【でこぼこ道の常備薬】後編:「小さい自分」との信頼関係を大切にできたなら。(自炊料理家®️ / 山口祐加さん)
文筆家 土門蘭
日々暮らしていると、落ち込むときや、憂鬱になるときってありますよね。
そんなとき、自分を支えてくれるものやことが多いほど、心強いような気がします。
『でこぼこ道の常備薬』は、そんな日々の常備薬のような存在についてうかがうインタビューです。
今回は、自炊料理家®️の山口祐加さんのお話の後編。
「大人になるとは、『自分のお世話係になること』」という山口さんに、自分のお世話の仕方について、より詳しくうかがいました。
「人は、やりたいことをやりたいときにやるのが一番いい」
——どうしようもないことは、考えすぎないで気を逸らす。それってすごく大事ですね。私は頭で考えすぎちゃって、ますます憂鬱になってしまいがちなので。
山口さん:
以前からお世話になっているクリニックの先生が、あるとき「人は、やりたいことをやりたいときにやるのが一番いい」っておっしゃっていたんです。だけどみんな、やりたいことがあっても、仕事や家庭の事情でなかなかできないですよね。
——はい、そうですね。
山口さん:
だから、「少しでも自由時間が得られたら、好きなことを好きなようにしなさいね」って言われたんです。私、その言葉をずっと覚えていて、この間自由時間ができたときに、ひとりで水族館に行ってきました。「イルカの頭触りたいなー」って急に思い立って、家族連れやカップルの中、一人でベルーガ(シロイルカ)の頭を触りに(笑)。
——あはは。いいですねえ。やりたいことを、やりたいときにやってきたんですね。
山口さん:
そうなんです。私、犬の動画を見るのも大好きなんですけど、犬って「時間を有効に活用しないと」とか、きっと全然考えていないと思うんですよね。「飼い主が帰ってきて嬉しい」とか「眠たいときは寝る」とか、やりたいときにやりたいことをやっている。だから日々機嫌がいいんじゃないかなって。
本来は私たちもそんなふうだったと思うんです。でも、資本主義の中で生きていくうちに、効率や生産性ばかり気にするようになって、つい「やりたいこと」を抑え込むようになってしまった。だから、犬のように生きていけたらいいなぁって、いつも思っています。
——ああー。私自身、かなり自分の「やりたいこと」を抑え込んでいる方だと思います。「やりたいこと」より「やるべきこと」を優先させているような……。
山口さん:
でも、そういう意味では「食べたいものを食べたいときに食べる」って、「やりたいこと」の中でも実現のハードルが低い気がしませんか? 「洋服が欲しい」となると結構なお金がかかってしまうけど、「あの店のコロッケが食べたい」だと100円くらいですんじゃいますよね。
——確かに!
山口さん:
食べることって、なんて簡単な「機嫌をとる方法」だろうって。そういう方法をいくつ持っているかが、生きやすいかどうかに関わってくると思います。
「小さい自分」の声を聞いてあげる
——山口さんが仕事をする中で、一番大変だなって思うことは何ですか?
山口さん:
やっぱり、レシピを考えることでしょうか。すでにたくさんのレシピが存在する中で、私が新しいレシピを作る意味って何だろう?って考えちゃって。
——もう全然思いつかない!ってときはないんでしょうか。
山口さん:
あります、あります。つい最近もそんなことがあって、ウェブで毎月更新している連載を、2か月くらい休ませてもらったんです。そのころはレシピ本の制作も同時にしていたので、単純に疲れてしまって、アイデアが出なくなっちゃったんです。当時は、自分が食べたものがよくわからなくなってしまっていましたね。
——えっ、山口さんでも、そんなことがあるんですね。
山口さん:
そうなんです。内側から湧き上がってくるものがないのに、小手先だけで仕事するのがどうしても嫌で……。それで、「休ませてください」ってチームの皆さんにお願いしたんです。休んでいる間、食べたいものを食べ続けていたら、またアイデアが少しずつ復活してきて、無事復帰できました。
——いやぁ、休むって本当に大事ですね。だけど、その判断は勇気があるなって思いました。疲れているときでもなかなか休めないって、よくあることだと思うので。
山口さん:
「休みます」って言うの、めちゃくちゃ大事ですよね。それを言えなくてどんどん辛くなってしまう方も多いと思います。でもさっきも言ったように、私は自分が傷つきやすいってわかっているから、先回りしてケアしないとっていつも思っていて……私、料理のレッスンでよく「何が食べたいか、小さい自分に聞いてください」って言うんですよ。
——「小さい自分」?
