【読書日記|本から顔をあげると、夜が】第五回:オタクは国境を超えて

穂村 弘


X月X日

 中野ブロードウェイに行った。古本、映画、アニメ、古着、鉄道、ミリタリー、占い、切手、レコード、ゲーム、コイン、時計、化石、オモチャ、ナイフなど、さまざまなジャンルのマニア向けの店が集まったオタクの夢の城である。新型コロナウイルスが流行る前は外国人のお客さんも目立っていた。映画監督のクエンティン・タランティーノも来日時は立ち寄るらしい。大ファンという噂の梶芽衣子の映画ポスターでも買うのだろうか。
 そんな外国人客を見て気づいたことがある。彼らの多くが日本でいうところのいわゆるオタク的な風貌や服装や喋り方なのだ。国籍が違っても、人種が違っても、言語が違っても問題ではない。そのすべてをオタクの魂は超えるんだなあ。これって凄いことなんじゃないか。
 例えば、レアな漫画が揃った「まんだらけ」で、肩から大きな鞄を提げた白人男性を見たことがある。彼はショーウインドウに飾られた昔の藤子不二雄の漫画をきらきらした目で見つめていた。心の高揚感が数メートル離れた私にまで伝わってくる。その時、店員さんに笑顔を向けて彼が云った。
 「これ、めっちゃ状態いいね」
 流暢な日本語に思わず笑いそうになる。なんだ、その台詞。私がよく口にするやつじゃん。胸の中に意味不明な同志愛が熱く込み上げてきた。店員さんも嬉しそうだ。
 国籍や人種だけでなく、オタクには性別や年齢もない。その証拠に、私が「まんだらけ」の永井豪コーナーを眺めていたら、一人の女性が「るみこせんせい……」と呟きながら、背後を通り抜けていった。そのまま真っ直ぐ高橋留美子コーナーに向かってゆく。心の声が漏れちゃったのか、凄い客がいるなあ、さすがは中野ブロードウェイ。と、思って見たらびっくり。その人は私の妻だった。声をかけて、三十分後に集合ということにして、一緒に御飯を食べに行った。
 ベトナム料理店のテーブルで、早速、それぞれの収穫物を開いて読みふける。私が『バイオレンスジャック』(永井豪)、妻が『めぞん一刻』(高橋留美子)。どちらも国宝で世界遺産だ。至福の時間。でも、一つだけ問題がある。両作品ともに長編だから、二人で数十巻になってしまったのだ。家にはもう本を置く場所がないのに。

 

X月X日

 そういえば、と思い出したことがある。私自身が、中野ブロードウェイの外国人客の立場になったことがあった。あれは十数年前、初めてパリに行った時だった。パッサージュにあるアンティーク絵葉書の専門店で、私は百年前の獲物を探していた。狙いはラファエル・キルヒナー作の「MIKADO(ミカド)」と「GEISHA(ゲイシャ)」のシリーズだ。想像で描かれたと思しき日本の姿がエキゾチックな傑作だ。
 でも、その意図を伝えたいのに言葉が通じない。「これ、めっちゃ状態いいね」の男性と違って、私はフランス語はもちろん英語も駄目なのだ。お店のおじさんも困っている。今ならスマートフォンで画像を見せればいいんだけど、当時はまだなかった。必死のやり取りの末に、店主が、もしかして、という顔をした。奥から大事そうに運んできたアルバムの中にそれはあった。「これです!」と云うと、おじさんは笑顔で親指を立てた。
 探していた宝物が見つかってテンションが上った。でも、そんな私以上に、店主と常連のおじいさんたちのほうが嬉しそうだった。「はっはっは、わざわざ東京からこれを買いに来たのか。日本にもオタクがいるんだな」とでも云っているのだろう。その気持ちはわかる。

 

X月X日

 「楳図かずお大美術展」が開催されている。足を運ぶ前に、予習として『わたしは真悟』を読み返そうと思ったけど書庫から発掘できない。先に見つかった『14歳』から読むことにした。やはり凄かった。その中から、各国の首脳が集まった「地球会議」のシーンを紹介しよう。会議の冒頭で怖ろしい事実が明かされた。

 「地球はあと三年で終わります!!」

 そこから「地球会議」は異様な展開を見せることになる。

 「わたしはアメリカのヤング大統領だ。今回こんなことになったのは、アメリカのせいではないだろうか…? 地球を死に追い詰めたのはアメリカだと思う!!(略)」
 「いや!!ヨーロッパこそ悪かった!!(略)わたし達は世界で一番偉いと思っていた。(略)とくにアフリカに対しては、心から謝罪させていただきたい!! 許してください!!」
 「日本こそ謝らなくてはいけない!!(略)かつて日本は世界中から嫌われたことがあった!! けれど日本はいくら考えてもそのわけがわからなかった!!(略)もう一つのモノサシを持たなかったばかりに、日本人は世界中から嫌われた!! そして地球上を汚くした!!」
 「それをいうならわれわれアジアはみんな同じだ!! 何かと言えば日本の悪口ばかり言いつづけた!! だが、それは自分に言っているのと同じだった。(略)西側諸国からアジアはたぶんこう思われていたにちがいない!!(略)汚い!! 程度が低い!! 醜い!! 野蛮!! だが、それは自然と一体だったからだと気づいていなかった!! われわれこそ違う文明と美意識を見つける立場にあったのに!!」
 「この言葉をお許しください。そのとおりだった!! われわれは生まれつき特別だとうぬぼれて、言いたいことを言い、したいことをした。(略)もし、もっと早くそのことに気づいていれば…われわれの地球は死なずにすんだっ!!」

 なんだ、これは。各国の首脳たちが涙を流しながら、自分こそが悪かったと口々に叫び合う姿に呆然とさせられる。自らの正しさを主張し合う現実世界の状況に照らして、あまりにもあり得ない。同時に、近未来のヴィジョンとして、あまりにもリアルな人類の総「ざんげ」。楳図かずお、畏るべし。

「だが、気がつけばすべては、人間のあいだだけの葛藤だった。そして、地球環境から動物へのざんげへと移った。われわれ人間は、すべての動物を踏み台にして存在してたのだ。」

 「地球会議」のシーンは、まだ物語の半ばである。この地点から、さらに楳図ワールドは突き進んでゆく。本の背には、こんな言葉が記されていた。

「人間は美しく賢い生き物。ぼく達ゴキブリを救ってくれる」

 

1962年北海道生まれ。歌人。1990年歌集『シンジケート』でデビュー。詩歌、評論、エッセイ、絵本、翻訳など幅広いジャンルで活躍中。著書に『本当はちがうんだ日記』『世界音痴』『君がいない夜のごはん』他。

 

1981年神奈川県生まれ。東京造形大学卒。千葉県在住。35歳の時、グラフィックデザイナーから写真家へ転身。日常や旅先で写真撮影をする傍ら、雑誌や広告などの撮影を行う。

 

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