と考え直す。

 

湯梨浜町での出会い

アジア学院で1年間ともに過ごした仲間たちを見送った2011年春、モリさんは本屋を始めるため、「自然と都市的な文化の距離が近い気がして憧れていた」京都を目指した。

しかし気に入った場所が見つからず、2、3カ月経った頃、知り合いから「鳥取に家賃1万円で田畑付きの空き家があるけど、どう?」と言われ、その話に飛びついた。なんの前情報もなく向かった鳥取で待っていたのは、駅からも遠く、田んぼのなかにポツンと建つ民家だった。

しばらく暮らしてみたものの、「ここで本屋はできない」と悟ったモリさんは、もう一度、土地を探し始めた。その時、湯梨浜町でボロボロの漁師小屋を改装して暮らしていたふたりに出会う。

「その小屋はリビングとキッチンとお風呂が壁もなく同じ空間にあって、遊びに行ったら、ご飯を食べる人の横でお風呂に入る人もいるっていう暮らしでした(笑)。しかも、その生活を町のおばちゃんたちも受け入れてるっていう雰囲気を感じて、これは面白い!と思いましたね」

2013年10月、モリさんは、ふたりが湯梨浜町に作っていたシェアハウス兼ゲストハウスの住人になった。さらに、書店にしようと家賃5000円で小さな廃屋を借りた。開業資金を稼ぐため、隣町で知り合った左官屋さんのもとで働き始め、そこで習った技術で廃屋をリノベーションした。

 

暗雲漂う船出

2015年10月、「世界に幅と揺らぎ在れ」と掲げた汽水空港がオープンを迎えた。「本屋をやろう」と心に決めた大学4年生の夏から、7年の月日が流れていた。

ようやく夢を叶えたという晴れやかな気分に浸れたのは、友人、知人が遊びに来てくれた最初の1週間だけだった。

「準備をしている時から、こんな田舎で本屋やってもやってけないよって言われてたけど、僕は変に楽観的なところもあって、やってみないとわからないじゃないかって思っていました。でも、やってみたら本当に需要がなかった……(苦笑)。3日間誰も来ないとか、1日の売り上げが100円とかそういう日の繰り返しになりました」

まるで生活が成り立たず、平日はすべてアルバイトを入れるようになった。なんとか打開しようと本の著者を呼んでイベントを開催したものの、店のキャパが小さすぎて、著者に謝礼を払うと赤字になった。

どうすればいいのかと頭を抱えていたら、店の隣りが空き家になった。壁をつなげれば、広々としたスペースができる。すぐに借り上げて、DIYで工事を始めた。ところがその半年後の2016年10月、地震でその家が傾いてしまう。修繕に100万円かかると聞いて、心が折れた。

「その時はうつ状態で、時々お客さんが来たら緊張してトイレで吐いていました。それでもお店を広くすればなんとかなるかもしれないと思ったのに、地震で唯一の解決策がダメになって、本当にどうしたらいいかわからなくなりました」

追い詰められたモリさんが下した決断は、再開予定のない一時休業だった。

 

ふたりなら楽しくできる

モリさんを救ったのは、アキナさんだった。その頃、まだ結婚していなかったふたりは、一緒に暮らすことを決めていた。お金に余裕がないふたりは、雨漏りで床が腐っているぼろ家を借り修繕しながら住むことに。それが、うつ状態から抜け出すきっかけとなった。

「それまでひとりで黙々とDIYしていたんですけど、ふたりだとものすごく楽しくて。気持ちもそれでだんだん回復していきました」

前向きな気持ちを取り戻したモリさんに、アイデアが舞い降りた。本屋がある敷地の奥側に、スペースがある。そこに増築すれば、お客さんをたくさん入れてイベントができる!

