【金曜エッセイ】愛してやまないあのテレビ番組
文筆家 大平一枝
きっと多くの家庭がそうであるように、スマホの普及と反比例して我が家は全員テレビを見なくなった。とくに22歳の娘は1週間でトータル30分も見ていないのではないか。ところが人気ドラマには詳しい。スマホでしっかり鑑賞しているからだ。
子どもが幼い頃はテレビを目の敵のようにして、どう視聴時間を減らすかあくせくしていたのに。今はあの大きな箱に8つの目が集まらないのを寂しく感じるなんて皮肉なものだ。
そもそも、世代も性別も趣味嗜好も違う家族4人が、ひとつの番組に熱中するのもそれはそれで不自然だし、私自身振り返ると中学くらいから、できればひとりでテレビを見たかった。
けれども我が家には、息子が独立し、娘もバイトや大学に忙しい今でも、会うと「あの週の、見た?」と共通の話題にのぼる番組がひとつだけある。
木曜深夜のお笑い番組だ。複数の芸人がひな壇で語るだけのシンプルな構成で、毎回異なるテーマを取り上げる。面白味は個々のトークの実力のみに委ねられている。子どもが小学3年くらいから家族全員、かぶりつきで観るようになった。
今は“毎週録画”という設定にしていて、それぞれ好きな時間に観られる。あれ面白かったよね、あの芸人意外に話うまいよねなどと話すともなく話す。
長男のパートナーも番組のファンなので、ふたりでも延々と話す。若夫婦の新居で、録画したそれを全員で観たこともある。テレビ離れ、茶の間離れが進んで久しい現代において、これはちょっとレアケースではと最近あの番組の価値を見直している。そこに流れていた時間が私や家族にもたらしたものは、案外小さくないぞと。
木曜というのは、月曜から始まった学校や仕事の疲れがたまる頃でもある。あるいは、対人関係かなにかで一つ二つ小さなトラブルが起こる頃。たいていは取るに足らないささやかなモヤモヤである。明日に持ち越したくないが、すぐに解決できるものでもない。そんなとき、私は意図的にあの番組に照準を合わせる。
入浴や家事をやり終えて、きっちり1分前にはテレビの前に座ろうとする。
ゲラゲラ声に出して笑っているうちに、気持ちがほぐれるのがわかる。放映の1時間は忘れていられる。終わると、「あー面白かった」と自然に声が出る。そして、笑いジワのはりついた顔で床につく。
起きたら、モヤモヤは半分くらいになっている。すっかり消えていることだってある。
経験上、夜もひとりで考え事をすると、どうも内省的でネガティブ思考になりがちだ。むりやりにでも笑いの中に身を置くと、小さなことをくよくよ考えるのがめんどうになり、肩の力が抜け、思考の深堀りが収まる。
それがいい。
一説には、笑うとナチュラルキラー細胞とやらが活性化するので免疫力が高まるという話もある。海外では、治療の一環としてコメディを見せる病院もあると聞いた。難しいことはわからないが、15年余毎週木曜日に観続けてきた経験から言うと、ちょっとした悩みや不安、モヤモヤはさんざん笑うと消える。これだけは間違いない。
もうひとつ我が家には効用があった。思春期の難しいときも、お笑いが好きという家族4人共通の嗜好にだいぶ救われた。
毎週繰り返し録画する機能がないビデオの頃、「録っといたよ」「お、ありがと」。口数が少なくなった息子や娘との小さなかすがいになってもくれた。「ママ、始まったよー」と呼ばれることもあった。遅い時間に始まるのだが、早く寝ろと言ったことは一度もない。親の笑い声が聞こえる中で眠れるはずがあるまい。
関西生まれの夫は元来、新喜劇やお笑いの舞台が好きだった。無防備に笑い転げている親を見て、子どもたちも自然にハマっていったのだと思う。
なんだか宣伝みたいになってしまった。
木曜の1時間。茶の間で、個室で、新しい家族のいる別の家で。同じ空間、同じ時間に観ることはなくなったが、共通の話題はなくならず、なんとなくつながれているような気持ちになれるのはあの番組のおかげである。
人生はいろいろあるけれど、声に出して笑うとだいたいのことを一瞬忘れられる。
悩みのしみが小さくなる。私はわりに小さなことでくよくよしがちだが、人生も子育てもだいぶ笑いの芸に助けられてきたので感謝している。
桜もほころぶ4月。新天地に身を置く人も多いだろう。悩みかけたら笑える場所を探して。しんどくなりかけたら、こんな脳天気な家族の拙い話を思い出してほしい。
長野県生まれ。編集プロダクションを経て1995年独立。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)ほか。最新刊は『ただしい暮らし、なんてなかった。』(平凡社)。一男(26歳)一女(22歳)の母。
大平さんのHP「暮らしの柄」
https://kurashi-no-gara.com
photo:安部まゆみ
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