山口さん:
自分の中には、「意識の自分」と「身体の自分」がいるわけじゃないですか。前者は、「今日はこれをしよう」とか理性的に考えている自分。それと同時にもうひとり「あれが食べたいな」「今日はもう寝たいな」って、身体で考えている自分もいるんです。私はそっちのことを「小さい自分」って呼んでいるんですね。
——はい、はい。
山口さん:
できるだけ、その「小さい自分」の言葉を聞いてあげる方が、心身ともに健やかに過ごせると思うんです。疲れていても頑張らなくちゃいけないタイミングっていっぱいあるけど、「小さい自分」の声を聞いてあげて、思い切って寝てみるとか。そういう判断をすることで、自分を倒れさせないようにすることも、立派な「お世話」だと思いますね。
一番にお世話しないといけない存在が、一番近くにいる
——なるほど。でも「小さい自分」の声って、ついないがしろにしてしまいがちです。忙しいからとか、時間がないからとか。
山口さん:
そうそう。だけど「小さい自分」が望むことって、意外と単純なんですよね。「おいしいもの食べたい」とか、「散歩したい」とか、難しいこと言わないじゃないですか。
——ああ、確かに。手間やお金のかかるようなこと、言わないですね。
山口さん:
「自分のお世話をする」って、植物や犬のお世話をするのとおんなじなんですよ。「セルフケア」というとハードルが高く感じるけれど、実際はそんなに複雑なことじゃないんです。ただ、いろんなお世話の対象がある中でも、最優先「お世話」事項は自分だっていうことですよね。自分自身がだめになってしまったら、世界が灰色になってしまうから。
——なるほど。一番に世話をしてあげないといけない存在が一番近くにいる、という。
山口さん:
「頑張りすぎる」って、「小さい自分」を無視することとニアリーイコールだと思います。「小さい自分」が「疲れた」「もう休みたい」って言っているはずなのに、それより「仕事が間に合わない」ってことを優先しちゃう。
——まさに今の私の状況で、耳が痛いです(笑)。でも、山口さんはそんな「小さい自分」の声を聞き入れてあげたんですね。
山口さん:
そうなんです。「小さい自分」が「休みたい」って言うから休んであげました。あのとき休んであげたからのびのび過ごせて、そこでパワーが得られたから、今また新しいことに挑戦できている。そんなふうに応えてあげることで、「小さい自分」との信頼関係ができていくように感じるんです。
なるべく「小さい自分」の声を聞いて、行動で応えてあげること。それが、「自分を理解する」ということにもつながると思うんですよね。
§
何かを食べたい。どこかへ行きたい。
これまで聴こえていた「小さい自分」の声を、私はずいぶん長い間、あれこれと理由をつけて放っておいたような気がします。
山口さんとお話していて、何にも感動しないときややる気が起きないときって、もしかしたら「小さい自分」が拗ねて黙り込んでいるときなのかもしれないな、と思いました。その声を聴いてあげられる人は私しかいない。それならば、ちゃんと聴いてあげないといけないな、と。
「小さい自分」に、「今日は何したい?」「何食べたい?」と尋ねてみる。
それだけで、なんだかその1日がいいものになりそうな気がします。
落ち込む日も、元気のない日も、そんなふうに自分の「お世話」をすることで、乗り越えていけるのかもしれません。
△小学生のころに山口さんが祖母へ書いたレシピ
【写真】土田凌
もくじ
山口祐加
自炊料理家®️、食のライター。1992年生まれ、東京都出身。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた料理レッスン「自炊レッスン」や執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。2022年5月に『楽しくはじめて、続けるための 自炊入門』(note株式会社)が発売。ほかに『ちょっとのコツでけっこう幸せになる自炊生活』(エクスナレッジ)、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』(実業之日本社)がある。
対面形式で開催される自炊レッスンは参加者募集中です。レッスンの詳細はこちら。
Twitter:@yucca88、Instagram:@yucca88
土門蘭
1985年広島生まれ。文筆家。京都在住。小説、短歌、エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事を執筆する。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
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