DIYで工事を進め、2018年7月、リニューアルオープン。カフェスペースも併設した店内は、見違える広さになり、お客さんを40人前後入れてイベントができるようになった。アキナさんと結婚し、支えてくれる存在ができたのもモリさんの安心材料だった。

この頃から徐々に汽水空港の存在が知られ始め、坂口恭平さんなど著名な著者がイベントに登壇するように。それでも本屋だけでは食っていけず、農業にも手が回らなかった。

「平日はアキナが店番、僕は生活費と本の仕入れ代を稼ぐためにアルバイトをして、土日に店番をするようになりました。それでぎりぎり店がまわっている状態が続いていたけど、アキナも農業をやりたがっていたから、ふたりで『こうじゃないよね』という話はずっとしていましたね」

転機になったのは、2020年の春から始まった新型コロナウイルスのパンデミック。感染拡大を防ぐため、汽水空港も休業を余儀なくされたのだが、店をリニューアルして以来、初めて時間に余裕が生まれたふたりは、友人、知人に声をかけ、一緒に農作業を始めた。それは、安らぎと幸福感に満ちた時間だった。

その年の夏、汽水空港を再開するにあたって、ふたりは決めた。

「今の暮らしのスピード感を変えたくない。午前中は畑をして、店は13時から開けよう」

 

「食える公園」の誕生

同時に、ふたりが借りている畑を「公園」という位置づけにすることにした。誰が出入りしてもいいし、農作業をしても、しなくてもいい。公共の場だから、作物は誰が取って食べてもいい。

「夫婦ふたりだったら到底食べきれないくらい作物ができちゃうし、それを売ってお金に変えるつもりもない。それなら、誰でも食べていいよって解放したほうがいいだろうと思いました」

名付けて、「食える公園」。

学生時代、ミュージシャンという肩書きや、お金を稼がなくては生きていけないシステムに疑問を抱いたモリさんは、本屋と農業を組み合わせることで、そのシステムから脱却しようとした。食える公園は、その試みを拡張するための実験だ。その実験は、本屋の存在価値につながる。

一緒に農作業をしている仲間には、「食える公園」にすると伝えて、理解を得ている。しかし、もし誰かが実際に作物を食べたら、不快に思う人もいるだろう。モリさんは、その時に生まれる疑問や葛藤についてみんなで話し合い、どういう態度がベターなのか、考えたいと思っている。

「でもきっと、簡単には解決できませんよね。その時に、本を読む。過去の賢者が似たようなシチュエーションでどう考えていたか、知ることができるじゃないですか。そうすると、本に書かれていることの意味が実生活の中でものすごく結びついてくると思うんです。そのためにも本屋は必要だと思って、運営しています」

 

「意味のないもの」の価値

昨年、子どもが生まれたモリさんは、毎日のように「味わったことのないような気持ち」がどんどん湧いてくるという。子どもができたことで、新たな発見もあった。絵本の読み聞かせをしていると、教訓めいたことが書いていない、特に深いストーリーのない話に心を動かされ、子どももそれを喜ぶ。それは、驚きだった。

「僕は自分の人生を実験だと捉えて、社会にどう作用するかを考えてきました。だから、なにをするにも自分なりに意味を見出してやってきたし、意味がないと動けないっていう状態だったんです。でも、意味みたいなものに囚われすぎていたのかもしれないって気づきました」

思い返せば、モリさんが求めたのは、「自分らしくて、気持ちのいい生き方」。気持ちのよさに、意味なんて必要ないのかもしれない。いま、汽水空港の本棚には絵本が増え始めている。

コロナになってから、農作業にあてるために本屋の営業時間を減らし、著者イベントも減った。それなのに昨年から、モリ家は汽水空港の売り上げだけで食べて行けるようになった。

鳥取県内はもとより、県外からも本好きのお客さんが訪ねてくるようになったのだ。農作物と同じように、手塩にかけてお店を育てたらしっかり芽吹いて、実りの季節を迎えた。

紆余曲折を経ながらも、家族を得てようやく安定飛行を始めたモリ号がどこへ飛んでいくのか。その行方が知りたい方は、ぜひ湯梨浜町へ。

(おわり)

 

【写真】加藤 晴康


もくじ

 

モリ テツヤ

1986年北九州生まれ。インドネシアと千葉で過ごす。2011年に鳥取へ漂着。2015年から汽水空港という本屋を運営するほか、汽水空港ターミナル2と名付けた畑を「食える公園」として、訪れる人全てに実りを開放している。農耕、建築、執筆、焼き芋の販売、本の売買等、さまざまな活動を行う。

 


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